Menu19.弾劾トマト その5
鎧というのは、戦の際に装着するべきものであり、当然ながら、何よりも優先されるのは装着した騎士の命を守ることである。
ホースオーガ仮面が装着する、あまりに趣味的な意匠のそれであっても、そこに関しては例外でなく……。
それが何を意味するかといえば、夏もいよいよ本格化しようというこの時分に着るのは、半ば自殺行為に等しいということであった、
何しろ、全身は金属部の下地となる衣服で隙間なく覆われており……。
その上からは、板金の鎧を装着しているのである。
しかも、これらは最も陽光を吸収する色――漆黒で染め上げられているのだから、これはもう、竈を身にまとっているに等しかった。
これに加えて、頭にも馬を模したフルフェイスの兜を被っているのだから、もはや、鎧内部の熱が逃げる隙間などどこにもない。
――私は。
――私は一体、何をやっているのだろうか?
クソ騎乗の敵にして人間の味方たる仮面戦士は、飲み屋街を歩きながらそんなことを考えていた。
さすがに、住居――そう、この国で最も豪華ででかい住居だ――からこの重装備で出向くはずはなく、手近な預かり馬房まで愛馬で駆けつけ、人目を忍び着替えてからの出発である。
故に、この装備を身にまとってから、そこまでの距離を歩いたわけではない。
歩いたわけではない、が、ほんのわずかな距離を歩いただけで、すでに全身は汗だくであった。
――もういっそのこと、正体を明かしてしまえばいいんじゃないだろうか?
そんな考えが、脳裏をよぎる。
今向かっている料理屋――シュロスに集っているのは、心優しい人々であり、今さら仮面の下に隠れた正体を知ったところで、排斥してくるようなことはないだろう。
――ただ、どうにもアウレリア嬢に申し訳が立たぬ。
しかし、その考えを押しのけ、かようにトンチキな格好で街中を練り歩かせてしまうのは、そのような感情であった。
何しろ、店主であるアウレリアが実家を追い出されたのは、ホースオーガ仮面の身内が原因である。
それを承知の上で正体を晒すなど、彼の良心が許さないのだ。
だから、今日も今日とてこの重装備に身を固め、店への道を急ぐ。
本日は安息日であるが、何やら、アウレリア嬢の主催で面白き宴が開かれているはずであった。
ホースオーガ仮面としても参加を表明していたのだが、何分、仮面の下に隠した正体は多忙の身であり、安息日といえど対処せねばならない事柄がいくつか存在したため、やや遅れて出かけることになったのである。
――一体、どんなものを食べるのだろうか?
――いずれにせよ、この疲労を吹き飛ばしてくれるような逸品であるに違いない。
そんなことを考えながら、飲み屋街の片隅に足を踏み入れ……。
そこで、気づいた。
――あやつらは。
この飲み屋街において、異質な石造りをしたシュロスの前……。
そこに、数人の……しかも、完全武装をした騎士たちが集まっていたのだ。
特徴的なのは、まとう白マントに赤き十字が描かれていることである。
これなるは、ある騎士集団を象徴するシンボルであった。
「テンプル騎士だと?」
思わず曲がり角に隠れながら、その名をつぶやく。
――テンプル騎士。
文字通り、さる聖堂に本部を置く修道騎士たちを差す呼称である。
その特徴は、あくまでも修道士としての立ち位置を軸に活動していること……。
そのため、通常の騎士と異なり、清貧さを自ら追い求め、厳しい戒律で自分たちを律していた。
それが、近年になってますます力を付けている庶民層の尊敬を集め……。
元々は一地方の自警組織に過ぎなかった彼らは、多額の寄付金により瞬く間に勢力を拡大し、今では、この王都にまで進出するようになっているのである。
これだけならば、大変結構なことにも思えた。
だが、ホースオーガ仮面にとって、彼らは決して好ましい存在ではなかった。
何故ならば……。
「ミロス教の過激派たちが、一体、何故シュロスに……?」
発端が、戦士階級ではなく僧の集団であるからだろう。
彼らの行動は、その全てがミロス教の教義に基づくものである。
そして、それが正義であると疑っていないわけだが……。
厄介なのは、正義を抱いているというその一点だ。
人が、最も凶暴性を発揮する状況……。
その一つとして挙げられるのが、正義を抱いていると確信しているその時である。
自分は、間違いなく正しいことをしている。
そして、目の前にいる存在は、その正義に反する存在――悪である。
そうなった時、人間という生き物の視野は極端にすぼまり、本来ならば備わっているはずの旺盛な想像力は失われるのだった。
失って、いかなる過激な手段も辞さなくなる。
――そもそも、ミロス教の教義というものは。
おそらく、王国で最も高度な教育を受けた一人であるホースオーガ仮面であり、その知識は当然ながら、国教にも及んでいた。
それを踏まえて考えるならば、彼らテンプル騎士団の行動はあまりに過激であり、視野狭窄と断じられるものなのである。
もっとも、新興勢力ゆえ、自分たちのあり方というものを喧伝すべく、力が入り過ぎているきらいもあるのだろうが……。
「――む?
あれは……エルンストか?」
ふと、自分と同じように物陰へ隠れ、シュロスの様子をうかがっている人物に気づく。
この人物は、第三王子付御算用官という、言うなれば第三王子の腹心と呼べる立ち位置の男であり……。
それで、ホースオーガ仮面にも、今起こっている出来事の構図が見えたのであった。
見えて、しまったのであった。
「これは……私がなんとかせねばなるまいよ……」
こうなってくると、所用が重なって遅れることとなったのが、幸運であったと思える。
もし、自分が店の中にいたならば……。
事態は、よりややこしいこととなっていたに違いない。
「いくらテンプル騎士たちが過激であるといっても、ここは王都の街中……。
まさか、凶行に及ぶことはあるまい……」
つぶやきつつも、自然と腰に下げた剣の柄へ手を伸ばす。
仮面の騎士が受けた最高峰の教育とは、当然ながら、武術も含めた総合的なものである。
それゆえ、いかに完全武装かつ多数といえど、修道士上がりの戦士らに後れを取る道理はない。
ないが、その実力を発揮する機会が訪れないに越したことはなく……。
果たして、天井の主は敬虔なる子羊の願いを聞き入れたようだった。
店の中で、何やら言い合いがあったようだが……。
これといって争いごとになった様子はなく、出てきたテンプル騎士は外で待っていた者たちと合流し、帰っていったのである。
同時に、隠れ潜んでいたエルンストも、城の方に向けて去って行った。
「……ひとまず、皆から話を聞かなければ」
仮面の騎士はつぶやきながら、早足で店に向かったのである。




