Menu19.弾劾トマト その2
週に一度の安息日というのは、いわばミロス教の教義に基づいた風習であり、通常は、いかなる職業の者であっても、この日に働くことはない。
で、ありながらシュロスが店を開けているのは、つまり、普段の営業とは別の……ごく内輪向けの催しをするためであった。
「おーほっほっほ!
アウレリアさん! 頼まれていたもの、持ってきましてよ!」
いつも通り、みこしに担がれ高笑いしながら駆けつけたフロレンティアが、手にしていたバスケットをアウレリアに手渡す。
「ありがとうございます。フロレンティアさん」
アウレリアはそれを受け取ると、宝物をそうするように、そっと被せられた布を撫でたのである。
「それが、例の……?」
――夏の味覚といえば。
――是非、皆さんに食べて頂きたいものがございます。
――ただ、人によっては、嫌悪感を抱くかもしれませんが……。
昨晩、常連たちに向かってアウレリアが告げていた言葉を思い出し、ヴァルターは興味深げな視線をバスケットに注いだ。
「へっ……。
おかしなおどし文句を食らいはしたが、俺は家業が家業だ。
まさか、お嬢さんが毒を食わせるはずもなし……。
むしろ、どれだけ美味いかが気になるね」
マフィアのボス――ロンデンが、禿頭をつるりと撫でながら、豪胆に言い放つ。
すると、それにうなずいたのがデニスやギードといった、お馴染みの面々である。
――女房や息子のご機嫌取りがなければ、ゲルトも来たのだろうがな。
所帯持ちの腹心に思いを馳せながら、ヴァルターは被せられた布がのけられるのを待った。
「では……失礼します」
そうしていると、マルガレーテがうやうやしい仕草で、布を取り払ったのである。
そうすることで、露わになったもの……。
それは……。
「ほう、トマトか?」
「こいつはまた、見事な赤色をしてやがるな」
自分がつぶやくと、ロンデンも興味深そうにバスケットを覗き込む。
「おーほっほっほ!
我がレデラー公爵家は、庭師の腕も一流!
毎年、夏には美しいトマトの実が庭園を彩るのですわ!」
フロレンティアが、高笑いと共に告げた通り……。
バスケットにぎっしりと収められたトマトは、いずれもたっぷりと太っていて、つついたならば、薄皮が破れて中身が飛び出しそうなほどであった。
「ふうん……。
お貴族様の庭園趣味に理解は薄いが、なるほど、これが植えられているなら、さぞかし鮮やかなのでしょうな」
「確かに、これは、こうしてもがれた姿を見ても、なかなかに美しい」
造船所所長のデニスが言うと、名調教師として知られるギードもうなずく。
そのようにして、ひとしきりフロレンティアが持参した赤い実を愛でた後……。
全員が、異口同音にこう言ったのだ。
「「「「それで……これは食べられるのだろうか?」」」」
……と。
「はい……。
実を言うと、これはある日、祖父が庭を散策していた際、日にやられて倒れそうになったのが発端でして……」
問いかけられたアウレリアが、かつてを思い出すようにしながら、あごに指を当てる。
「あの日は、夏の盛り……。
大変、暑い日でございました」
うなずくマルガレーテもまた、その日を思い出しているようだ。
「おーほっほっほ!
トマトがなるのは、今から夏の暑い終わりにかけて!
英雄として知られる先代ハンベルク公爵も、夏の暑さにはかなわなかったということですわね!」
「まあ、確かにこの時期は、港で働く人夫たちも、倒れないように気を使わねばなりませんからな」
「馬の世話も、この時期は大変です。
もっとも、牡馬はダレているというのに、牝馬は何故か走ったりもしますが」
フロレンティアの言葉を受けて、ギード共々、職業談義に花を咲かせる。
初夏である今こそ、涼しい時間帯も存在するが……。
やがて、太陽が本気を出してくると、どれだけ屈強な男でも油断ならぬ暑さとなってくるのだ。
こればかりは、気合いや根性でどうにかなる問題ではなく、ヴァルターも雇った者たちが体調を崩さぬよう、気を揉んでいるのであった。
「皆さんがおっしゃる通り、こればかりはどうにもならないもの。
まして、当時、祖父はすでに高齢の身……。
薄れゆく意識の中で、死を意識したそうです。
その時、目に入ったのが、庭園で実を付けているトマトでした」
「つまり……どうにかして水気を得ようと、半ば本能的に、目の前の実をもいだと?」
ヴァルターの問いかけに、アウレリアがうなずく。
「はい……そして、食べました。
食べて、祖父は大いに驚いたそうです。
ミロス教では、悪魔の実と呼ばれているトマト……。
その、何と美味しく、瑞々しいことかと」
「その……それで、ご祖父は何ともなかったのかい?
こう……悪魔に呪われたりとか、そういったことは?」
問いかけたのは、意外にもロンデンである。
彼は裏社会の顔役であり、くぐり抜けた修羅場の数も一つや二つではあるまい。
かつて、冒険者として東の海に漕ぎ出したヴァルター自身もそうであるが、命の危険が伴う仕事に従事する人間というものは、必然、信心深くもなるものだ。
彼が敬虔なミロス教徒だったとして、何一つ、そこに不思議はなかった。
「いえ、そういった呪いは一切なく、祖父はこれを迷信であると断じました。
ばかりか、暑気あたりに倒れ、死すら覚悟した自分を救ってくれた偉大な食物であると……。
それ以来、祖父は……わたしとマルガレーテもですが、教義に反するとは知りながら、こっそりとこの実を愛好するようになったのです」
偉大な英雄の、知られざる逸話……。
それを聞いた常連たちが、思い思いにうめく。
「それで、わたしとしては、是非、皆さんにもこの味を知ってもらいたいと思ったのですが……。
もちろん、無理にとは言いません。
ただ、よろしければ、わたしがこれを食べているというのは、内緒にして頂ければ……」
アウレリアがそう言うと……。
ヴァルターは、我知らず、先陣を切ったのである。
「先代ハンベルク公爵といえば、私にとって面識のない恩人。
その彼が愛好した食べ物というのなら、こちらからお願いしたいくらいだ」
その言葉に、他の常連たちも次々にうなずく。
「そうさなあ……。
どうせ、俺もそれなりの年齢だ。
遠からず死ぬなら、せいぜい美味いもんを食ってから死にたいもんだ」
「実際、アウレリアさんもマルガレーテさんも、極めて健やかに育っていらっしゃる」
「ですな。
何事も、まずは経験してみなくては」
「おーほっほっほ!
親友であるアウレリアさんが勧めて下さるのだもの!
わたくし、一切の疑いを持ちませんわ!」
皆の言葉に、万の友軍を得た気分なのだろう。
アウレリアの顔が、ぱあっと明るくなった。
――これでいい。
――やはり、このお嬢さんは笑顔でこそ輝く。
ヴァルターはといえば、そんな彼女を見て、一人うんうんとうなずいていたのである。
「皆さん、ありがとうございます。
早速、頂いたこれでお料理させて頂きますね。
きっと、気に入って頂けると思いますので、どうか楽しみにお待ち下さい」
アウレリアがそう言って……。
安息日の一風変わった宴会は、幕を開けたのであった。




