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Menu20.青年と枝豆 後編

「お待たせしました。

 ビールと、枝豆です」


 やや上ずった声での給仕も、大変にかわいらしく……。

 もうそれだけで満足しそうになるトビアスであったが、そういうわけにもいかず、供された料理と食器を見やる。


 なるほど、飲み屋街に存在する他の店とは違い、ここではビールをガラス製のジョッキで供するのか……。

 透明なジョッキ越しに見える白い泡と琥珀色をした液体のコントラストは、今、この瞬間にしか成立しない芸術品のようであった。


 そして、枝豆……。

 こちらは、小さな深皿の中へ立体的に盛り付けられている。

 特徴的なのは、もう一つ、空の平皿が存在することだ。

 その理由は……。


「ほう……房のまま提供するのだな」


 隣で同じものを注文していたホースオーガ仮面が、興味深そうにそうつぶやいた。

 そう……船乗りが壊血病を防ぐために塩漬けのそれを食すため、えんどう豆(グリーンピース)ならば港湾労働者にとっては馴染み深い。

 だが、それらは茹でた後、剥いた状態でスープやサラダにして食すのが一般的である。


 このように、房に入った状態のまま供するというのは、店の雰囲気に反して何とも豪快というか……。

 捉えようによっては、粗野とも言える出し方であった。

 そして、問題の空き皿は、おそらく房を捨てるためのものであるのだろう。


「はい!

 ちょっと下品かもしれないけど……。

 枝豆は、この状態で食べるのが一番美味しいし、楽しいんです!」


 仮面騎士の問いかけに、シズルが元気よく答える。


「楽しい……?」


「はい、こうやって房を掴んで、少し力を入れてやって下さい」


 枝豆をつまむ動作をしたシズルが、開いた口の前でぐっと指に力を入れた。

 それは、ものを食べるというよりは、何かの遊びがごとき仕草であったが……。

 確かなことは、一つだ。


 ――俺が、自分で聞きゃよかった。


 かわいい女の子の解説と演技を間近で聞く仮面戦士に、若干のうらやましさを感じつつ……。

 早速、解説されたことを実践してみる。


 軽く開いた口の前に、掴んだ房を持ってきて……。

 その指に、力を込めた。


 すると、次の瞬間に起こったこと……。

 それは――発射である。

 指の圧力により、収まるべき場を失った内部の豆が、勢いよく打ち出されたのだ。

 撃ち出された豆の衝撃を、舌が吸収する。

 なるほど……。

 なるほど、これは……。


 ――楽しい!


 食事の場において、食べ物を飛ばし……。

 そして、それを直接に口で受け止める……。

 曲芸めいたこの行為は、いつの間にか置き去っていた童心というものを、呼び起こしてならなかった。

 そして、味の方も……。


 ――ひどく。


 ――ひどく、力強い味わいだ。


 文句なしに、満点を付けられるものである。

 茹でる際に付与された塩気は、肉体労働で大量の汗を流した体に、染み入るかのようであり……。

 しかも、大地の生気そのものを抽出したかのような緑豆の甘みが、これによってくっきりと浮き上がった。


 この歯ごたえも、心地良い。

 歯で潰そうとしてやると、弾力ある豆はわずかに抵抗してみせ……。

 そして、弾ける。


 弾けると、茹でる過程で染み込んだ塩気と、豆本来の瑞々しい甘みが、本格的に口中を満たした。


 ――ああ。


 ――何て楽しい。


 ――そして、美味しい……。


 これを迎え撃つには、あれの力を頼る他にない。

 あれとは、他でもない……。

 この枝豆と一緒に供された王国人の血液――ビールである。


 ――グッ、グッ、グッ。


 手にしたガラスジョッキを、豪快に煽った。

 甘さすら感じる純白の泡と、心地良い苦味を含んだ琥珀色の酒が、枝豆の後味によってますます深みを増しているのが、嬉しい。


「――くはっ!」


 この、一息……。

 豪快に飲んだ後に吐き出すこの息まで含めて、ビールという酒だ。


「美味い……」


 ビールに……。

 そして、ビールの味を最高にまで高めてくれた枝豆という食材に、簡潔な賛辞を述べる。

 すると、この独り言を聞き逃さなかったようで……。


「――ありがとうございます!

 実は、この枝豆……うちの村で収穫したものなんですよ!」


 歩み寄ってきたシズルが、そう声をかけてくれた。


「へえ、君の!?」


 それはつまり、この娘が手づから栽培したものであるということ……。

 トビアスの脳は、超高速でその結論を算出する。


「それを聞くと、ますます味が増して感じられるな。

 それに、何だか力も湧いてくるようだ」


「えっへへ……ありがとうございます。

 枝豆っていうやつは、本当に偉くて、夏の野良仕事で疲れた体に活を入れてくれるんですよ。

 それで、皆して食べたがるもんだから、油にして上納する分や、他の使い道に回す分を確保するのが大変で……」


「これだけの味なら、それも仕方がないさ。

 俺も、そんなに稼ぎがある方じゃないけど、是非また食べたいって思ったもの」


「そう言ってくれると、すごく嬉しいです。

 ――あ、食べた後の房は、もう一つの小皿へ捨てて下さい」


「ああ」


 少女とのやり取りは、それだけのごく短いものだ。

 しかし、失恋により、落ち込んでいたトビアスの心は、ただこれだけで復活を果たしていた。


 ――必ず、また来よう。


 トビアスはそう決意しつつ、ビールを何杯も飲み……。

 当然の帰結として、潰れたのである。

 その際、ヴァルターが「うちの社員だから」と介抱をしてくれたので、彼が自分のごとき末端もきちんと把握しているのだと知ることができた。


 そして、これは完全な余談だが……。

 目当てのシズルは普段、王都から離れた村で暮らしているため、また来たところで会えるはずもなかったのである。




--




「どこかで、止めた方が良かったですかね?」


「うーん……難しいところね。

 別に誰かへ絡んだり大声を上げたりってわけじゃなく、急に力尽きる形の潰れ方をする人みたいだし……」


 ものの見事に酔い潰れ……。

 今は、雇用主であるヴァルターから水を飲まされているお客さんを見つつ、マルガレーテとひそひそ話を交わした。


「結構、勢いよく飲んでましたもんね」


「あら? それだけ、あの枝豆が美味しかったからじゃない?」


「その話を聞いたら、きっと喜びますよ」


「その口ぶりだと、あれはシズルの家で作ったものじゃないんだ?」


「はい、うちの畑のはもう少し先ですね。

 ただ、その人も先代ハンベルク公爵様やアウレリア様のことは尊敬してたから、是非にって」


「そうなんだ……。

 そのようなご縁は、ありがたいものね」


「ええ、本当に……」


 そこまで言って、介抱されているお客さんを見やる。

 潰れこそしたが、彼は実に……実に枝豆を美味しそうに食べていたもので、そのことを聞けば、これを分けてくれた人物は喜んでくれるに違いない。

 そう……。


 オマチさん(三十二歳。旦那と四人の子供有り)は。


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