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Menu21.とうもろこしと北部者 その1

 成り上がり、のし上がるために必要なものとは、何か?

 きっと、多くの人間がこう答えるだろう。


 ――それは、運である。


 ……と。

 否定はしない。

 今でこそ裏社会の顔役として知られるロンデンであるが、そうなるまでの間には、いくつもの綱渡りが存在したものであり……。

 自分自身、よくぞ五体満足で生きているものだと思っているのだ。


 ただ、その運をもたらすのは一体何かと聞かれて、明瞭な答えを返せる人間が、いかほどいるだろうか……。

 ロンデンは、そんな数少ない人間の一人である。

 もし、郎党たちに問いかけられたなら、必ずこう答えるようにしていた。

 すなわち……。


 ――人だ。


 ――人と人との繋がりが、運を呼び込むのだ。


 ……と。

 貧しい北部の一鉱夫が金を手にするきっかけとなったのは、敵対する隣国への刀剣横流しであり……。

 それなる商売に手を出せたのは、とある男を助けたからだ。


 当時のロンデンより大分年長だったその男は、ハイデルバッハ王国に潜伏中の密偵であり……。

 王国側の諜報組織にそのことが露見した彼は、追跡戦の末、深手を負った。

 結果、打ち捨てられた山小屋の一つへ隠れ潜んでいたのである。


 ロンデンがそれを発見したのは、たまたまであった。

 そして、男の正体になど思いもよらなかったロンデンは、彼のために食料や薬などを調達してやったのである。

 いや、薄々は気づいていたか……。

 何しろ、食糧や薬を買うための金を渡す時、男は、くれぐれもこのことは口外せぬようにと頼んでいたのだから。


 危険を感じた。

 同時に、これは好機だとも考えた。

 このままいけば、一鉱夫として生涯を終えるのみ……。

 そんな若造に与えられた、千載一遇の好機であると。


 傷が癒え、立ち去ろうとした男は、礼として金を渡そうとしてきたものだが……。

 その際に、ロンデンははっきりとこう言ったのだ。


 ――金はもちろん欲しい。


 ――だが、それ以上に、金を稼ぎ続けるための道が欲しい。


 ――あんたなら、何か心当たりがあるんじゃないか?


 無謀な若造の言葉に、男はしばし考え込み……。

 そして、自分の正体を明かし、武器の横流しをするよう勧めてきたのである。


 男の属する国家は、金属資源に乏しく、ハイデルバッハ王国とも国交が存在しないため、王国製の武器は裏で高く取り引きされていた。

 若きロンデンは、その運び手となることを求められたのだ。

 ロンデンは、これを一も二もなく引き受け……。

 それが、今日への足がかりとなった。


 こんなものは、ほんの一例である。

 今日に至るまで、偉大な父(ゴッドファーザー)が他者との関わりで得た利益は計り知れなく、また、それらは金銭で換算することあたわぬものだ。


 だから、ロンデンは今でも人との縁を大事にする。

 例えば、目抜き通りの一角で商売する店の主も、ロンデンにとってはかけがえのない友人だった。

 今でこそ、足を洗っているが……。

 北部からこの王都へ進出してきた当初は、二人で危ない橋を渡ったものである。


「よう、やってるかい?」


 入り口どころか壁も持たず、ただ屋根があるのみ……。

 そんな、いさぎよいといえばあまりにいさぎよい店舗で鉄板を前に座っているのが、昔からの顔馴染みだ。


「やってなかったら、ここにはいねえさ。

 よう、いつものでいいかい?」


「おう、頼むわ」


 銅貨を投げてよこすと、男はそれを俊敏に掴み取る。

 そして、鉄板に丸い生地を置いて焼き始めた。

 この生地……。

 使われているのは、とうもろこしだ。

 とうもろこしを石灰と一緒に煮込み、皮を取り除いた後、水を足しながら生地の形に練り上げるのである。


 ――トルティーヤ。


 ロンデンたち北部出身者にとっては、ピッツァと並んで馴染み深い故郷の味であった。

 生地が焼けたところで、その上にひらりとハムやチーズを乗せ、折り畳む……。


「はいよ。

 ハムとチーズのブリトーだ」


「おう」


 受け取ったそれの熱さを楽しみながら、食す。

 とろけたチーズとハムの美味さは語るまでもなく……。

 これを包み込むトルティーヤの力強い味わいも、見事である。

 南部の人間は、これを小麦粉で作ることもあったが、そんなものは、北部出身者からすれば紛い物だ。

 トルティーヤは、とうもろこしの素朴な甘さが宿ってこそ。

 そうであるからこそ、包んだ具材と渾然一体になり、より味の複雑さが増すのである。


「しかし、お前がこんな店をやるなんてなあ……。

 昔の俺に聞かせたら、到底、信じないだろうよ」


「なんだい? 急にそんなこと言い出して」


 しみじみと語る自分に、鉄板越しの友人がいぶかしげな視線を向けた。

 そう言われると、ロンデン自身、このようなことを口にしたのは意外であり……。

 自分自身の心というものを、見つめ直してみる。

 すると、すぐに答えが見つかった、


「なあに、最近色々あってな……。

 例えば、例のトマト騒動よ」


「ああ、俺も間近で見ていたぜ」


「気づいていたとも。高みの見物しやがって。

 で、それでトマトってのが食えるもんだって、皆が思うようになっただろう?」


「おうさ。

 俺もトマト使ったブリトーを考えたりしているが、仕入れ先が問題だな。

 貧乏貴族が庭園で採れたのを卸したりしているが、しょせんは素人栽培だ。数がねえ。

 取り合いになっちまって、そう簡単には仕入れられねえ」


 それは是非、食べてみたいものだったので、フロテンティア辺りに融通してもらうことを頭で検討しつつ、続ける。


「まあ、そんな風に、世の中は変わってくもんだと思ってよ。

 それは人も同じだなと思っていたら、つい口をついて出たのさ」


「なるほどなあ……」


 友人が、腕を組みながらうなずく。


「まあ、俺が店を開いたのは単純さ。

 若い頃の俺たちみたいな、金のねえやつでも腹が満たせるものを売ってやりたい。そういう商売がしてみたい。

 そう思って、足を洗ったのよ」


 本人が言った通り……。

 昼時ともなれば、この店は金のない若者たちで大いに賑わう。

 彼らが買うのは、主にチーズのみを具としたブリトーであり……。

 中には、具を買う金がないからとトルティーヤのみを求める者もいた。

 安価なとうもろこしを使ったトルティーヤは、小麦のパンよりもずっと安く食べられるのである。


「その夢、叶えてるんだから大したもんだ。

 昼時のここは、入るのをためらうくらい混んでるものなあ」


「入らないでおいてやれ。

 おめえみたいな強面が入ってきたら、客の若造たちが縮こまっちまう」


「おめえには言われたかねえや。

 ……ところで、お前の跡取り息子はどうした?

 かき入れ時が過ぎたから、どっかで休んでるのか?」


「ああ、あいつは飲みに行ってるよ」


 そう言いながら、友が飲み屋街の方角に目を向けた。

 そろそろ、陽も傾き始めようかという時間であり……。

 なるほど、飲むにはちょうど良くも思える。

 だが……。


「意外だな。

 あいつは、親に似ないで真面目なやつだから、飲み屋街なんざ縁がないと思ってたぜ」


「そう、俺に似ないで真面目だから、飲みに行ってるんだよ。

 野郎、自分が店を引き継いだら、夜も営業して酒を出すようにしたいんだとさ。

 それで、研究のために通ってるってわけだ」


「なるほどなあ……。

 この店も、若い世代に変えられるってわけだ」


「おうよ。

 ま、止める必要があるわけでもなし。好きにさせてやるさ」


 二人して、飲み屋街の方角に目を向けながら、語り合う。

 年を食うと、変化というものに嫌悪感を抱くようにもなるが……。

 この店に訪れるだろう変化はきっと、好ましいものであるに違いない。

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