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Menu20.青年と枝豆 中編

「お水とおしぼりは無料となっております。

 こちらが本日のお品書きとなっておりますので、ごゆっくりお選び下さい」


 そう言いながら供されたのは、ガラスコップに注がれた水と、温かなお湯で絞られた布である。


 ――こいつで、手を清めろってことかな。


 ――こういう洒落た店だと、客にも綺麗であることを求めてくるんだなあ。


 そんなことを考えながら、手を拭った。

 汚れや汗が清められる爽快感と共に去来するのは、やはり場違いではないかという危機意識である。


 雇用主――といっても、自分のような末端まで把握はしていまい――であるヴァルターはもとより、他の客たちも、身分や地位の感じられる装いであり……。

 そんな彼らを見ていると、仕事終わりにそのまま駆けつけてしまったのは、いかにも大失敗であったと思え――。


「――いらっしゃいませ。

 ホースオーガ仮面様」


「うむ」


 ……何か、馬を模した全身鎧に身を包んだ漆黒の騎士が入店してきた。

 これが許されるのならば、港湾労働者の格好など、かわいいものであるに違いない。


「ほう……今日は、始めて見る品があるな。

 この枝豆というのは、どんな料理だ?」


 そんな自分を意に介さず、隣に座った仮面騎士が、カウンター越しに料理人へ話しかける。

 この料理人……あるいは、店主その人だろうか?

 ひどく、美しい少女だ。


 身にまとっているのは……衣服に対する知識不足で名前は分からないが、確か、どこぞ民族の伝統衣装だった気がする。

 スカート丈は短く、胸元が大きく開いており、見ようによってはひどく煽情的にも感じられた。

 ただ、彼女のまとう空気……。

 それは、高貴の一言である。


 見た目が美しいから、というだけではない。

 あるいは、育ちが良いのかもしれないが、それだけでは説明がつかない。

 おそらく、生まれ持った魂そのものの『格』が違うのだ。


 ――そういえば。


 ふと、思い出す。


 ――確か、ハンベルク公爵家のご令嬢が、家を追放されて料理屋をやっていると聞いた。


 噂話に疎いトビアスであったが、つい先日、テンプル騎士団の王都支部で起こったという事件は、小耳に挟んでいた。

 だと、するならば……。


 ――きっと、この人が噂の元ご令嬢に違いない。


 確信と共に、うなずく。

 そんな自分をよそに、美しい店主は仮面の騎士へ料理の説明をしていた。


「料理、というほどのものではありません。

 これは、若い大豆をただ、塩茹でにしただけの品なのですから……」


「ほう、若い大豆か!」


 謙遜する店主と裏腹に、仮面の騎士は何やら上機嫌な様子である。

 ひょっとしたら、豆料理そのものが好きなのか、あるいは大豆に思い入れがあるのかもしれない。


 ――大豆。


 これなるは、先代ハンベルク公爵――つまり店主の祖父――によって王国へもたらされた作物であった。

 国内での主な利用は、油への加工である。

 大豆や菜の花によって、それまで高価であった植物油は、大きな価格破壊が成し遂げられ……。

 昨今においては、一般庶民であっても揚げ物を楽しむことができるのであった。


 他には、軍馬や競走馬の飼料としても使われているのだったか……。

 いずれにせよ、そのまま食べるというのは、初めて聞く活用法である。


 どれと思い、自分自身でも品書きを見てみた。

 すると、最初に飛び込んできたのは、料理の名前ではなく……。

 思った以上に0の多い、値段の方であった。


 ――こいつは、思った以上に取られるな。


 覚悟していたこととはいえ、喉を鳴らしてしまう。

 何しろ、ビール一つを取ってみても、飲み屋街に存在する他店舗より三割は増した値段が付けられているのである。


 ぼったくり……と、言うわけにはいかないだろう。

 入店した時に侍女さんが見せてくれた接客といい、さっと出してくれた水といい、他では見られないもてなしだ。


 当たり前ではあるが、何事においても、上等なものには高値が付く。

 このシュロスという店での食事には、色を付けるだけの価値があるという、強気の判断に違いない。


「それにしても、大豆……それも若いものとなると、やはり、例の村から仕入れたのか?」


 ホースオーガ仮面なる怪人物の言葉に答えたのは、店主ではない。


「はい。

 あたいが、採れ立てのやつを持ってきました。

 ……その、やっぱりこれ、変じゃないですか?」


 そう言いながら、店の奥から出てきた人物……。

 それは、店主や侍女とは、また趣きの異なる美少女である。


 黒い……王国人のそれとはやや性質が違う黒色の髪は、頭頂部で馬の尾がごとく結い上げられており……。

 露わとなった二の腕や太ももは、健康的な日焼けがまぶしい。

 そう……露わとなっている。

 彼女が着ているのは侍女服であるのだが、夏という季節を反映してか、袖がない上に、スカート丈もかなり短いものとなっているのであった。

 若いトビアスが、思わず視線を注いでしまったのは、致し方がないことだろう。


「全然そんなことはありません。

 よく似合っていますよ、シズル」


 そんな自分をよそに、瞬間移動じみた速さでシズルなる少女の隣に移動した侍女さんが、やや年下だろう少女の全身を眺めながら語りかける。


「あなたが着るなら、既製品よりもこのような侍女服が良い……。

 あたしの見立てに、間違いはなかったようね」


 ――間違いないです。


 胸中でうなずきつつ、横目で見る形に視線を整えた。

 このような時、じろじろと遠慮ない視線を注ぎ続けるのは、モテない男かあるいは単なるエロ親父であることを、トビアスでもわきまえているのだ。


「だったら、マルガレーテさんが自分で着ればいいんじゃ……」


「魅力を出す装いというのは、人それぞれよ。

 あたしが着たところで、あなたほど似合いはしないわ。

 さ、せっかく着たんだもの。教えた通りにやってごらんなさい?

 シュロスの仕事をやってみたいと、あなたから言い出したんだから。

 ほら、あちらのお客様が、そろそろお決めになられるようよ」


 マルガレーテなる侍女がこちらを見ながら促したので、慌てて品書きに視線を集中する。

 とはいえ、こうなった以上、食べるべきは一つであろう。

 飲み物は……王国人にとって血液ともいえる、あれしかない。


「うう……」


 シズルは、やや恥ずかしそうにしていたが……。


「失礼します。

 ご注文はお決まりになられましたか?」


 トビアスの方に歩み寄ると、恥ずかしさを宿した笑顔でそう問いかけてくれたのだ。


「この枝豆というのと、ビールを下さい」


 とびきりのキメ顔で注文した。

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