Menu21.とうもろこしと北部者 その2
テンプル騎士団による公開裁判が、かえって店の名を広めることにつながったか……。
元々大して大きな店ではないこともあり、シュロスの中は、満員御礼といった状態である。
それでも、さすがなのはここで働く侍女の対応だろう。
「――お待たせいたしました」
「――こちらのお皿、下げさせて頂きます」
わずらわしくなく、それでいて、客が気分よく食事できる絶妙な線を見極め、料理の提供や食卓の片付けなどを、手際よくこなしているのだ。
おそらく、頭の中では、天井から店内全てを俯瞰したような構図が出来上がっているに違いない。
――この接客に関しては、真似できたもんじゃないな。
――まず、これができる女の子を雇うっていうのが、無理難題だ。
単身で訪れたこともあり、一人ビール片手にそんな様子を観察していたのは、ブリトー屋のせがれ――マルクスである。
――親父から引き継ぐ店を、もっと大きくする。
それこそが、マルクスにとって当面の目標であり……。
それを果たすために思いついたのが、夜間営業とそれに伴う酒の提供であったため、こうして、飲み屋街に通っているのだ。
他の店でも、それなりに参考となる部分はあった。
しかし、それらと比較して、あまりに先進的なのが、このシュロスという店である。
貴族家の礼法を用いた接客は、訪れた客の心を真の意味で豊かにしてくれるようで、せかせかと追い立てられるようなところがある他店とは、それだけで一線を画していた。
それに、提供する料理……。
「お待たせいたしました。
――トマトソースのハンバーグです」
各テーブルに供されているのは、ほとんどが、この店で考案された物珍しい料理である。
特に、一番人気であるのが、たった今、隣の席に供されたハンバーグ――それも、トマトのソースをかけたそれだ。
噂話によると、これなる肉料理は、店主アウレリアの祖父にして国の英雄――先代ハンベルク公爵に由来しているのだとか。
ソースは魚醤を用いたものに加え、今はトマトソースというのも選べるようになっていて、先日の弾劾騒動もあり、そちらを選ぶ者が主であった。
――やはり、真似するならこのハンバーグ。
――……と、誰もが思うよな。
美味そうに食す隣の男性を横目にしながら、胸中でつぶやく。
実のところ、ここの味を盗もうとしているのは、マルクスのみではない。
昨日まで偵察してきたよその店舗でも、それは試みられていたのだ。
あるいは、同じ飲み屋街の料理屋同士ということもあり、何らかの交流を経て、アウレリアから作り方を教わる機会もあったのだろう。
ショーユやミソというらしい、東方の調味料を使った料理も見かけるようになっていた。
だが、そのいずれもが、模倣先であるこの店のそれに及んでいないと、食べるまでもなく理解できる。
特にそれが顕著なのは、まさしくこのハンバーグという料理だ。
成形技術の問題なのだろうか……。
他店で供されたハンバーグというのには、卵やパン粉、あるいは玉ねぎなど、様々な混ぜ物がつなぎとして用いられていた。
だが、この店のそれは――違う。
隣や、他の客が食している断面を見ると、肉のみ――色合いからおそらく牛肉のみで、この形にしているのである。
これなら、挽いた肉を用いていながら、牛肉本来のどっしりとした味わいが楽しめるはずであり……。
真似したところで、その味を知る者には、本家のそれがいかほど優れているか、再確認させるだけであろう。
また、もう一つ真似できない理由がある。
他でもない……。
――値が張る。
……この、一点であった。
――金のない人間でも、腹を膨らませてやりたい。
それこそ、父が開いた店の理念であり、自分もその路線は継承するつもりだ。
だとすると、給仕の見事さに対する値も多分に含まれているとはいえ、こういったお高い料理を取り入れるのは不可能であった。
だから、マルクスが今日注文したのは……。
「お待たせしました。
――コロッケです」
思案を断ち切るように、侍女の手で料理とシルバーが供される。
白磁の皿で、野菜に彩られながら、堂々と中央を飾っているもの……。
それは、楕円形をした揚げ物料理だ。
特徴的なのは、衣にざくざくとしたパン粉が用いられていることで、これは、生のパンを細かくちぎって使っているのだと、他店で揚げ料理を食べていた酔漢らの噂話で聞いている。
そして、マルクスがあえてこれを注文した理由はただ一つ。
――この料理……。
――他と比べて、値がこなれている。
……これであった。
なかなかに覚悟がいる値段をした品書きの中、このコロッケという料理だけは――比較しての話だが――やや手頃な値段をしていたのである。
――衣の中身は、何だ?
その謎を解き明かすべく、シルバーを突き入れた。
――ざくり。
という、小気味良い音を響かせながら露わとなったのは、気になっていた中身……。
その正体は……。
――芋か。
――芋に、玉ねぎや挽き肉が少量混ぜられている。
断面から除いていたのは、ぎっしり詰まったじゃが芋……。
そこから、わずかに玉ねぎと挽き肉が顔を覗かせていたのであった。
――これだけなら、マッシュポテトの変形に思えるが……。
真実を知ろうと、切り取った一片を口に運んだ。
運んで、気づく。
――これが、揚げ物にした効能か。
……と。
油分を含んだ衣は、油がもたらす多幸感に加え、生パン粉を用いたことによる食感が嬉しい。
そして、しっかりと下味が付けられた中身……。
これは、芋料理数あれど、この調理法でしか味わえないものに違いない。
まず、感じられるのは、ほくほくとしたじゃが芋の味……。
これが、高温の油で揚げられることにより熱々の状態となっており、高温により半ば液状化したそれが、舌にしっとりとまとわりついてきた。
油断すれば舌が火傷しそうな中でも、しっかり効かされた塩と胡椒の味が芋の甘みを彩っているのが感じられて、無限に食べられそうである。
そんな中、時折感じられるのが、玉ねぎの持つ香味と挽き肉の肉汁……。
そして、それぞれの食感であった。
もし、具材として用いられているのがじゃが芋だけだったなら、ただ柔いだけで、感動も薄れてしまうだろう。
しかし、そこへ玉ねぎと挽き肉を混ぜることで、食感と食べ応えに加え、味の重層感も生み出されているのだ。
そして、それらがこの見事な衣で包まれることによって、固形物としてまとまるのみならず、味に関しても、一つ昇華した状態で統一されているのである。
――これだ。
――盗むなら、これしかない。
直感的に、そう悟った。
先代ハンベルク公爵の偉業により、油の値段はこなれており……。
胡椒に関しても、同じく東へ渡ったヴァルターのおかげで、隠し味として用いるくらいならさほど原価が上がらない。
問題は……。
――ただ、丸々と真似するだけでは、芸が無い。
このことだった。
何か……。
何か、自分と父親の店ならではの……。
「よう。
やってるじゃねえか?」
いつの間にか、隣の席が入れ替わっていたらしい。
前の客に代わって座ったのは、父の親友……。
禿頭が特徴的な裏社会の大物――ロンデンであった。




