Menu24.引っ越し祝いのガレット 後編
せっかくにも、これだけ見事な庭を持つ屋敷が新築されたのだ。
すでに日も傾き、暑さが大分やわらいでいることもあり、引っ越し祝いの宴はささやかな野点の形となった。
――野点。
屋外で味わう茶席のことである。
とはいえ、今日はまだ視察の段階であり、故国から持ち込んだ茶器類はいまだ船の中であるため、茶はない。
傘や椅子など、ヴァルターが輸入してくれた品々で雰囲気を味わいつつ、ゆるやかに食事や酒などを楽しむのが趣旨であった。
それぞれ、赤い布が張られた椅子や、毛氈――絨毯のこと――などの上に腰かけ、くつろぐ。
彼女たちが姿を現したのは、そうしている時のことである。
「皆様、今日は新居の完成、心よりお祝い申し上げます」
「心ばかりの料理をご用意しましたので、どうか、お楽しみ下さい」
美しい――女性たちだ。
特に、黄金の髪を備えた彼女の美は、この国どころか、故郷でも見たことがないほどのまばゆさである。
働きやすいようにだろう……金色の髪は、頭頂部で大きめの団子状へ結い上げられているが、それで貞淑さが損なわれることはなく、ばかりか、少々の活発さを付与することへ成功していた。
身にまとっているのは、この国へ渡ってきてから、これまで見たことがない装束……。
胸元は大きく開いており、スカートというのだったか……ひらりとしたそれは、大胆に太ももを見せつけていて、スミレの価値観からすれば、赤面ものである。
だが、それが下品に感じられないのは、身に着けている人物が備えた品性のおかげだろう。
直感した。
彼女こそ――噂のアウレリアだ。
そして、おそらくは、ヴァルターにとって……。
「――失礼致します」
そのうやうやしさは、故郷から連れてきた女官たちに勝るとも劣らぬもの。
アウレリアと共に姿を現した少女が、多段式の手押し車から次々と料理を運び出し、それぞれの前へ供していく。
こちらもまた、かわいらしい少女だ。
アウレリアだろう女性の美が、絵画や彫刻のごときものだとするならば、彼女の可憐さは、自然に咲く花……。
身にまとっているのは、ハイデルバッハ王城の侍女たちが着ていたのと似たような装束であったが、これが、実に似合っていた。
ただ似合っているのではなく、皮膚の一部がごとき着こなしなのだ。
「――どうぞ」
「……ありがとうございます」
差し出された皿とフォークを受け取り、軽く会釈する。
供された皿の上に乗っていたもの……。
それは、スミレが見たことのない粉物料理であった。
ほのかに漂う独特の香りは、そば粉を使っているのだろうか……。
焼き上げた生地で包むようにした中央部では、薄く切り分けられた赤い……果実のようなものが、除き見える。
果実の上には、黒い実が散らされており……。
更には、全体へ鮮やかな緑の葉が散らされ、何かの植物油がかけられていた。
包んだ果実の赤と、全体に散らされた緑の調和が何とも美しい逸品であり、これは、故郷の料理にはない華やかさだ。
その正体は……。
「――ガレットという、王国の料理です。
ヒイヅルにおいては、引っ越しした先へそばを贈る風習があると聞き、それにあやかりました。
具材にしたのは、トマトという、最近流行しているお野菜です」
一同の注目を集めたアウレリアが、すらすらと説明する。
――そば。
確か、一般庶民が「そばに越してきたので……」という洒落を込めて、引っ越し先で贈る風習があるのだという。
それにちなんだというのは、なるほど、この場にふさわしい料理であると思えた。
侍女服の少女により、男たちにはビールを……。
スミレや女官には、果実水の入ったコップが供されていく。
行き渡ったところで、ヴァルターが酒杯を掲げる。
「それでは……。
屋敷の完成と、ヒイヅルのさらなる発展に……」
彼の音頭へ合わせ、人々がジョッキやグラスを掲げていく。
自分もそうした後、まずは供された料理の味を確かめることにした。
フォークで生地を切り取る……。
そうすると、トマトなる具材の下へ仕込まれたそれが、餅のごとく伸びた。
――チーズ。
王国へ渡るまでの道中、いくつかの国でも生産されていた、乳の加工品である。
それが露わになると、トマトの赤や散らされた葉の緑に加え、乳脂の白みがかった黄まで合わさり、ますます見た目が華やかになった。
ひとしきり見惚れた後は、切り取った生地で内部の具材や、散らされた葉を包み込むようにする。
そして、一口大にしたそれを――口の中へ。
――何という。
――鮮烈な。
口中へ広まったのは、見た目以上に鮮やかな味わいであった。
「ほおう……。
そば生地というのが、焼き上げるとかくも香ばしくなろうとは……」
ヒョウマの言葉に、うなずくしかない。
スミレたちヒイヅル人にとって、そばというのは茹でるもの……。
茹で、水にさらし、つるりとした食感を得たそれは何度となく味わったが、香り高く焼き上げられたこれは、未知の食感であり、芳香であり、食感であった。
そして、具材として使われたトマトなる野菜……。
こちらもまた、見た目の色鮮やかさに負けていない濃厚な味わいである。
近しいところでは……そう、昆布か……。
あれと同種の濃厚な……それでいて、瑞々しい旨味が、加熱したことにより口内へ溢れ出すのだ。
それと合わさり、溶け合うのが、チーズのやわらかな甘み……。
これが、トマトなる野菜と恐ろしく相性が良く、トマトの瑞々しさがチーズのしつこさを消し去り、かつ、チーズの甘みが、トマトの旨味を引き出すのであった。
食感と味わいを足しているのが、刻んで入れられた黒い実で、これは独特なほろ苦さが、癖になりそうな味わいである。
全体に軽くかけられた植物油も、菜種の油などとは違った上品な香りがあり、たかが油であるというのに、一つのタレとして作用していた。
そして、全体をまとめ上げているのが、散らされた葉……。
噛んだ際、溢れ出す……いや、弾け出すさわやかな香味ときたら……。
口中のみらず、鼻腔にまで突き抜けるようなこの香りは、まったく未体験のものだ。
だが、それが……素晴らしい。
チーズに加え、植物油をかけることで若干のしつこさもあった後味が、これによって、綺麗に消し去られるのである。
一見すれば、素朴とも思えるそば粉の料理……。
しかし、味わってみれば、何とも奥深い――馳走であった。
「……大変、美味しゅうございます」
美味な品を前に、嘘がつける舌は持ち合わせていない。
そのため、素直にアウレリアへそう告げる。
「トマトとやらを初めに、この黒い実や油、散らされた葉など、初めての食材ばかりでしたが、どれもとても美味しく頂けました」
「ああ、そちらはオリーブの実と、オリーブオイルですね。
少し品種は違いますが、この実を絞ることで油が得られるのです。
散らされた葉は、バジルという香草です」
「まあ……。
ただ美味しいだけでなく、油にまで変じるとは、とても偉い実なのですね。
この香草も、やみつきになりそう……」
教えられた知識を受けて、軽くほほ笑む。
そんな自分に、アウレリアは、そう……天女のような慈悲深い笑みを見せていたが……。
――このままでは、終われない。
そのような、強迫観念じみた思いが、スミレの唇を動かしたのであった。
「アウレリア様……。
先日の会席といい、今日のお料理といい、美味なる品を味わわせて下さり、感謝の念が絶えません。
もし、よろしければ、お礼として茶の湯に招待させて頂けないでしょうか?」
表面上は、招待の言葉……。
しかして、実態は、女としての挑戦状だったのである。
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