Menu25.東方と王国を結ぶ茶 その2
――確か。
――東洋の言葉で、百花繚乱というのだったか。
スミレ姫の居住地として、自らが用意した大邸宅の中庭……。
そこで繰り広げられる光景を見て、ヴァルターはそのような言葉を思い出していた。
本来、ヴァルターが用意した邸宅の庭は、王国人の基準からすれば、渋い……。
と、いうよりは、あまりに地味な代物である。
人工の池を中心とし、起伏や自然石の配置によって、心をなだめる庭園……。
これは、咲き乱れる花々の美しさを味わうハイデルバッハ貴族の庭園とは、あまりに対極的な代物であった。
ならば、そんな庭園において、ヴァルターが百花繚乱などという言葉を思い出したのは、何故か?
それは、今まさにこの一時のみ、無数の花々が咲き誇っていたからである。
ただし、植物の花が咲いているわけではない……。
それらの代わりに、美を振りまいているもの……。
王国式庭園で咲く花々にも負けぬ華やかさを誇るのは、招待されたご令嬢たちであった。
いずれの装いも――美しい。
真夏の……それもノダテという、屋外式の茶席ということもあり、誰のドレスも、過剰に布地は用いられていない。
しかしながら、それぞれ、飾り糸や宝飾品などを使い、個性的な美しさを演出している。
とりわけ、力を入れた服装なのは各商家から招待された令嬢たちで、衰退著しい貴族階級の娘たちよりも、よほど凝った……それでいて、流行の最先端たる装いであった。
もっとも、カーヤ・ハンベルクのような大貴族家の令嬢ともなると話は変わってくるが、まだまだ年齢的に少女の域であり、やはり、成熟した女性たちと張り合うのは荷が重い。
勝った――勝ち負けがあるならば、だが――と思ったのだろう。
商家の娘たちは、やや得意げな眼差しをハンベルク公爵家の次女へ向けていたが、当のカーヤはあまり興味がないのか、涼しげな顔である。
そんなわけで、ヒイヅル使節団が住まう屋敷の中庭では、主役たる東方の姫君が姿を現すまでの間にちょっとした女の戦いが始まっていたが……。
その戦いに終止符を打ったのは、ヴァルターが手配した馬車から現れた女性たちであった。
この日のため、ヴァルターが手配したヒイヅル式の着物へ袖を通した乙女たち……。
アウレリア、マルガレーテ、フロレンティア……。
そして、シズルを含めた四人である。
漆黒の着物をまとったアウレリア……。
草原を思わせる鮮やかな緑の着物を着たマルガレーテ……。
いつもと同じ真紅を選んだフロレンティアであるが、王国式のドレスとヒイヅルの着物とでは、受ける印象が大きく異なった。
そして、シズル……。
やはり、ヒイヅル人の子孫であるというのが大きいか。
似合うという意味では、最も似合っているのが彼女である。
それが好きな色なのだろうか……。
彼女が選んだのは、以前購入していたよそ行きの服と同じ、空の鮮やかさを思わせる青い着物……。
ただその一色で、飾り気はない。
強いていうならば、帯と共に巻いた虹色の飾り紐が、それに該当するであろう。
だが、ただそれだけで――十分。
いつものように、馬の尾がごとく垂らすのではなく、上品に髪を結い上げた様は、貞淑の一言。
まさに、ヒイヅル美人ここにあり。
しとやかな……それでいて、見る者の目を離さない確かな美しさが、ここに生まれていた。
「ほおう……」
「あれは、見事な……」
ヴァルターと共に談笑していた男性客たちが、思わず感嘆の声を漏らす。
彼らの多くは、東方貿易会社に所属する者である。
また、そうでない者も、その全員がヴァルターとは顔見知りであった。
共通しているのは、かつての冒険者時代、ヴァルターの部下として東の海へ渡ったこと……。
つまり、現在確立された東方世界との交易路を開拓した立役者たちなのである。
今回、スミレ姫は女性客に関してのみ、今後の交渉を踏まえて有力者の令嬢たちを選んだ。
しかし、男性客として招待されたのは、ヴァルターとその身内たちのみであった。
これは、先々を見据えた第一手として、まずは会話しやすい同性の人間を招待すると共に、ヴァルターらへの感謝を表したかったからであろう。
「いやいや……。
やっぱり、ヒイヅル式の庭には、ヒイヅルの着物姿がよく映えますなあ」
今も昔も変わらぬ懐刀であるゲルトが、そう言いながらアゴに手を当てる。
こやつが言うように、着物姿となったアウレリアたちのあでやかさは、他の令嬢たちと一線を画するものだ。
また、今回招待してくれたのが、ヒイヅルの姫君であることを踏まえれば、それに合わせて着物を着てくるのは、なるほど、ふさわしいと思えた。
「ふ……。
あまり鼻の下を伸ばしていると、お前の奥方に言いつけるぞ?」
「そいつあ、勘弁して下せえ」
冗談めかして言う自分に、やはり冗談っぽくゲルトが答える。
そんなゲルトの返事を受けて、ヴァルターは腕組みしてみせた。
「まあ……ヒイヅルの着物を着てきた結果、アウレリア殿たちがひと際目立ったのは、認めねばな。
こればかりは、他家のご令嬢には真似できぬっことだ。
何しろ、着物そのものは我が社から買い取ることができても、着付ける手段がない」
「うちから着物を買うっていうのは、要するに美術品として収集するってことですからね。
ですが、やはり服っていうのは着てナンボだ。
こりゃあ、新しい商機を見い出したんじゃないですかい?」
「そうかもしれんが、それをするためには、着付けを学んだ人間がもっと必要だな。
……正直、何故かマルガレーテ嬢がそれを習得していたのには、驚いたぞ。
念のため、昆布を作っている例の村から人も呼んでいたが、まったくの無駄に終わってしまった」
美しい存在に、美しい装いを。
マルガレーテという少女が抱く執念に、何故か恐怖心を抱きながら苦く笑う。
そうこうしていると、いよいよ本日の主役が姿を現わしたのである。
「――各々方。
スミレ姫様の、おなりにございます!」
裃など、サムライの正装に身を包んだヒョウマが、高らかに告げた。
すると、屋敷から列を作って現れたのは、スミレ姫を中心とする一団……。
さすがは、東方の姫君というべきだろう。
彼女の着物姿もまた、実に美しいものである。
まるで、無数の花々が咲き誇っているかのような……。
実に晴れやかな柄をした着物であり、それが凛とした姫君を外側から着飾っていた。
また、傘などを手にした女官らに周囲を囲まれ歩く姿は、粛々としたものでありながら、動きの一つ一つに華があり、所作でもって見る者の目を魅了する。
この場を主催する姫君にふさわしい姿のスミレ姫が、たっぷりの間を置いて招待客の前に姿を現わし、軽く頭を下げた。
そして、おごそかにこう告げたのである。
「皆様……。
本日は、よくお越しくださいました。
今日は、わたくし共による心よりのおもてなし……。
どうか、お楽しみ頂ければ幸いです」
こうして、この屋敷における初めての催しは、幕を開けたのであった。




