Menu25.東方と王国を結ぶ茶 その3
胸を反らし、背骨へ一本の芯が入ったかのごとくぴんとした立ち姿で、静々と歩む。
たかが歩行という行為といえど、姫君のそれが、余人と同質のものであってはならない。
あくまで、優雅に……たおやかに……。
どの角度から見られたとして、魅せられる動作というものを、意識しなければならないのだ。
故に、視線をあちこちへさまよわせるなどという無作法、許されるはずもない。
ただし、周囲への注意を怠っていいのかといえば、それもまた間違いである。
常に周りの状況をうかがい、その都度、最適な形へ己を変化させる……。
これを実現するため、必然、スミレは目の端に映った物をも深く観察する術が身についていた。
その技術を駆使し、涼やかな顔は保ちながらも、招待した来客たちの様子をうかがう。
まず、最初に確認したのは……。
当然ながら、想い人たるヴァルターである。
――ヴァルター様。
すると、否が応でも気づいてしまう。
かつて、出会った際には、野望へ燃える冒険家……。
今は、この国において並ぶ者無き大商人へ上り詰めたという人物の、視線が注がれているのは……。
あの女料理人――アウレリアなのであった。
当然、粗野な男がそうするように、じっと見つめ続けているわけでも、それで表情を崩しているわけでもない。
ただ、時折ちらりと視線を送っては……。
何か、深く満足しているような……。
単なる好意とは違う、もっと深い感情をにじませているのだ。
そういった姿を見て、第一に沸き起こってしまうのが、憎たらしいという感情であるのは、スミレという人間の小ささである。
しかしながら、一度沸騰した湯というものは、そうそうに冷めることなきもの……。
東洋から渡り来た乙女は、胸の奥でぐらぐらとうごめくものを感じながら、所定の位置へと歩み続けたのであった。
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長々とした語りかけは、好まないのだろう。
開催の挨拶は、簡潔に終わり……。
それから、ヒイヅル式の野外茶席――ノダテが始まった。
――ノダテ。
屋敷が完成した宴席――あの日は自分が料理を提供した――でも思ったことだが、王国式のそれと比べ、特筆すべきは、とにかく、腰の位置が低いことだろう。
モウセンという、草原へ直接に敷く敷物は元より……。
腰かけるため用意された長椅子も、王国で一般的に使われている椅子と比べれば、いかにも背が低いのだ。
「マルガレーテ、フロレンティアさん、シズル……。
せっかくですから、わたしたちは……」
「そうですね」
「おーほっほっほ!
この機会でしか味わえない感覚、堪能致しましょう!」
「お供します」
友たちと語り合い、モウセンの上ヘと移動する。
ヒイヅル式の着物というのは、みだりに足を動かせば、たちまち、生の脚が露わとなり、せっかくの着付けが台無しとなってしまう。
そのため、慣れないゲタを履きながら、女四人、ちょこちょこと足を動かすのが、何やらおかしかった。
「どうぞ、こちらにお上がり下さい」
各モウセンや、椅子のそばに控えていたヒイヅルの女官からうながされ、ゲタを脱いで敷物の上に乗る。
すると、モウセンもタビも越えて、その下にある芝生の感触が伝わってきて……。
なるほど、ヒイヅルのノダテというものは、すぐそこにある自然を存分に味わうものなのだと悟れた。
腰の位置を低くする――すなわち、視線を下げるのも、より大地と身近なところで景観を楽しむためなのだろう。
「では、皆さんのお茶はわたくしが――」
相当に練習したのだろう……。
ややぎこちないながらも、問題ない発音の王国語で話す女官が、硬直する。
しかし、それも無理はない。
「――この方たちは、わたくしがお相手しましょう」
いつの間に、ここまで歩み寄っていたのか……。
スミレ姫がそう言いながら、敷物の上へと上がってきていたのだ。
「ひ、姫様……」
「お任せなさい」
明らかに、事前の打ち合わせとは異なるのだろう行動……。
それを、東方の姫は女官へ言い聞かせる。
主からそう言われて、逆らえるはずもなく……。
「で、では、わたくしはこれで……」
女官はそう言い、そそくさと別の場所へ去っていったのだった。
「あらためまして。
皆様、今日はよくぞお越し下さいました。
ヒイヅルの着物も、よう似合っていらっしゃいます」
接客というものには、一家言あるアウレリアであったが、ヒイヅルの姫君が見せたそれは、モノが違う。
何しろ、身分というものがありながら、下に手をついて、うやうやしくお辞儀してみせたのだ。
しかも、座り方というものが異なる。
シズルを除く自分たちは、足を崩し、横座りとなっていたが……。
スミレ姫は、シズルがしているのと同じように……足の全てをお尻の下へ折り畳み、まっすぐ座っているのである。
どちらが、より礼儀正しい座り方であるか……。
王国の文化にはなくとも、これは一目瞭然であった。
だから、誰が言い出すわけでもなく、アウレリアたちは真似をしようとしたのだが……。
「……っ」
「こ、これは……」
「ちょ、ちょっと無理がありますわね……っ!」
アウレリアは苦悶の吐息を漏らしただけで済んだが、マルガレーテは困惑と共に姿勢を崩してしまい、フロレンティアに至ってはすぐ音を上げてしまう。
「どうぞ、ご無理はなさらず……」
それが作法か……。
着物の袖で口元を隠しながら、スミレ姫がくすくすと笑う。
「この場は、皆様を歓迎するための茶席ですもの。
我が国の作法を、押し付けようという気はございませぬ。
それにしても……」
と、そこで姫の視線がシズルへと向かう。
これは、ゲンノにでも仕込まれていたのか……。
シズルは、ヒイヅル式の床座りをしながら、涼しい顔であった。
「正座を苦になさらないことといい、その髪やお顔立ちといい……。
もしや、ヒイヅルの血を……?」
「はい。
あたいの祖父たちは、こちらにおられるアウレリア様の祖父……。
ハンベルク公爵様と共に海を渡り、この国へ移住しました」
「そう……ですか。
ええ、その話は聞いています。
料理屋をしているとうかがっていましたが、まさか、あなた様が話に聞く公爵様のお孫様でいらっしゃるとは……」
心底、意外だったのか……。
あるいは、他に考えるべきことでもあるのか。
ともかく、少し考え込むようにしてから、スミレ姫がそう告げる。
「それは、その……」
一方、自分はといえば、この複雑な事情をどう説明したものかと、迷っていたが……。
「いえ、全てを語られる必要はありません。
色々と、事情がおありなのですね?
ともかく、こうしてヒイヅルから渡った者の子孫と、仲良くしておられる。
その一事が、わたくしの立場では勇気づけられます」
「そうおっしゃって頂けると……」
ほっと息をつく。
深くは詮索せず、ただ、あるがままを受け入れてくれる。
姫君の度量が、アウレリアには嬉しかった。
そして、続く言葉もまた、嬉しいものであると同時に、好奇心をかき立てられたのである。
「茶の席では、お抹茶を立てるもの……。
ですが、今日はこの場にふさわしく、工夫した茶を用意してございます」
そう言いながら、姫君があらかじめ用意されていた茶道具に手を付けた。
果たして、そうして露わになったのは、なるほど、意外な品々であったのだ。




