表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/115

Menu17.風物釣り 後編

 地道で面倒な下処理を終えれば……。

 その後に待っているのは、調理と実食の時間となる。


「アウレリア殿には、感謝しかないな」


「ああ……休業日だっていうのに、こうして店を開けて、料理してもらってよ」


「いつか、このお礼はさせて頂きたいものです。

 ……もっとも、今のところは、負債ばかり積み上げて、返す当てはありませんが」


 男たちがジョッキ片手にそのようなことを言い合うと、カウンター越しのアウレリアがふわりとした笑みを浮かべた。


「ふふ……皆さんにも下処理を手伝って頂きましたし、このくらいはさほどの苦労でもありません。

 それに、わたし、この時期のいわしって、大好きなんです」


 そう言いながら、アウレリアが作り上げたいわし料理……。

 それらは、揚げ物を主体としていた。


 例えば、背開きにしたいわしに衣をつけて揚げたフライ……。

 この店で供される、豚やエビを使ったそれは絶品であるが、いわしを用いても、美味であることは変わらない。

 ざくりとした衣の下から現れるのは、ぷりぷりと身の引き締まったいわしで、小さくとも青魚に特有の旨味が存分に含まれた肉は、口の中でほろほろと崩れ去り、誠に――美味い。

 これに、アウレリア嬢特製のソース――タルタルソースを付けてやると、複雑にして濃密なソースの味によって、料理へスゴ味が宿った。


 ソースやタレを用いず、代わりに下味を付けた状態で揚げてやるのは、アウレリア嬢が唐揚げと呼ぶ料理だ。

 何でも、これなる料理の由来は、東方最大の帝国――キョウカが、かつて唐と名乗っていたことに由来しており……。

 その唐時代にヒイヅルへ伝わった料理を、あのゲンノ老人などと一緒に改良して生まれたそうである。


 それにしても、不思議であるのは、同じ揚げ物でありながら、これはフライと全く性質が異なるという点だ。

 パン粉を用いたフライの衣が、ざくりとした食感で楽しませてくれるのに対し……。

 芋粉をまとわせて揚げたこちらの衣は、かりりとして小気味の良い食感が特徴である。

 当然ながら、厚みという点では、フライに軍配が上がった。

 だが、外からタレやソースをかけるのが前提であるあちらに対し、こちらの味付けは、内から溢れ出すものだ。

 故に、この薄さこそが最上。

 薄い衣を噛み砕いてたどり着いたいわしの肉は、ショーユを主体としたタレに浸かって十分な下味を得ており……。

 噛んでみると、いわし本来の旨味がそのタレに下支えされ、油の風味と合わさり……何とも余韻の深い味が、口の中へと広がるのである。


 ――ショーユというのは、ただかけるだけではなく、このような使い方もあるのか。


 ――これは、しっかりと覚え、いずれ団内のまかないで振る舞わなければ。


 上等な料理とビールを楽しみながらも、ハイモの眼差しは真剣そのものであり、そこに酔いの兆候はない。

 ハイモらが所属する黒騎士団は、伝統として団内の食事へ非常に力を入れており、しかも、それらを調理するのは団員である黒騎士たち本人であった。

 故に、団員全てが料理というものに一家言あり、常日頃から、新しく美味い料理の探求に余念がないのである。


 ――ショーユと……にんにく……。


 ――それに、干し生姜の風味も感じられる……。


 そのため、真剣な面持ちで味の探求に努めていたのだが……。


「………………」


 ふと、こちらを見つめる眼差しに気づいた。

 視線の主は、他でもない。

 騎士団長たるアンスガー・レデラー公爵の愛娘であり、ありがたくも今宵、お供をする栄誉に預かったご令嬢――フロレンティアである。


 いつもなら、高笑いの一つも交えつつ、一言一句はっきりと自分の気持ちを伝える彼女であるが……。

 今ばかりは、そうではない。

 ただ、何か面白くなさそうな……。

 どこか、退屈そうで冷めた視線をこちらに向けていたのだ。

 彼女がこのような態度を見せるのは初めてのことであり、これには、幼い頃から付き従ってきたハイモも困惑してしまう。


「その……フロレンティア様……。

 私の顔に、何か付いているでしょうか?」


 だから、やや恐る恐るといった風に、そう尋ねてみたのだが……。


 ――ぷい。


 ……という音が聞こえそうな仕草で、彼女は顔を背けてしまったのである。

 ただ、その頬はぷくりと膨れ上がっており、何やら、ただならず不機嫌であることがうかがい知れた。


 ――これは、不味い。


 ――いや、食べてる料理は美味いのだが。


 ――ともかく、不味い。


 さっきまでの探究心はどこへやら……。

 この状況に、肝を冷やす。

 そもそも、騎士というものは女性に対し、どこまでも誠実でなければならぬ身分である。

 ましてや、目の前にいるのは主君の娘だ。

 その機嫌を損ねるばかりか、損ねてしまった理由が分からぬでは騎士失格といってよかった。


「あの……どうなされたのですか?

 何か、失態を演じてしまったでしょうか?」


 とはいえ、ハイモの洞察力で、フロレンティアが拗ねてしまった理由を推し量れるはずもなく……。

 やむを得ず、そう聞いてしまったのである。

 が、これはどうやら悪手であったらしい。

 フロレンティアは目を横に向けたまま、ますます頬を膨らませてしまったのだ。


「えっと……その……」


 一体、どうすればよいのか?

 分からぬままうろたえるハイモに、救いの手を差し伸べたのは、意外な人物であった。


「フ……どうやら、騎士殿の鈍感さは筋金入りのものと見える。

 よく考えられよ。

 目の前にある料理は、君の主が自ら釣り上げ、不得手なりに下ごしらえまで頑張った一品なのだ。

 それを、感想も述べないまま黙りこくって食べていたのでは、面白いはずもあるまい?」


 声の主……。

 それは、仮面の下部分を外した謎の戦士――ホースオーガ仮面である。

 クソ騎乗の敵にして人間の味方たる騎士は、露わとなっている口を面白そうに歪めながら、ハイモたちの方を見ていたのだ。


「え……?

 そ、そうだったのですか?」


 仮面騎士の言葉を受けて、あらためてフロレンティアを見た。


「………………」


 彼女は、相変わらず無言で頬を膨らませたままであったが……。

 ちらりと、横目でこちらを見てくれたのである。

 それで、ホースオーガ仮面の言葉が的を射ていると分かった。


「これは、大変失礼いたしました……!

 この料理が、大変に美味であったもので、思わず感じ入ってしまい……!

 もちろん、アウレリア殿の業前も大きいですが、そもそもは、フロレンティア様が釣り上げた新鮮ないわしと、その下ごしらえあってのことと存じます!」


 そこまで一気に言うと、ようやくフロレンティアが口を開く。


「……本当に?」


 それは、いつもの豪胆ですらある言葉遣いとはかけ離れた、か細くすらある言葉……。

 ハイモは、それにぶんぶんと頭を振って、答えたのである。


「もちろんです!」


 フロレンティアは、何やら、しばし考え込んでいたが……。


「……おーほっほっほ!

 考えてもみれば、聞くまでもないことでしたわ!

 ハイモ、どんどん味わいましてよ!」


 ようやくにも、いつもの調子を取り戻してそう言ったのであった。


「ははっ!

 今夜は、たっぷりと食べさせて頂きます!」


 ほっと胸を撫で下ろすと、食欲も戻ってくる。

 その後、若手の騎士は、食べ盛りな年齢にふさわしい食べっぷりを見せたが……。

 彼に……いや、彼()に注がれる第三者たちの目は、実に、生暖かいものであった。


 「面白かった」「お腹が減った」と思ったなら、是非、評価やブクマ、いいねなどをよろしくおねがいします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] イワシのフライと唐揚げはおいしそうでしたね。 特に唐揚げがかなり気になりました。 醤油をベースとした揚げ物なので、 味が想像しやすいですが、それでも唐揚げともなると、 鶏肉の方の揚げ物を想…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ