Menu24.引っ越し祝いのガレット 前編
生まれてからこの地に根付き、家業を継いで生きる者……。
別の土地より流れ着き、この地で仕事を得ることにした者……。
さすが、国の中心というだけのことはあり、ここ王都ナタシャには、実に様々な人間が暮らしている。
となると、問題はいかにしてそういった人間たちを受け入れるかであったが、多くの場合は、長屋で暮らすのが一般的であった。
――長屋。
一辺の横線がごとき長さの建物をいくつにも区切り、一部屋ごとに一人が暮らせるようにした集合住宅である。
各居住者は大家の『子』となり、様々な場面で連帯し、暮らしていくものなのだ。
そして、ここにとある長屋の新たな『子』となる者が、一人……。
「本当にいいの?
お前さえよければ、一緒に暮らしてもいいのよ?
まだ、お店の二階には部屋が余っているのだから……」
アウレリアは、そんな新たな『子』……クレーメンスに向けて、そう尋ねた。
「そうです。
大恩あるクレーメンス様に、長屋暮らしをさせるなど、そんな……」
同じく長屋まで送り届けに来たマルガレーテが、そう言って同調する。
しかし、老齢の元料理人はといえば、静かに首を振るばかりであった。
「私が王都まで戻ってきたのは、あくまで、いざという時に、アウレリア様の助けとなるため……。
こんなじじいが、暮らしの妨げとなってしまってはいけませぬ。
これまで泊めてもらっただけでも、望外の扱いというものです。
なあに、長屋暮らしというのも、悪いものではありません。
むしろ、田舎の片隅に引っ込み、ろくに周囲と交流もせず暮らすよりは、よほど人情味があるというものです」
「そう……。
でも、困ったことがあったら、何でも言うのよ?」
「あたし、井戸掃除とかで人手が必要な時は、手伝いに来ますから」
まるで、今生の別れがごときアウレリアたちのやり取り……。
それを見て笑ったのは、これまで黙っていた大家である。
「はっはっは。
そりゃあ、いい。
クレーメンスさんよ。周囲に恵まれましたな?」
クレーメンスとは、ほぼ同年代の老人が、そう言って年齢に見合わぬ快活な笑みを浮かべた。
「うちの長屋には若いやつも多いし、そうそう、人手に困るということもない。
お嬢さん方は、あまり心配なさらぬことです」
「大家さんの言う通り……。
その分、家賃には上乗せしてあります。
亡き旦那様には、それでも十分暮らしていけるくらいの褒美を、頂いているのですから……」
大家と共に、クレーメンスがにこりと笑ってみせる。
こうして、王都のとある長屋には、新たな住人が増えたのである。
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さて、身一つで暮らす老人となれば、身軽に長屋で暮らせばいいものであるが……。
それが、はるばる海を越えて訪れた東方の姫君となると、そうもいかぬ。
しかも、この姫君が暮らす邸宅は、将来的にヒイヅルとの橋渡し役を担うことが期待されており、いわば、役場としての機能も備えねばならないのだ。
当然ながら、その姫君が故国を旅立つよりも以前から、住居となるべき邸宅の建築は進められており……。
実際に到着するよりは少々遅れたものの、完成した建物の出来を見て、ヴァルターは大いに満足することとなった。
「うむ……。
これならば、きっと、スミレ姫殿下にも満足して頂けることだろう」
そう言いながら、ヴァルターが見上げた建物……。
それは、富裕層が暮らすこの界隈においても、一際巨大な――いかにも、金のかかっている大邸宅である。
広大な敷地は、成人でも覗き込めぬほど高い壁で覆われており……。
その内部には、人工の池を中心とし、築山と呼ばれるこれも人工の小山や、自然石を活かした庭園が築かれていた。
それらを眺める母屋の造りは、風通しが良い木造……。
王国建築の粋を集めつつも、どこか異国情緒の感じられる建物は、絵画などを参考に職人たちが苦心し、ヒイヅル様式へ寄せたものである。
それだけではなく、母屋からやや離れた場所には、これもヒイヅル式の道場が設けられ、護衛として逗留するサムライたちが腕を磨けるようになっていた。
もはや、屋敷というよりは、極小規模の城……。
いかにヴァルターといえど、これだけの建物を用意するのは、並大抵のことではない。
それでも、これを断行し、成し遂げたのは、自身が立身出世する機会を与えてくれた島国に対する、感謝の表れである。
「しばらくの間、窮屈な王城での暮らしをしてもらいましたからね。
スミレ姫殿下にしても、ヒョウマ殿にしても、言葉にはしなくても、それなりに気を遣うところがあったでしょう」
隣りに立ち、同じく完成した邸宅を視察していたゲルトが、そう言ってうなずく。
「ああ。
何しろ、王国式の建物とヒイヅル式のそれでは、全く造りが異なる。
王国へ到着してから今日に至るまで、真の意味でくつろげることは、これまでなかっただろう。
しかし、そのような思いをさせることも、これでなくなる」
ヴァルターがここまで言うのは、それだけ、完成したこの邸宅に自信があるからだ。
当然、あくまでもヒイヅル様式のそれに寄せているだけで、寸分違わず同じというわけではない。
だが、このハイデルバッハ王国において、この邸宅以上にヒイヅル人を落ち着かせる場所はないと、そう断言することができた。
「そうなると、後は完成のお祝いですね。
アウレリア嬢にも、すでにご了承頂けてるんで?」
「ああ、快く引き受けてくれた。
今回は、先日の会席であったような妙な縛りもないことだしな」
苦笑しながら、うなずく。
先日の会席……。
あの時は、第一王子が出したスシという難題へ苦しめられたが……。
此度においては、そのような心配は何もない。
それ故、ゲルトと二人、気安く笑い合ったのである。




