Menu15.出汁の深み その3
東方からの、入植者による村……。
と、言えば何か特別な場所のようにも思えるが、所詮は大豆と菜の花を主産業とする小さな村に過ぎず、王国内に存在する他の村と比べ、暮らしぶりなどが大幅に異なるわけではない。
せいぜい、暮らしている人間の人種的特徴や家屋の造りが目立つくらいで、それ以外は、きわめてつつましく暮らしているのであった。
そんな小村落に暮らす人々であるから、ある日、二頭立ての立派な馬車が訪ねてきた日には、大層驚いたものである。
何しろ、先方ハンベルク公爵もその孫アウレリアも、いたずらに目立つようなことは嫌う性質であったから、来訪する際は一頭立ての小ぢんまりとしたそれを使っていたのだ。
――一体、何者がやって来たのか?
皆、それが気になり、野良仕事を一時放り出して、馬車の周りへと駆けつけた。
そんなヒイヅル人……あるいはその子孫たちに、馬車の御者を兼任する使者は、こう告げたのである。
「お騒がせして申し訳ありません。
私は、東方貿易会社の者です。
この村へお住まいのゲンノというご老人に、アウレリア殿からお手紙を預かっております」
その言葉に、曲がった腰も何のそのと駆けつけていたゲンノが名乗りを上げ……。
敬愛すべきご令嬢からの手紙を読んだ彼は、すぐさま身支度を整えると同時に、孫娘のシズルを呼び出し、二人で馬車へと乗り込んだのである。
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アウレリアが、飲み屋街の片隅に開いた店――シュロス。
そこでは、もったいないことに、アウレリアとマルガレーテとが、自分たちを待ち受けてくれていた。
「先生、わざわざご足労頂きまして、本当にありがとうございます」
「アウレリア様、お久しぶりです。
どうか、頭などお下げにならないで下さい。
公爵家が何と言いましょうが、おらたちにとって、主君といえば先代様であり、その孫であらせられるアウレリア様です。
その、アウレリア様がお困りになっているというのですから、駆けつけることの、何が苦労でしょうか」
普段は、ちょっとばかり料理の上手い老人でしかない祖父であるが……。
このように、亡き先代公爵やアウレリアを前にしている時は、かくしゃくとした姿を見せるものだ。
そんな姿を見ると、彼の語る過去……。
故国における戦士階級――侍であったという話が、にわかに色彩を帯びてくるのである。
「シズルも、わざわざ来てもらっちゃって……」
「いえ、あたいも爺ちゃんと同じで、アウレリア様のためなら、このくらいなんてことないです。
それに、馬車に乗るのも初めてで、結構楽しめましたし」
アウレリアと同じく、自分ごときを気遣うマルガレーテに、そう言いながら手をひらひらと振った。
実際問題、女子として生まれたからには、一度くらいは馬車での送迎に憧れるものであり……。
自ら騎乗するのではなく、御者が操る馬車に揺られての旅路は、なかなかに快適なものだったのである。
もっとも、その快適さはどんな馬車でも味わえるというものではなく、東方貿易会社が所有するとっておきのそれを回してくれたからだろう。
「ただ、道中ですれ違った人たちも、王都への入場待ちの人たちも、皆が視線を向けてくるものだから、少しこそばゆかったですね。
やっぱり、あれだけ立派な馬車だと、物珍しく思えるのかな……」
自分の言葉に、マルガレーテがくすくすと笑う。
それは、どうしてだろうか? アウレリアですら、同じであり……。
祖父に至っては、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべていたのであった。
「ど、どうしたんですか?」
「ごめんなさい。
でも、おかしくって」
自分の言葉に、アウレリアが笑みを抑えながら答える。
「注目されてたのは、馬車じゃなくて車窓越しに見えるシズルだったんじゃないかと思うわよ?
あなた、こうしている今だって道行く人たちの目を引いてるじゃない?」
次いでそう言ったのは、マルガレーテだ。
彼女の、言葉通り……。
昼間の飲み屋街……しかも、その片隅とはいえ、道行く人が皆無というわけではない。
そして、そういった人々は、アウレリアやマルガレーテは当然として、必ず、自分にも目を向けていくのだ。
この現象は、シュロスの前に来てからというわけではなく、ここへ来る道中においてもまた、同じことであった。
「あたいが見られているのは、ヒイヅル人が珍しいからでは?」
単に黒髪というだけの王国人なら絶無というわけではないが、ヒイヅル人のそれとなると、やはり王国人のものとは色合いが変わってくる。
その他、体つきや顔つきなど……。
民族の違いというものは、どうしようもなく出てしまうものであり、結果、目立ってしまったのだと思われた。
「あなた、本気でそれを言ってるの?」
腰に手を当てたマルガレーテが、ずいと身を乗り出す。
「確かに、シズルは目を引くわね。
珍しいヒイヅル人で、しかも……かわいいから」
「それだけでなく、今はアウレリア様たちに選んでいただいた服を着ているしな」
アウレリアの言葉に、祖父がうんうんとうなずく。
その、言葉通り……。
今、シズルが着ているのは、村で野良仕事をする時のそれではなく、ここ王都ナタシャで購入した――少々気恥ずかしい、装束であった。
薄めの布地は、空の色をそのまま落とし込んだような鮮やかな青色に染め上げられており……。
肩から先……そして、膝から下が、大胆に露わとなっている。
――布地をふんだんに使うのが良しとされていたのは、もはや過去の時代。
――今の時代、若き女子は、健康な素肌を下品にならない程度出すのが、最上とされています。
……というのは、この服を扱っていた服屋の言葉であるが、やはり、頑丈さだけが取り柄の野良装束を当たり前としてきた身には、気恥ずかしさばかりが先行した。
そもそも、店員が言っていたのは、明らかに王都のような先進的な街での話であり、ヒイヅル村のごとき閉鎖的な……それも、海を隔てた地の貞操観念が、根強く残る村で暮らしている身としては、裸でいるのに近い感覚なのだ。
「そんな……かわいいなんて……。
それに、やっぱり、こうも肌を出していると恥ずかしいです」
「何言ってるの?
お洒落っていうのはね、自分の魅力をどれだけ出すかが大事なんだから」
「そうね。
あんまりにも羞恥心がないのは困りものだけど、程度を守って肌を晒すというのも、自分を魅力的に見せる上では大切よ」
布面積の多い侍女服を着ているマルガレーテは、ともかく……。
ディアンドルという、胸元が大きく強調された衣装のアウレリアがそう言うと、説得力が違う。
お洒落とは――覚悟。
そう、思わされる一幕なのであった。
「かっかっか……!
不出来な孫の魅力を引き出してくれたこと、本人に代わり、お礼を申し上げます」
このやり取りが、そんなにおかしかったか。
快活に笑った祖父が、アウレリアにそう礼を述べる。
「さて……。
お礼と言ってはなんですが、かつお節に昆布……。
その魅力を、どうやれば引き出せるか、今日は久しぶりにお教えさせて頂きます」
顔を上げて語る祖父の顔は実に生き生きとしていて、久方ぶりの料理指導を心から楽しんでいるのが、伝わってきたのであった。




