Menu17.風物釣り 後編
地道で面倒な下処理を終えれば……。
その後に待っているのは、調理と実食の時間となる。
「アウレリア殿には、感謝しかないな」
「ああ……休業日だっていうのに、こうして店を開けて、料理してもらってよ」
「いつか、このお礼はさせて頂きたいものです。
……もっとも、今のところは、負債ばかり積み上げて、返す当てはありませんが」
男たちがジョッキ片手にそのようなことを言い合うと、カウンター越しのアウレリアがふわりとした笑みを浮かべた。
「ふふ……皆さんにも下処理を手伝って頂きましたし、このくらいはさほどの苦労でもありません。
それに、わたし、この時期のいわしって、大好きなんです」
そう言いながら、アウレリアが作り上げたいわし料理……。
それらは、揚げ物を主体としていた。
例えば、背開きにしたいわしに衣をつけて揚げたフライ……。
この店で供される、豚やエビを使ったそれは絶品であるが、いわしを用いても、美味であることは変わらない。
ざくりとした衣の下から現れるのは、ぷりぷりと身の引き締まったいわしで、小さくとも青魚に特有の旨味が存分に含まれた肉は、口の中でほろほろと崩れ去り、誠に――美味い。
これに、アウレリア嬢特製のソース――タルタルソースを付けてやると、複雑にして濃密なソースの味によって、料理へスゴ味が宿った。
ソースやタレを用いず、代わりに下味を付けた状態で揚げてやるのは、アウレリア嬢が唐揚げと呼ぶ料理だ。
何でも、これなる料理の由来は、東方最大の帝国――キョウカが、かつて唐と名乗っていたことに由来しており……。
その唐時代にヒイヅルへ伝わった料理を、あのゲンノ老人などと一緒に改良して生まれたそうである。
それにしても、不思議であるのは、同じ揚げ物でありながら、これはフライと全く性質が異なるという点だ。
パン粉を用いたフライの衣が、ざくりとした食感で楽しませてくれるのに対し……。
芋粉をまとわせて揚げたこちらの衣は、かりりとして小気味の良い食感が特徴である。
当然ながら、厚みという点では、フライに軍配が上がった。
だが、外からタレやソースをかけるのが前提であるあちらに対し、こちらの味付けは、内から溢れ出すものだ。
故に、この薄さこそが最上。
薄い衣を噛み砕いてたどり着いたいわしの肉は、ショーユを主体としたタレに浸かって十分な下味を得ており……。
噛んでみると、いわし本来の旨味がそのタレに下支えされ、油の風味と合わさり……何とも余韻の深い味が、口の中へと広がるのである。
――ショーユというのは、ただかけるだけではなく、このような使い方もあるのか。
――これは、しっかりと覚え、いずれ団内のまかないで振る舞わなければ。
上等な料理とビールを楽しみながらも、ハイモの眼差しは真剣そのものであり、そこに酔いの兆候はない。
ハイモらが所属する黒騎士団は、伝統として団内の食事へ非常に力を入れており、しかも、それらを調理するのは団員である黒騎士たち本人であった。
故に、団員全てが料理というものに一家言あり、常日頃から、新しく美味い料理の探求に余念がないのである。
――ショーユと……にんにく……。
――それに、干し生姜の風味も感じられる……。
そのため、真剣な面持ちで味の探求に努めていたのだが……。
「………………」
ふと、こちらを見つめる眼差しに気づいた。
視線の主は、他でもない。
騎士団長たるアンスガー・レデラー公爵の愛娘であり、ありがたくも今宵、お供をする栄誉に預かったご令嬢――フロレンティアである。
いつもなら、高笑いの一つも交えつつ、一言一句はっきりと自分の気持ちを伝える彼女であるが……。
今ばかりは、そうではない。
ただ、何か面白くなさそうな……。
どこか、退屈そうで冷めた視線をこちらに向けていたのだ。
彼女がこのような態度を見せるのは初めてのことであり、これには、幼い頃から付き従ってきたハイモも困惑してしまう。
「その……フロレンティア様……。
私の顔に、何か付いているでしょうか?」
だから、やや恐る恐るといった風に、そう尋ねてみたのだが……。
――ぷい。
……という音が聞こえそうな仕草で、彼女は顔を背けてしまったのである。
ただ、その頬はぷくりと膨れ上がっており、何やら、ただならず不機嫌であることがうかがい知れた。
――これは、不味い。
――いや、食べてる料理は美味いのだが。
――ともかく、不味い。
さっきまでの探究心はどこへやら……。
この状況に、肝を冷やす。
そもそも、騎士というものは女性に対し、どこまでも誠実でなければならぬ身分である。
ましてや、目の前にいるのは主君の娘だ。
その機嫌を損ねるばかりか、損ねてしまった理由が分からぬでは騎士失格といってよかった。
「あの……どうなされたのですか?
何か、失態を演じてしまったでしょうか?」
とはいえ、ハイモの洞察力で、フロレンティアが拗ねてしまった理由を推し量れるはずもなく……。
やむを得ず、そう聞いてしまったのである。
が、これはどうやら悪手であったらしい。
フロレンティアは目を横に向けたまま、ますます頬を膨らませてしまったのだ。
「えっと……その……」
一体、どうすればよいのか?
分からぬままうろたえるハイモに、救いの手を差し伸べたのは、意外な人物であった。
「フ……どうやら、騎士殿の鈍感さは筋金入りのものと見える。
よく考えられよ。
目の前にある料理は、君の主が自ら釣り上げ、不得手なりに下ごしらえまで頑張った一品なのだ。
それを、感想も述べないまま黙りこくって食べていたのでは、面白いはずもあるまい?」
声の主……。
それは、仮面の下部分を外した謎の戦士――ホースオーガ仮面である。
クソ騎乗の敵にして人間の味方たる騎士は、露わとなっている口を面白そうに歪めながら、ハイモたちの方を見ていたのだ。
「え……?
そ、そうだったのですか?」
仮面騎士の言葉を受けて、あらためてフロレンティアを見た。
「………………」
彼女は、相変わらず無言で頬を膨らませたままであったが……。
ちらりと、横目でこちらを見てくれたのである。
それで、ホースオーガ仮面の言葉が的を射ていると分かった。
「これは、大変失礼いたしました……!
この料理が、大変に美味であったもので、思わず感じ入ってしまい……!
もちろん、アウレリア殿の業前も大きいですが、そもそもは、フロレンティア様が釣り上げた新鮮ないわしと、その下ごしらえあってのことと存じます!」
そこまで一気に言うと、ようやくフロレンティアが口を開く。
「……本当に?」
それは、いつもの豪胆ですらある言葉遣いとはかけ離れた、か細くすらある言葉……。
ハイモは、それにぶんぶんと頭を振って、答えたのである。
「もちろんです!」
フロレンティアは、何やら、しばし考え込んでいたが……。
「……おーほっほっほ!
考えてもみれば、聞くまでもないことでしたわ!
ハイモ、どんどん味わいましてよ!」
ようやくにも、いつもの調子を取り戻してそう言ったのであった。
「ははっ!
今夜は、たっぷりと食べさせて頂きます!」
ほっと胸を撫で下ろすと、食欲も戻ってくる。
その後、若手の騎士は、食べ盛りな年齢にふさわしい食べっぷりを見せたが……。
彼に……いや、彼らに注がれる第三者たちの目は、実に、生暖かいものであった。
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