Menu23.東方使節をもてなすスシ その7
石材を壁材として用い建築した王国風の城というものは、遠目に見ればヒイヅルの城にない荘厳さが感じられるものであるが、しかし、実際に内部へ入ってみると、圧迫感ばかりが強く感じられてしまう。
何しろ、城内のどこを歩いていても、ふとした瞬間、武骨な石の壁が目に入ってしまうのである。
なるほど、これは城の防御力を高めるという点では、極めて有効な手法であろうが……。
平時における過ごしやすさや、増改築時の利便性に目を向けてみると、どうにも疑問符の湧いてくる代物なのであった。
「はっはっは!
築城というものの奥深さに、一端なれど触れられるとは……。
どうやら、見識を深めるという点において、姫様をここまでお連れした甲斐はあったようですな!」
自分の疑問を聞いたヒョウマが、かっかと快活に笑ってみせる。
「もう……笑わないでください。
これでも、真剣に考えた結果、疑問を口にしているのですから……」
王国式の茶机を挟み……。
茶器として用いるのも、取っ手が付いた王国式のそれ……。
しかし、茶葉のみは故国から持ち込んだ煎茶を用いた茶の席で、スミレは頬をぷくりと膨らませた。
いやしくも将軍家の姫君であるスミレがこのような表情を見せるのは、家族を除けばこの男くらいなものである。
いってしまえば、血のつながらぬ兄がごときもの……。
長くオノ家に仕え、武功著しいヒョウマは、家中において特別な立ち位置にあるのだ。
また、それほどの人物であるからこそ、国家の未来をかけた外洋船の船長として選ばれ、自分を預けられたのである。
「それで、ヒョウマの見解はどうなのですか?
人のことを笑った以上は、それなりの答えを持ち得ているのではなくて?」
「そうですなあ……」
熟練の侍が、あごに手を当てて考え込む。
そして、彼がひねり出した仮説は、このようなものであった。
「まずは、手に入る建材の違いが大きいでしょう。
これまで、立ち寄ってきた国で見た通り……。
その土地で手に入りやすい建材を用いるのは、建物を造る上で理にかなった発想です」
「でも、この国には十分な木材もあってよ?
事実、城に入るまでの間、馬車の窓から見た王都の建築物は、木造りのそれが多かったと記憶しています」
「ほほう、これはなかなか、よく見ておられる」
自分の言葉に、忠臣が感心の言葉を返す。
そんな彼へ、畳みかけるように否定の材料をぶつけた。
「そもそも、木材が不足するような土地であるなら、ヴァルター様が所有しておられるような立派なお船を、何隻も建造することはかないません。
そこを踏まえると、ただ手に入りやすいから石材を使うという推測は、破綻するのではなくて?」
「ふむ、これは一本取られた」
そう言いながらも、ヒョウマはにやりとした笑みを崩さない。
これは、将棋を指す際、スミレが長考の末に見い出した一手へ向けるのと同じ表情……。
そうくるとあらかじめ予測し、その上で、返す手を考えてある時の表情なのだ。
「では、ここで前提を変えてみるのはいかがでしょうか?」
「前提を……?」
前提を変えるも何も、ここはハイデルバッハ王国であり、ぞの土地柄……すなわち、産出される資源が変わるわけではあるまい。
だというのに、一体、何を変えるというのか……?
ヒョウマが口にしたのは、武人らしい……スミレには、出せない発想であった。
「かつて、このハイデルバッハ王国は……あるいは、その前身となった何がしかの共同体は、木材を豊富に使えるような土地柄ではなかった。
故に、石材を用いた建築が発達し、国の象徴である王城も、古式ゆかしい石造りで建てられることになったのです。
とはいえ、それはあくまでも、為政者の都合……。
建物の堅牢さを考慮する必要はなく、また、単純に過ごしやすい家に住みたい一般庶民は、木造のそれへ住むようになったというところではありませんかな?」
「まあ……」
ヒョウマの推論は、一定の説得力を持つものである。
そもそも、現在でこそ、ヒイヅルはオノ幕府の下に統一されているが……。
スミレが生まれる前は戦乱の嵐が吹き荒れており、それが平定され、現在の体制へ落ち着くまでには、多くの血が流れたのであった。
当然ながら、その際に多くの大名家が改易されるなどの憂き目にあっており……。
一代前と当代とで、統治する領地が違う大名家などは、ざらに存在するものなのだ。
「やはり、戦が理由でそのような経緯を経たのでしょうか?
かつての小国が、他国を飲み込んでいき、やがては一大勢力として台頭するようになったような……」
「その可能性は、高いですな。
国家が巨大化を果たす上で、戦というのは決して欠かすことのできない過程ですから」
ヒョウマが、茶をすすりながらうなずく。
その言葉には、深い実感がこもっていた。
それも、そのはず……。
当然ながら、年齢的にその全てではないものの、彼もまた、地方の一大名家に過ぎなかったオノ家が躍進し、ヒイヅル統一を成し遂げるのに貢献した一人なのである。
「かつて、石造りの建物を主流としていた国家が、巨大化する過程で潤沢な木材資源をも掌中に収めた。
その上で、外洋航海技術も発達させ、今では、遠く離れた異国と商取り引きをするに至っている……。
それが、ハイデルバッハという大国なのかと」
「まさしく、先進する国ですね……」
たった今、臣下と交わし合った推測に、一種の戦慄を覚えた。
今、ヒイヅルが……生家であるオノ家が達しているのは、他国を吸収し、台頭するという段階……。
こちらの国は、そのような段階などとうに終えて、先へ先へと進んでいるのだ。
「もし、この流れに置いて行かれるようなことがあれば、国家千年の計は成り立たないことでしょう……」
「とはいえ、それへ食らいつくために、拙者らが外洋航海術を学んでいるわけです。
そして、姫様もこの地へ降り立たれた……」
「そうですね」
ヒョウマの言葉へ、決意と共にうなずく。
何も、スミレがはるばる海を越えてきたのは、恋心のみに突き動かされたからではない。
「この地に、大使館を置き、我が国とのつながりをより密なものとする……。
それこそが、わたくしに課された使命です。
すでに、ヒイヅルにはヴァルター様が設立した王国側の大使館が存在する以上、後れを取るわけにはいきません」
「ふっふ……。
国と国との関係は、悪童同士のそれと似たようなもの……。
すなわち、舐められたらおしまいです。
それを思えば、先導されながらとはいえ国産の船で外洋航海を成し遂げ、将軍家の姫君が外交窓口となるべく訪れたのは、上手いかどうかはともかく、強烈な一手かと」
そう言いながら、ヒョウマが再び茶をすする。
そして、付け足すようにこう言ったのだ。
「それに、上手いこといけば、ヴァルターの嫁に収まることもできますしな」
「――もう!
それは言わないの!」
ひとしきり憤慨してから、ふと、憂い顔になった。
「でも、ヴァルター様には申し訳ないことをしましたね……」
「例の、スシですか?」
「ええ。
わたくしは、王国人の味覚に合わないと知った上で、あの提案に何も言わなかったのですから……」
苦い思いを飲み込むべく、自身も茶を一口飲む。
だが、分かった上で想い人に失態をさせる罪悪感というのは、そんなことで飲み干せるようなものではなかった。
「ヴァルターは、姫様が知らないと思っているようですが……。
拙者を通じて、王国人が魚の生食をできないことは、すでにご存知ですからなあ。
その上で、交渉に利用しようというのは、なかなか腹黒い」
「……いかなる形であれ、王国側が歓待に失敗したとなれば、こちらが貸しを作ったことになりますもの。
スミレは、国のためならば、心を鬼にすると決めております。
それに、ヴァルター様も、怒りの矛先は王家の方に向けられましょう」
そう言って、溜め息を吐く。
「ただ……」
「ただ、ですか?」
「もし、ヴァルター様が歓待の席を無事に成功させて下さるならば、それに越したことはないとも、思っています」
「……ですなあ。
拙者も、あやつが損を被るのは気持ちよくありませぬ」
主従は、そのような言葉を交わし合ったのである。




