表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/115

Menu24.引っ越し祝いのガレット 前編

 生まれてからこの地に根付き、家業を継いで生きる者……。

 別の土地より流れ着き、この地で仕事を得ることにした者……。

 さすが、国の中心というだけのことはあり、ここ王都ナタシャには、実に様々な人間が暮らしている。

 となると、問題はいかにしてそういった人間たちを受け入れるかであったが、多くの場合は、長屋で暮らすのが一般的であった。


 ――長屋。


 一辺の横線がごとき長さの建物をいくつにも区切り、一部屋ごとに一人が暮らせるようにした集合住宅である。

 各居住者は大家の『子』となり、様々な場面で連帯し、暮らしていくものなのだ。


 そして、ここにとある長屋の新たな『子』となる者が、一人……。


「本当にいいの?

 お前さえよければ、一緒に暮らしてもいいのよ?

 まだ、お店の二階には部屋が余っているのだから……」


 アウレリアは、そんな新たな『子』……クレーメンスに向けて、そう尋ねた。


「そうです。

 大恩あるクレーメンス様に、長屋暮らしをさせるなど、そんな……」


 同じく長屋まで送り届けに来たマルガレーテが、そう言って同調する。

 しかし、老齢の元料理人はといえば、静かに首を振るばかりであった。


「私が王都まで戻ってきたのは、あくまで、いざという時に、アウレリア様の助けとなるため……。

 こんなじじいが、暮らしの妨げとなってしまってはいけませぬ。

 これまで泊めてもらっただけでも、望外の扱いというものです。

 なあに、長屋暮らしというのも、悪いものではありません。

 むしろ、田舎の片隅に引っ込み、ろくに周囲と交流もせず暮らすよりは、よほど人情味があるというものです」


「そう……。

 でも、困ったことがあったら、何でも言うのよ?」


「あたし、井戸掃除とかで人手が必要な時は、手伝いに来ますから」


 まるで、今生の別れがごときアウレリアたちのやり取り……。

 それを見て笑ったのは、これまで黙っていた大家である。


「はっはっは。

 そりゃあ、いい。

 クレーメンスさんよ。周囲に恵まれましたな?」


 クレーメンスとは、ほぼ同年代の老人が、そう言って年齢に見合わぬ快活な笑みを浮かべた。


「うちの長屋には若いやつも多いし、そうそう、人手に困るということもない。

 お嬢さん方は、あまり心配なさらぬことです」


「大家さんの言う通り……。

 その分、家賃には上乗せしてあります。

 亡き旦那様には、それでも十分暮らしていけるくらいの褒美を、頂いているのですから……」


 大家と共に、クレーメンスがにこりと笑ってみせる。

 こうして、王都のとある長屋には、新たな住人が増えたのである。




--




 さて、身一つで暮らす老人となれば、身軽に長屋で暮らせばいいものであるが……。

 それが、はるばる海を越えて訪れた東方の姫君となると、そうもいかぬ。

 しかも、この姫君が暮らす邸宅は、将来的にヒイヅルとの橋渡し役を担うことが期待されており、いわば、役場としての機能も備えねばならないのだ。


 当然ながら、その姫君が故国を旅立つよりも以前から、住居となるべき邸宅の建築は進められており……。

 実際に到着するよりは少々遅れたものの、完成した建物の出来を見て、ヴァルターは大いに満足することとなった。


「うむ……。

 これならば、きっと、スミレ姫殿下にも満足して頂けることだろう」


 そう言いながら、ヴァルターが見上げた建物……。

 それは、富裕層が暮らすこの界隈においても、一際巨大な――いかにも、金のかかっている大邸宅である。


 広大な敷地は、成人でも覗き込めぬほど高い壁で覆われており……。

 その内部には、人工の池を中心とし、築山(つきやま)と呼ばれるこれも人工の小山や、自然石を活かした庭園が築かれていた。

 それらを眺める母屋の造りは、風通しが良い木造……。

 王国建築の粋を集めつつも、どこか異国情緒の感じられる建物は、絵画などを参考に職人たちが苦心し、ヒイヅル様式へ寄せたものである。

 それだけではなく、母屋からやや離れた場所には、これもヒイヅル式の道場が設けられ、護衛として逗留するサムライたちが腕を磨けるようになっていた。


 もはや、屋敷というよりは、極小規模の城……。

 いかにヴァルターといえど、これだけの建物を用意するのは、並大抵のことではない。

 それでも、これを断行し、成し遂げたのは、自身が立身出世する機会を与えてくれた島国に対する、感謝の表れである。


「しばらくの間、窮屈な王城での暮らしをしてもらいましたからね。

 スミレ姫殿下にしても、ヒョウマ殿にしても、言葉にはしなくても、それなりに気を遣うところがあったでしょう」


 隣りに立ち、同じく完成した邸宅を視察していたゲルトが、そう言ってうなずく。


「ああ。

 何しろ、王国式の建物とヒイヅル式のそれでは、全く造りが異なる。

 王国へ到着してから今日に至るまで、真の意味でくつろげることは、これまでなかっただろう。

 しかし、そのような思いをさせることも、これでなくなる」


 ヴァルターがここまで言うのは、それだけ、完成したこの邸宅に自信があるからだ。

 当然、あくまでもヒイヅル様式のそれに寄せているだけで、寸分違わず同じというわけではない。

 だが、このハイデルバッハ王国において、この邸宅以上にヒイヅル人を落ち着かせる場所はないと、そう断言することができた。


「そうなると、後は完成のお祝いですね。

 アウレリア嬢にも、すでにご了承頂けてるんで?」


「ああ、快く引き受けてくれた。

 今回は、先日の会席であったような妙な縛りもないことだしな」


 苦笑しながら、うなずく。

 先日の会席……。

 あの時は、第一王子が出したスシという難題へ苦しめられたが……。

 此度(こたび)においては、そのような心配は何もない。

 それ故、ゲルトと二人、気安く笑い合ったのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ