Menu21.とうもろこしと北部者 その4
目抜き通りに存在するブリトー屋といえば、金がない若者たちにとって、なくてはならない存在である。
屋号などという、洒落たものは存在しない。
ただ、トルティーヤを焼き、ブリトーにして提供するだけの簡素な店として根付いているだけだ。
その飾らなさが、むしろ良い。
ただ飢えを満たし、満たし終えたならさっと出る。
男にとって、ある種の理想を叶えているのが、その店なのであった。
そんな店が、夜間営業に乗り出すという……。
まだ継続的にそれを行う段階ではなく、あくまで試し……実験の段階であるというのだが、これを聞いた常連たちは、大いに興味をそそられたものである。
そして、飲食店に興味を抱いたのならば、これを解消するにはもう、直接訪れるより他に手はない。
そのようなわけで……。
試験営業を始める夕方には、多くの者たちが店へ集ったのであった。
「はい、押さない騒がない。
空いてる卓へついていってねー」
この日のため、臨時で雇われた給仕の娘が、さばさばとした態度で客たちを捌いていく。
まるで、客を客とも思っていないような言葉遣いと態度であるが、それを気にする者はいない。
提供する者とされる者……両者は、金を通じて対等の関係であるからだ。
ゆえに、料理屋の給仕がこのような振る舞いと言葉遣いをするのは、国内においてごく一般的なことであった。
よって、若者たちは特に気にした風もなく、新たに用意された立食用のテーブルや、あるいは、その代わりとして設置された空樽へとついていく。
各卓には、簡素な……ごく簡素な品書きが置かれており、それによると、昼間も提供しているブリトーに加え、ビール等も用意しているようだ。
いや……。
もう一つ、常連ならば確実に気づく品名がある。
「これ、夜間営業のために用意した新しい料理か?」
「面白い。
二代目のお手並み、拝見しようじゃねえか」
「ああ、せっかくだからこれを頼もうぜ」
それを見た常連たちは、次々とこの料理を注文していく。
「ビールを二つと、この……コーンコロッケってやつを二つだ」
「こっちも同じで頼む」
「俺は一人飲みだから、一つずつにしてくれ」
「はいはーい。
待っててねー」
客たちにひらひらと手を振りながら、給仕娘が奥で調理する青年――跡取り息子のマルクスへ、注文内容を伝える。
マルクスの父は、この場にいない。
あくまで、これは二代目が始めた試みであり、自分が手を貸すべきではないという判断なのだろう。
あるいは、息子が自ら挑んだ試練であると、捉えているのかもしれなかった。
果たして、その試練を乗り越えられたか……。
答えが今、客たちの舌で出される。
「――はいよ。
お待ちー」
給仕娘が、気安い口調で料理や酒を供していく。
そうして、客たちの前に出された料理……。
それは、揚げ物であった。
楕円形をした表面には、パン粉で作られた衣がまとわされているのだが……。
これは、王国における一般的なそれと比べて、明らかにパン粉の粒が荒い。
見た目で分かる情報は、そのくらいだ。
あとは、コーンコロッケという料理名から、とうもろこしを使っているのだと察せられるくらいである。
「「カンパーイ!」」
金属製のジョッキを打ち鳴らし、まずは乾杯をした客たちが、それぞれ料理に目を向けた。
「ふうん……こいつが、コーンコロッケかあ」
木製のフォークを手に取り、同じく木製の皿に乗せられたそれを見た客の一人が、そうつぶやく。
「揚げ物ってことは、まあ、ビールとの相性が悪いはずもないよな」
「後は、衣の中に何が入っているかだ。
まあ、まず間違いなくとうもろこしは入ってるんだろうが」
「せっかくだ。
切って中身を見るようなことはせず、このままかぶりついてみようぜ」
そう言った客の一人が、豪快にコロッケなる料理の中心部へフォークを突き刺し、これを持ち上げる。
すると、その思いが伝播したのか、他の客たちも同じような方法で料理を持ち上げ……。
そして、全員が一斉にかぶりついた。
「ん……」
かじり取って、最初に感じられるもの……。
それは、衣がまとった油分のもたらす多幸感と、さくさくとした衣の食感である。
これが、目の粗いパン粉を使った効能か……。
この衣は、ざらざらとした食感が舌をくすぐるのが心地よく、何ならば、衣だけでも食べられそうな気になった。
そして、そんな見事な衣にまとわれた中身……。
その正体は、味付けされ潰された芋と、そして――とうもろこしの粒だ。
まずは、ほこりとした芋が、入念に仕込まれた塩気と胡椒の香味で楽しませてくれる。
だが、それはただ塩辛いことを意味するのではなく、芋に含まれた素朴な……それでいてほのかな甘さをよく引き立てており……。
これだけでも、十分に楽しめると思わせた。
そんな中、アクセントとして奇襲を仕掛けてくるのが……とうもろこしの粒だ。
こちらは、特に下味が付けられていない。
ただ湯がき、つぶの状態にしたものを、そのままじゃが芋の中へと混ぜ込まれている。
だが、それが……いい。
とうもろこしの粒が持つ食感……。
そして、旬を迎えたこの穀物が持つ強い甘み……。
それらが、確かな存在感を発揮し、また、芋や衣と渾然一体となって、こちらの舌を楽しませてくれるのだ。
酒の肴として出すのだから、当然、塩気があるものと想定していた。
事実、じゃが芋の方はきちんとそれが効かされており、労働で汗を流した体に染み渡る。
そこへ、とうもろこしが持つこの甘さだ。
意表は突かれた。
だが、これは……心地良い意表の突かれ方である。
誰もが……。
誰もが、無言でビールを煽った。
甘みが邪魔をするかと思ったが、存外、これは悪くない。
そして、腹の中へ早くもどしりと感じるのは、とうもろこしによってかさ増しされた料理の存在感だ。
ここは、金のない若者の腹を、安値で満たしてくれる店……。
二代目が考えた料理は、どうやらその理念を満たしてくれていると見てよかった。
しかも、それを父親の出身地である北部で栽培が盛んなとうもろこしで実現するとは、何とも粋な話ではないか。
「やるな、二代目は……」
「ああ……」
この場に集まった客たちが、自然と酒杯を掲げる。
それは、この店が得た明るい未来に対する祝福なのであった。
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