Menu23.東方使節をもてなすスシ その9
「ヴァルター殿。
これは……スシ……なのか……?」
滅多なことでは動揺せぬヒョウマが、驚愕の表情で尋ねたのも無理はない。
蓋が外された皿の中央部へ鎮座していたもの……。
それは、スミレたちが……いや、ヒイヅル人が知る寿司とは、全く異なる料理であったのだ。
なるほど、米の上に魚を乗せているという点では、寿司といえるかもしれない。
ただし、使われている米の量が、いささか多い。
何しろ、長大な形で盛られたそれは、スミレの手では掴み上げられぬほどなのだ。
しかも、この米は明らかにシャリではない。
米の中には米粒よりも小さく刻まれた何らかの肉類が混ぜ込まれており、また、その上で炒められているのである。
ほのかに漂う香りから、これはバター……乳脂を用いて炒めたのだと分かった。
そして、ネタとして用いられているのは――穴子である。
それそのものは、寿司ネタとして珍しいものではない。
むしろ、脂が乗るこの季節に穴子を寿司ネタとするのは、定石であるといえた。
ただし、煮穴子であるならば、だ。
――この穴子。
――焼かれている。
それも、網を用いて炭火で焼いたわけではない……。
フライパン――この国における一般的な調理器具で、焼いたのだとうかがえた。
大きささえ無視すれば、寿司としての形だけは再現している異形の料理……。
極めつけは、その上に散らされた緑の粉末である。
鮮やかな濃緑色をしたそれの正体には、すぐ勘付く。
「これは……抹茶ですか?」
自分の問いかけに、ヴァルターがうなずいた。
「いかにも……。
『穴子と抹茶のスシ、王国風』です。
どうぞ、召し上がれ」
そういって手でうながされ、そういえば、供されたシルバーの内、フォークとナイフがまだ余っていることへ気づく。
外側から順に使用していく王国式の食器……。
てっきり、菓子のために残しているのだと思ったが、その実は、この寿司に似た何かを食すためのものだったのだ。
「ほおう、これは何とも色鮮やかな。
蒸し暑い日が続く昨今、見た目にも鮮やかで嬉しくなるな」
一方、寿司というものの詳細を知らない国王は、ナイフとフォークを手にしながら、実に嬉しそうな表情である。
「これが、スシか……。
話に聞いていたのとは、いささか異なるようだが、しかし、美味そうではある」
「ええ。
穴子をこのような形で食するのは、初めてですな」
第一王子と第二王子も、表情は変えないものの、動じることはない。
「ふん……。
これは抹茶でしょう?
抹茶というのは、飲むものだ。
果たして、こんな風にふりかけて美味しいのかな?」
唯一、第三王子だけは疑い深げな眼差しを皿に向けているが、猜疑心の源となっているのは、明らかに別の感情であった。
「ヴァルター様、これは……?」
困惑のまま、想い人へ視線を向ける。
すると、彼はあの日ヒイヅルで見せた時と変わらない……おだやかな笑みを向けてきたのだ。
「どうか、お召し上がりください。
殿下が期待しておられていたのとは、異なる形のスシでしょう。
ですが、王国人もヒイヅル人も楽しめる美味な……。
この席にふさわしい逸品であると、考えています」
ヴァルターの眼差し……。
そこには、心からスミレたちに喜んでもらおうと考えている、もてなしの精神が宿っていた。
「姫様……頂きましょう」
ハイデルバッハの王族たちにならい、シルバーを手にしたヒョウマがうながす。
「どうやら、この寿司を目にし戸惑っているのは、拙者ら……。
今となっては、姫様のみのご様子ですぞ?」
長大なテーブルを挟んでいる故、対面のハイデルバッハ王家には届かないひそやかな言葉……。
それを聞いて、ハッとなる。
確かに、この場は食事を楽しむ席だ。
しかしながら、重要な外交の場でもあった。
その場において、無作法な姿を見せることなど、東方からの使節代表には決して許されないのである。
「そうですね……。
ヴァルター様が手配して下さったお寿司……。
心して、味わわせて頂きます」
そう言って、この奇妙な寿司へ、シルバーを突き入れた。
寿司を手で掴まないばかりか、箸すら用いずに食するというのは、いうまでなくこれが初の経験である。
ナイフで一口大に切り、フォークですくい上げるようにして口へと運んだ。
スミレが知る寿司とは、あまりに異なる料理……。
しかして、その味は……。
――これは。
――何とも鮮烈な。
まず、感じられるのは、何といっても寿司の上へと散らされた抹茶粉末の風味である。
抹茶というものが持つ、さわやかで鮮烈な苦み……。
しかし、どうやらこの粉末は、卵白や塩を加えた上で乾かすように焼き上げたらしく、卵白のなめらかな味わいが、抹茶の苦さから棘を取っていた。
これをまとった穴子が――たまらない。
そもそも、この時期の穴子はたっぷりと脂が乗っているものであり、加えてこれは、何らかの油脂を用いてカリリと焼き上げられている。
ヒイヅル人の味覚からすれば、やや油分が過剰に感じられないそれが……抹茶の味と、見事に調和していた。
穴子自身の脂と焼き上げる際に加わった油分が、抹茶の効能によりさらりと口中へ溶け込んでいき、むしろ、さわやかさの方が増して感じられるのだ。
そして、土台として用いられた米料理……。
これもまた、たっぷりの乳脂をまとわされた品であり、しかも、仕込まれた肉片も脂が多い――おそらくはベーコンと呼ばれる燻製肉であった。
こちらも――ひょっとしたなら穴子以上に――抹茶の味と、合う。
まとった乳脂の味わいが、抹茶の鮮やかな苦みと見事に溶け合い、調和し、互いが互いの味を引き立て合っているのである。
これらが口の中で渾然一体となる複雑さは、故郷の寿司には存在し得ない楽しみであった。
「――美味しい」
料理が孕んだ様々な要素とは裏腹に……。
口を突いて出たのは、そのように簡素な言葉である。
しかし、この場を差配したヴァルターは満足そうにうなずき……。
また、この料理へ驚きの……そして、感心した表情を見せているのは、対面の王族たちと、隣のヒョウマも同様であった。
「いや、はや……さすがはヴァルター殿だ。
あいや、この場合は、その後援する料理屋とやらを褒めるべきでしょうか。
王国風の調理法を、我が国から持ち込まれた抹茶がまとめ上げる……。
まさに、この場へふさわしい美味なる――寿司でございます」
ヒョウマの言葉に、王族たちもうなずく。
「うむ……。
これは、実に美味い。
ヴァルターよ。問題がなければ、城の料理人たちにも、これなる料理の作り方を伝えてやってはくれぬか?」
国王の言葉に、ヴァルターがうやうやしく頭を下げた。
「もちろんでございます。
国王陛下の命とあれば、アウレリア殿も喜んで享受してくれるかと」
「むぐ……アウレリアか……。
そうか……いや、そうだったな……」
――アウレリア。
その名を聞いて、何に納得したのか……。
あるいは、何かを思い出したのか、喉を詰まらせそうになった国王が、押し黙る。
どうやら、この場はヴァルターにとって、何らか意趣返しの意図があったらしく……。
黒髪の実業家が見せているのは、いかにもなしたり顔であった。
「ふん……。
まあ、今回、ヴァルター殿とアウレリアが見せた手腕は、認めざるを得まいよ」
料理の美味さとは裏腹に、面白くなさそうな顔でこれを平らげた第一王子ジークハルトが、ナプキンで口をぬぐいながら告げる。
――アウレリア。
――その名前、憶えておきましょう。
どうやら、自分の目論見とは裏腹に、この場における真の勝者となったのは、ヴァルターであり……。
スミレはその手腕へ、ますます恋心を深めると共に、注意深くアウレリアという名を記憶に刻み込んだのであった。
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