Menu23.東方使節をもてなすスシ その8
玉座の間に敷かれている、長大な赤絨毯が代表格であるが……。
ハイデルバッハ王国において、布というものは富を表す象徴であるらしく、とかく、様々な場所で用いられる。
例えば、玉座に座る国王がまとった装束は、夏という季節ということもあり、薄いものではあったものの、多数の布地を組み合わせたものとなっていた。
また、テーブルと呼ばれる、故国のそれに比べ足の長い机にも布がかけられており、最初は机を保護するための養生なのかと思ったものだ。
当然ながら、本日の会席場として選ばれた部屋にも、多数の布による飾りつけが施されており……。
確か、タペストリーというのだったか……壁から何から、一目で高価なものと分かる飾り布で覆われていた。
もしかしたら、これには武骨な石造りの壁を覆うことで、室内を華やかにしようという目論見があるのかもしれない。
「スミレ姫よ……。
今宵はよく、この会席へと参じてくれた。
長旅の疲れは、取れたかな?」
本来は、大勢で囲うための食卓であるのか……。
あるいは、客人との間に物理的な距離を置くことで、自分たちの力関係を誇示しようという狙いなのか……。
ともかく、十メートル以上はあるだろう長大なテーブルの向こう側に腰かけ、ハイデルバッハ王はこちらに笑いかけた。
「格別の心遣い、痛み入ります。
皆様方のおかげで、わたくしも臣下たちも、すっかりと疲れが取れました」
いかんせん、距離があるために、声は張り上げねばならない。
しかして、その結果として、下品になってしまってはいけない。
ギリギリのところを探りながら、異国の言葉ではっきりと告げる。
どうやら、王はそれに満足したようであった。
「お主も、国の使節として訪れた身……。
様々な使命を帯びているだろうし、また、果たしたいと願っていることもあろう。
しかし、今夜ばかりは、ひとまずそのことを忘れ、ヴァルターが手配してくれた料理を楽しもうと思うのだが、いかがかな?」
視線を向けてきたのは、王のみではない。
王の左右を囲うようにして食卓に着く人物たち……。
ハイデルバッハ王国の三王子もまた、同様である。
対して、スミレの両隣に座っているのは、ヒョウマとヴァルターであった。
今日の食事は、政治的な会談の場ではなく、あくまで交友を深めるためのもの……。
国王の発したその言葉が、詭弁に過ぎないことは明らかである。
だが、あえてそのことを指摘する必要はない。
どのみち、両者の距離が近寄ったと定義するために、何らかの儀式を経ることは必要不可欠であるからだ。
「はい……。
ヴァルター様が手配して下さったお料理の数々……。
誠、楽しみでございます」
故に、スミレはそう言ってほほ笑み、ヴァルターへと視線を向けたのである。
その際、ヴァルターがこの会席を取り仕切ったことは、忘れずに強調しておく。
事前に勉強しているとはいえ、王国の礼儀作法に詳しくない自分やヒョウマを補うため、こちら側に座っているが……。
あくまでも、彼は王国側に属する人物であるのだ。
そして、事前に会席の失敗が予見されている今回においては、そのことをあらかじめ明示しておくのは非常に重要なのであった。
「スミレ姫殿下にご期待頂けて、恐悦至極と存じます……」
自分のみならず、対面の王族たちにも聞こえるような声音と仕草で、ヴァルターが告げる。
「今宵の料理は、私が後援するさる料理屋に協力してもらい、献立を組み立てました。
また、調理においても城の厨房をお借りし、直接、腕を振るってもらっています」
――後援する料理屋。
その言葉を聞いて、何故か王族たちが……特に、オスヴァルトという第三王子が動揺した様子を見せた。
「い、いつの間に城中の厨房を……?
そういったことは、あらかじめ伝えておいてもらいたいものだな」
これも何故か、苦々しい顔で口を開いた第三王子だったが、彼に答えたのはヴァルターでなく、第二王子クリストフである。
「ああ、ヴァルター殿から要請を受けて私が許可した。
別に構わんだろう? 誰かが料理を作らねば、そもそも、会席が成立せぬのだ」
「あ、兄上……」
涼しい顔で告げた兄に、弟が物言いたげな顔をした。
そんな彼らを制したのは、第一王子ジークハルトである。
「ふん……。
まあ、クリストフの言葉に利がある。
ともかく、ヴァルター殿の手際を拝見しようではないか」
まるで、自分ではなく、主催であるヴァルターにばかり注目しているような王子たちのやり取り……。
そのことに、想い人が母国で取らされている微妙な立場を感じ取りながらも、食事は始まったのである。
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コンソメスープという名の汁物……。
母国には存在しない様々な夏野菜を使った野菜の盛り合わせ……。
天ぷらとは全く別の揚げ物料理――アジのフライというのも、誠に美味であった。
しかしながら、やはり、白眉というべきは、肉料理として供されたハンバーグであろう。
挽いた牛肉を成形し、十分に熱することで得られるほろりとした歯応えと、噛む度に溢れ出す肉汁……。
しかも、その上には刻まれた玉ねぎが乗せられることで香味を付与されており、さらには、醤油を隠し味としたタレがかけられているのだ。
「……驚きました。
わたくしたちヒイヅル人は、肉料理というものにあまり馴染みを持ちませんが、これは、すんなりと入ってくる……とても美味なお料理です」
「いや、同じく誠に驚きました。
捌いた肉をそのまま用いるのではなく、このように手間を加えることで、新しい味わいが生み出せるものなのですな。
とはいえ、これはそもそも、育てている牛の質にも違いがありそうですが」
自分とヒョウマの言葉を受けて、満足そうに笑ったのはこれを手配したヴァルターではなく、ハイデルバッハ王その人である。
「ふっふ……。
我らが国は、古来より肉食を重んじており、畜産においても様々な工夫を凝らしてきた。
それが、海を越えた客人にご堪能頂けたとあれば、誇らしい気持ちになるな」
自分がこの場を取り仕切ったわけでもないというのに、まるで己が手柄のような物言い……。
これは、ハイデルバッハ王の人となりを端的に表した一幕であるといえよう。
そして、彼がこのような態度を見せたのは、スミレからしてみれば、幸運であるという他にない。
手柄を、自分のものとするならば……。
当然ながら、この後に生じる失態もまた、彼に帰するからだ。
「さて、続いての料理ですが……。
ここで、ジークハルト殿下がお望みになられた通り、スシをお出ししましょう」
ヴァルターにうながされ、城中の使用人たちが食事の住んだ皿――というよりは鉄板のようなものだが――を下げていく。
そして、代わりに銀の蓋が乗せられた皿を、各々の前へと供していった。
使用人たちの手によって、うやうやしく蓋が取り除かれる。
「まあ、これは……」
「なんと……」
そうして姿を現わした料理に、スミレとヒョウマは、驚きの言葉を隠せなかったのだ。




