Menu23.東方使節をもてなすスシ その4
「まあ、おスシですか?」
遥か、ヒイヅルからの使節団ご来航……。
その噂は、何ならば、使節団が到着するよりも前から、王都の民へと知れ渡っていた。
これは、船団を先導した東方貿易会社を経営するヴァルターの差配である。
先触れである小型船から聞いた情報を大々的に広めることで、自らは労せずして、歴史的な大歓迎を成立せしめたのだ。
これは、客人であるヒイヅルの姫君たちを迎えるにあたって、極めて効果的な策であると共に、副次的な効果をもたらした。
お祭り的な消費増大である。
遠き東方からやって来た使節団の入国。
これを受けて、王都の民たちは、ヌリモノやソメモノ、茶葉など、かの地からの輸入品をこぞって欲しがった。
無論、遠き海を超えて持ち込んでいるわけであるから、それらには相応の値段が付けられている。
しかしながら、今、この時の興奮と思い出……それを形に変えられるとあって、人々は蓄えを放出したのだ。
また、王都から他の地へ商品を届ける行商たちも、こういった品々の仕入れへ力を入れていた。
彼らの力により、やがては、王都のみならず、王国全域や周辺諸国へヒイヅル使節団の話が広がることだろう。
――シズルや先生にも、この盛り上がりは教えてあげないと。
そんなことを考えていたアウレリアであったが、まさか、その使節たちを歓迎するための料理について相談を受けるとは、夢にも思っていなかったのである。
「そう、スシなのだ」
枝豆を肴に、まずはビールを一口飲んだヴァルターが、うなずく。
「おーほっほっほ!
そう! おスシであの姫君を歓迎しますのね!?
……スシって、どんな料理でして?」
いつも通り、高笑いを上げたフロレンティアの素朴な疑問。
これに、話を聞いていた常連客たちのみならず、アウレリアとマルガレーテも苦笑いを浮かべた。
「おスシというのは、ですな……」
ヴァルターが、身振り、手振りを交えながら、かの料理について説明する。
それは、かつてアウレリアが、祖父やゲンノから聞かされていた内容と、ほぼ同一のものであった。
「まあ、生のお魚をお米の上に?
……それって、美味しいんですの?
と、いうより、食べられまして?」
フロレンティアの問いかけに、ヴァルターが目を逸らす。
「いや、私も実物を見たことはある。
見たことはあるのだが……。
結局、食べようという気は起きず、残してしまったのだ」
苦笑いを浮かべながらの言葉に、皆が同意を示した。
話を聞くからに、奇異な料理……。
これを食べられなかったとしても、責めることはできまい。
「幸い、先方――オノの将軍はできた人物でな。
そのことについて責めることはなく、むしろ、我が国の食文化について、話が弾んだものだ」
遠くを見ながらの思い出話……。
それに、マルガレーテがふと浮かんだ疑問を口にする。
「それですと、そのスミレ姫様も、王国人が生魚を食べられないと知っているのでは?」
「いや、殿下とは茶の席をご一緒したことはあるが、食事はしたことがない。
ゆえに、私が……というより、他国の人間が魚の生食を忌避することは、ご存知ないだろう」
腕組みしながらの言葉……。
そこからは、いっそ知られていればという感情が汲み取れた。
「誰しも、自分が好きな食べ物は誰かと分かち合いたいと考えるもの……。
スミレ姫様という方は、純粋に、自分の好きなお料理で、王家の皆様と食事を楽しみたいのでしょう」
その気持ちが、分からぬアウレリアではない。
美味しい料理……旨き食事を食べる喜び。
それを、誰かと分かち合いたい。
このシュロスという店は、そんな自分と祖父との意思を、形にした場所なのだ。
なのだが……。
「ですが、おスシというのは……。
こればかりは、王国人とヒイヅル人とで同じ喜びを得ることは、難しいでしょう」
「やはり、アウレリア殿もそう思われるか?」
ヴァルターの言葉へ、カウンター越しにうなずく。
「はい……。
わたし自身、祖父や先生からスシの概要は聞いていても、自分で試そうという気持ちは起こりませんでしたから……」
「では、やはりアウレリア殿も、スシを食べた経験は?」
もう一度、カウンター越しに後援者へうなずいた。
「はい、わたしはおスシというのを食べたことがありませんし、また、食べようという気持ちも起きません」
「そうか……」
返事を聞いたヴァルターが、背もたれに体重を預ける。
「いや、正直な話……。
いつもいつも頼ってばかりで申し訳ないという気持ちはあったが、今回もアウレリア殿の手助けを得られればと思っていたのだ。
こう、ヒイヅル側と王国側……。
両者が、共に楽しめるようなスシが思いつかないかと」
「わたしとしても、お力になりたい気持ちはあるのですが……。
おスシというのが、生の魚介を扱う料理である以上、これという妙案が……」
――ううむ。
アウレリアとヴァルターのみならず……。
フロレンティアを始めとする常連客たちも、腕組みして唸った。
「大人しく、メニューの変更を申し出ちゃ駄目なのか?
会席が失敗したとして、困るのは王家の連中だろう?」
「やはり、それしかないか……」
他に手はないと思えるロンデンの言葉……。
それに、苦々しい表情を浮かべながらヴァルターがうなずく。
「どのような形であれ、王命を果たせなかったのは私の失態……。
王家に借りを作ってしまう形にはなるし、スミレ姫にも事情を説明し、ご納得頂かなければならなくなるが……」
「いや、前者に関しては、案外なんとかなるのではないだろうか……」
これまでのやり取りを、静観していた人物……。
この蒸し暑さだというのに、相変わらず全身を奇妙な鎧で覆った騎士――ホースオーガ仮面が、急に話へと割って入った。
「双方が樂しめぬ料理を提案してしまったのは、第一王子殿下の知識不足が原因……。
そのことを思えば、そう無体なことにはならないと思うが?」
「そう、こちらに都合よく話が運べばいいのですが……」
「きっと、そうなるさ」
一体、なんの根拠があるのか……。
仮面の戦士は、やけに自信ありげな様子で請け負う。
そう言われると、何やらその通りになるのではないかと思えるもので、ヴァルターは納得しかけた様子であったが……。
「……少しだけ、お時間を頂けませんか?」
自分でも意外なことに、アウレリアはそれへ待ったをかけたのだ。
「アウレリア殿……?」
「その……なんと言いますか……。
醤油と味噌……のみならず、先日のカツオブシやコンブの件を踏まえても、ヒイヅルの方々が故郷の味に抱く想いは、並々ならぬものがあると思うんです」
元々、アウレリアは思考を言葉にするのが得意な性質ではない……。
しかし、これらの言葉は、すいすいと口をついて出た。
「まして、使節団の方々は、お国にとって史上初の快挙を成し遂げ、この地を踏んだのです。
身体の疲労は、時を経れば癒えるもの……。
しかし、心の疲れとなると、そう簡単には癒えません。
わたしは、それを癒やす一助になりたい……。
かつて、祖父の抱える料理人が、旅先で故郷の味を再現すべく、ハンバーグへと辿り着いたように……」
「では、アウレリア殿?」
ヴァルターの問いかけに、こくりとうなずく。
「ヒイヅルの使節様方と、ハイデルバッハ王家の双方が満足できるおスシ……。
どうにか、工夫してみたいと思います」
それは、アウレリアとしては珍しい、決然とした言葉だったのである。




