Menu25.東方と王国を結ぶ茶 その4
――茶。
言わずと知れた、ヒイヅルの特産品である。
ハイデルバッハ王国においては、輸入品の茶葉を揉み込んだ後に寝かしつけ、紅茶へ加工して飲むのが主流だが……。
産出国たるヒイヅルにおいては、そのまま緑茶として飲むのが通常であるという。
とはいえ、加工した茶は一切飲まないのかといえば、そうではない。
時には、紙越しに炙ることで香りなどを出すそうであり……。
そして、ヒイヅル産加工茶の最たるところは、やはり抹茶であろう。
――抹茶。
簡潔に説明するならば、乾燥させ、粉末状に砕いた茶葉である。
以前、穴子のスシを作る際、アウレリアもソース代わりとしてこれを用いたが……。
独特のさわやかな苦みは、他になきものであり、湯に溶かし込んで飲むのもまた、非常に美味であった。
聞くところによれば、ヒイヅルにおいては高貴な人々の茶会において、これを飲用するのだという。
例えば――そう。
本日、アウレリアたちが招かれた、このノダテのような茶会で……。
だから、スミレ姫が粛々と広げた道具の中から、抹茶が出てくること自体は、想像通りであった。
だが、陶器製の容器が並ぶ中、明らかに異質な存在がある。
表面の質感や焼き色が味わい深い陶器の隣へ置かれし、無骨な金属製のポット……。
それは、王国人にとってあまりに見慣れた入れ物であった。
これに、何を入れるのかといえば……。
「――まあ!
ミルクを使いますの!?
ヒイヅルの方々は、お茶に混ぜ物をしないものだとうかがっていましたわ!」
フロレンティアが言ったように……。
金属製のポットは、ハイデルバッハ王国において、ミルクを保管するためのそれであったのだ。
「ふふ……。
反対に、王国の方々は、お茶へミルクやお砂糖を入れることが多いと聞いています」
笑みというのは、こうも上品に浮かべられるものなのか……。
可憐な笑顔となった東方の姫君が、そう言ってこちらを見回す。
「ええ……。
王国の場合は、輸入させて頂いた茶葉を紅茶に加工してからとなりますが……」
「そこへミルクやお砂糖を入れると、独特の渋みに合わさって、大変美味しくなるのです」
アウレリア自身も答え、マルガレーテがそれに補足する。
「あたいは、普段、お茶なんて高価なものは飲まないから……」
一方、シズルのみは、やや蚊帳の外といった風情であった。
「まあ、それなら、今日はごゆるりと味わっていって下さいましね。
本日は、ヒイヅルのお抹茶に、王国風の工夫を加えてみました」
そう言いながら……。
スミレ姫が、見事な手際で茶を立て始める。
とはいえ、素早く……というわけではない。
一つ一つの動作に込められた意味が、はっきりと伝わるように……。
手慣れていながらも、明らかな教授の意味を込めているのだ。
「ヒイヅルの茶席においては、片方がお茶を立てた後、もう片方が返礼として茶を立て返すものとなっています。
その他にも、細かい作法やしきたりはございますが、今日はその辺りは省略して、純粋にお茶の味と、それを立てる楽しさを味わいましょう」
茶を立て、時にはミルクを火にかけながら、スミレ姫が解説する。
なるほど、こうもはっきりと作り方を見せられれば、多少の不手際はあろうとも、同じような形で茶を立てることはそう難しくないと思えた。
もっとも、素人と熟練者がやるのでは味に差異もあろうが、その辺りを気にするスミレ姫ではあるまい。
「さあ、どうぞお召し上がり下さい。
抹茶の……王国風にいうならば、ラテでございます」
スミレ姫が、完成した茶の注がれたチャワンを、それぞれの前へ差し出してくる。
持ち手も何もない、見ようによっては原始的な容器……。
だが、そうと思って見てみれば、土と火が生み出す美をどこまでも感じられるヒイヅルの茶器でたゆたっていたのは……。
何とも、淡く、味わい深い……。
白と緑が、絶妙に混ざり合ったラテであった。
――ラテ。
要するに、ミルクを主体とした飲料のことである。
出来上がった品は、なるほど、ミルクの占める色合いがかなり大きく……。
姫君が、あえてこの茶をラテと呼んだのも、うなずけた。
特徴的なのは、完成した後、茶こしで振るった抹茶をかけたことであろう。
乳と合わさっていない抹茶をかけたことで、緑の鮮やかさが際立つ。
直感的に、王国人の味覚へ寄り添った飲料であることへ気づく。
「では……頂きます」
そして、ヒイヅル式の作法を知らないなりに、精一杯の上品さで口に運んだその味は……。
「何て、まろやかな甘さ……」
「それでいて、抹茶のさわやかな苦みと香りも良く活きていますわ!」
「あたい、こんなに美味しい飲み物、初めてかも……」
マルガレーテのみならず、フロレンティアやシズルまでもが、感嘆の吐息を漏らした。
そう……。
まず、第一に感じられるのは、およそあらゆる人間を魅了するであろう、ミルクと砂糖を混ぜ合わせることで生まれる優しい甘みだ。
赤子の頃に返ったかのような……。
実に優しく、体の奥底へ染み込む滋味……。
だが、このラテは、ただ甘いだけではない。
抹茶の持つさわやかな……それでいて、鼻腔の奥底まで突き抜けるような苦みが、味を引き締めており……。
ミルクと抹茶が、互いに互いの魅力を高め合っているのである。
思わぬ……そして、あまりに美味な味の余韻に、しばし浸った。
「これは……。
マリアージュ、ですね」
そうした後に出てきたのは、そのような言葉である。
「マリアージュ……。
王国語で、相乗効果ですとか、最高の相性ですとか、そういった意味合いを一緒くたにした言葉ですね?
ハイデルバッハ王国が、畜産に対して並々ならぬ熱意を注いでいるのは、聞き及んでいます。
ミルクへ慣れ親しんだ方々にお喜び頂けたなら、わたくしも重畳です」
おだやかな、姫君の言葉……。
そこに、かすかな……勝利の喜びを感じるのは、うがちすぎだろうか?
あるいは、二度に渡って料理を出した自分へ、良い意味での意趣返しを目論んでいたのかもしれない。
――なら。
――わたしが、返すべき一杯は。
「ささ、皆様……。
先ほども説明した通り、お茶を飲んだ後は、返礼で茶を立てるのがならわし……。
どうか、あまり気張らず、茶の湯を楽しもうという気持ちで、挑戦して頂けたらと思います」
スミレ姫がそう言いながら、茶道具を差し出してくる。
まず、最初は、自分の番ということ……。
「では、失礼して……」
アウレリアは、珍しく年頃の乙女に特有な茶目っ気を出しながら、茶道具へ手を伸ばしたのであった。




