Menu19.弾劾トマト その6
「――皆、何があった?
表にテンプル騎士団がいたのを見かけたが……」
そう言いながら、ホースオーガ仮面がシュロスに足を踏み入れると……。
店内に漂っていたのは、未知の……何とも言えぬ濃密な旨味を感じる芳香と、一難が去った後に独特の倦怠感であった。
疲れた様子で椅子に座っているのは、ヴァルターやフロレンティアなど、お馴染みの面々であったが、一人だけ、初めて目にする女性がおり……。
「――ひっ!?」
その女性は、ホースオーガ仮面の方を見ると、引きつった悲鳴を上げたのである。
……このようにトンチキな格好をした怪人物が突然現れたのだから、それはそうだろう。
「ハンネ殿、落ち着かれよ。
こちらは、怪……しい人物だが、決して悪い人物ではない。
また、全身鎧ではあるが、テンプル騎士団の一員というわけでもない」
東方貿易会社の社長が、支援になっているようで絶妙になっていない台詞をハンネなる女性に告げた。
「うむ……我が名はホースオーガ仮面。
訳あってこのような格好をし、正体を隠させてもらっているが、この店にはよく通っている身……。
難しいとは思うが、どうか、あまりおびえないで頂けないだろうか?」
「は、はい……」
請い願うと、ハンネ女史は分かったというように首を縦に振る。
それで、どうにか話を聞く体制が整った。
「それで、あらためて聞くが、何があったのだ?
連中は、ミロス教の教義を盾に強硬な手段に訴えることも珍しくはない。
だが、逆に言うならば、教義に反しない相手にとっては無害であるということ……。
この店が、何か異端なことをしているとは到底思えないが……」
そこまで言い終えると、全員の視線が一斉にテーブル上のピッツァへ注がれる。
それで、彼らが何を言おうとしているのか、ホースオーガ仮面にも想像がついてしまった。
「まさか……そのピッツァが、何か教義に反しているのか?
確かに、見たこともない鮮やかな赤のソースを使っているようだが……」
「はい。
実は、こちらのピッツァ……ソースには、トマトを使っているのです」
「トマト? 食べられるのか?
……いや、匂いだけでも分かる。さぞかし、美味いのだろう」
すでに、全員が口を付けた後なのだろう。
食いさしとなっているこれを眺めながら、腕を組んだ。
「……しかし、確かに、ミロス教の教義によれば、あれなる実は悪魔の実とされている。
なるほど、それで踏み入ってきたわけか」
「それにしても、気になるのは、どうしてトマトを食べていると知ったのかです。
確か、通報を受けたと言っていましたが……」
状況が飲み込め得心する自分に、マルガレーテがそう告げた。
「ああ……それなら、エルンストなる算用官が遠くで見ているのを見つけた。
奴は……そう、確か第三王子付きの男。
ならば、事態の構図も見えてくるというものだ」
いかにも思い出したという仕草を交えながら告げると、ヴァルターがううむとうなる。
「つまり、その算用官が店のことを監視し、いざ、トマトを食べるという段になったら、テンプル騎士団に通報したというわけか。
……いや、ちょっと待て。
それだと、前提としてその算用官……というよりは、第三王子がトマト食いのことを知らねばならないが……」
「……おそらく、カーヤが教えたのでしょう。
わたしとマルガレーテが、祖父同様にトマトを食べる習慣があると、あの子は知っています」
ヴァルターの疑問を、アウレリアが解消した。
「ならば、庭でトマトを育てているアウレリア殿の知り合い――つまり、フロレンティア殿が、この安息日のような、余人が店に入らぬ日に訪れるのを待って通報すればいい。
それでもし、トマトを食べていたら大きな騒動になってアウレリア殿を困らせられるし、空振りでも、誤通報を平謝りするだけだ」
「問題は、実際にトマトを食べていて、それが、テンプル騎士団に知られたことですな」
自分の言葉を受けて、造船所所長であるデニスが溜め息を吐いた。
「いや、噂には聞いてましたが……。
あれほどまで、血気盛んというか、取り付く島もないとは、思いもしませんでしたな。
一方的に自分たちの要求だけを告げて、去って行きましたよ」
「ほう……要求ですか?」
冷や汗をぬぐいながら言ったギードに、すかさず尋ねる。
すると、ホースオーガ仮面が個人的に尊敬している名調教師は、少しばかりの困惑をにじませながら、修道騎士たちの言葉を思い出したのであった。
いわく、
――三人以上の修道騎士という『善良にして信頼できる者』の目撃証言があり、悪魔の実を食す邪悪な宴が開かれていたのは間違いなし。
――よって、これを弾劾する正式な裁きの場が、テンプル騎士団王都支部で公開される。
――ここにいる一同は、必ずその場へ馳せ参じるべし。
――もし、それを怠れば、主の名において、強硬たる手段に及ぶことも辞さない。
……とのことである。
「……俺やヴァルターもそうだが、デニスさんやギードさんにしたって、それなりに顔が売れている人間だ。
連中の目的は、裁きとやらそのものじゃなく、それを免除する代わりに高額の布施を要求することだろうよ。
ああ、俺にはよーく分かる」
裏社会の顔役たるロンデンの言葉であり、その推測には信憑性があった。
また、ホースオーガ仮面も、その辺りは心当たりがあったのである。
「あのテンプル騎士団という組織は、そもそも地方の治安維持を目的として立ち上げられ、それが瞬く間に膨れ上がった。
背景には、理念へ賛同した者たちの莫大な寄付金があるが、急拡大した組織の維持というものは、とかく金が必要だ。
結果、今では高利貸しや土地貸しなど、様々な商売にも手を出している」
「その辺りは、よく存じ上げている。
実業家である私が、舌を巻くほどですよ。
高潔なる修道騎士たちの軍団は、今は、金に使われる者たちの集いに成り下がっているわけだ」
ヴァルターが、苦々しい顔になったのは致し方があるまい。
それだけ、テンプル騎士団の拝金主義的な行動は、目に余っていた。
これは、特に地方部などで顕著なのだが……。
地方貴族にテンプル騎士団が駐屯地の供出などを要求し、いさかいとなっている事例などは数多いのである。
何故、ホースオーガ仮面がそれに詳しいかは誰にも明かせない秘密だが……。
ハイデルバッハ王家も、その仲裁などで駆り出されているのだった。
いわば、王家とテンプル騎士団は水面下での敵対体勢にあるのだが……。
――だというのに、あのバカは!
そのテンプル騎士団を頼るかのごとき第三王子の行動に、怒りを覚える。
もっとも、怒りを覚えた理由も秘密なのだが。
「おーほっほっほ!
ともかく、来いと言われたのなら、行かぬ道理はありませんわ!
このフロレンティア! 天が下に恐れるものは一切なくってよ!」
フロレンティアの言葉に、一同がうなずく。
「……私も、この姿でというわけではないが、必ず駆けつけると約束しよう。
とはいえ、行ったところで何か役に立てるというものでもないが」
「いえ、皆さんに来て頂けるだけで、わたしとしては……。
そもそも、こんなことをしようと発案しなければ、大事にはならなかったわけですし」
恐縮するアウレリアの言葉を制したのは、ロンデンである。
「いや、このピッツァは本当に見事だった。
これを知らずに死んだんじゃ、死んでも死にきれねえくらいにな。
それを思えば、このくらいは気にする必要がねえさ」
「そうとも……。
そして、どうせならもっとトマトの料理を馳走になりたいところですな」
「ええ、仮面殿も来られたことですしね」
ロンデンの言葉へ、デニスやギードといった四十路組も口々に同意を示す。
「皆さん……。
ええ、もちろん、まだまだ料理はありますとも!」
彼らの暖かさに、アウレリアは感極まったようであるが……。
「――あの」
そこへ割って入ったのが、ハンネという初顔の女性だったのだ。
「私も、当日は必ずうかがいます。
テンプル騎士たちも、私のことを数に入れてるでしょうし」
「……そうですな。
申し訳ないが、お願いしたい。
結果として、巻き込む形になってしまったが……」
ヴァルターの言葉に、ハンネは首を振った。
「いえ、暑さで倒れそうだったのを助けて頂きましたし……。
それに、私はこのトマトが、本当に今の教義で言われているような悪魔の実であるとは、とても思えないんです」
見た目は、いかにも野暮ったく、普段から自己主張というものが薄そうに感じられる女性であるが……。
不思議と、その言葉は確信に満ちたものだったのである。




