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Menu15.出汁の深み その2

「一生懸命、やってはみたんですが……」


 市場の片隅に存在する店舗……。

 その店長を任せた中年男は、そう言いながら頭をかいてみせた。


「いや、お前に責任はない。

 店自体にも工夫は凝らしたことだし、懸命にやるだけでは足りない……何か別の問題があるということだ」


 出資者であるヴァルターが語った通り……。

 カツオブシとコンブを(あきな)わせたこの店は、市場に存在する他の店よりも、一際目を引く造りとなっている。

 入り口を除く店舗の前面が書き割りとなっており、そこに、遥か遠きヒイヅルで見た店構えがそのまま描かれているのだ。

 向こうから持ち帰った風刺画や、ヴァルターらの記憶を頼りにしての作業であったが……。

 瓦一つ一つの精緻さといい、描かれたのれんの色鮮やかさといい、腕自慢な絵描きに依頼しただけあって、見事なものである。


 さすがに、内部は居抜きされた王国式店舗そのままであったが……。

 まるで、異国の店舗を舞台上で再現したかのような……。

 そのような店なのだ。

 できれば、店主であるこやつにも、向こうの装束を着せてやりたいところであったが、東方貿易会社がヒイヅルから輸入しているのは茶葉や塗り物、絹などといった品々が主であり、あいにくとそれらしい装束はなかった。


「皆さん、店の物珍しさに一度は足を止めて下さるんです」


「だろうなあ。

 今も、ちらっちらと通り過ぎながら、こっちを見ていますし」


 ゲルトが、雇われ店長の言葉にうなずいた通り……。

 市場を行く客たちは、店に視線をくれてはいるものの、立ち入るような真似はせず、そのまま去ってしまう。

 もっとも、今の場合はヴァルターやゲルトが店長と会話をしているため、割って入るのがはばかられただけかもしれないが。


「で、足を止めてくれたお客さんに、あたしは必死に声を張り上げるわけです。

 『これなるは、ヒイヅルより持ち込まれし魔法の食材!

 ちょいと削り取って、あるいは切ってやって、お湯に放り込む……。

 すると、あら不思議! 上等なスープの出来上がりだ!』

 ……てね」


 右手にカツオブシ、左手にコンブを手にした店長が、迫真の演技でそれを再現してみせる。

 その売り方にも、口上にも問題があるとは思えず……。

 ヴァルターとしては、腕を組むより他にないのであった。


「ふうん……どうしたものか」


 唸る自分に対し、ゲルトが妙案を得たとばかりに口を開く。


「社長……確か、向こうの言葉に餅は餅屋っていうのがあったでしょう」


「餅か……。

 お前が喉を詰まらせかけたのも、今となってはいい思い出だな」


「しょうもないことを、思い出さないで下さい。

 そうではなく、食べ物に関することなんですから……」


「ああ……」


 ゲルトの言葉に、うなずく。


「やはり、こういう時は、アウレリア殿を頼るのが一番か」


 かくして、男たちはカツオブシとコンブを手土産に、シュロスへとおもむいたのである。




--




「う……」


「こ、これは……」


 カウンターに置いた布包みが開かれ、露わとなったカツオブシにコンブ……。

 これを見て、アウレリアとマルガレーテは顔を引きつらせた。

 今宵、シュロスに訪れている客は、ヴァルターとゲルトのみではなく……。

 裏社会の顔役であるロンデンや、造船所の所長デニス。

 そして、レデラー公爵家の黒騎士ハイモなどもいたが……。


「気持ち悪いな」


 ロンデンが、禿頭(とくとう)を撫でながらそう言えば……。


「カツオブシとやらはともかく、このコンブというのはいかにも不気味だ」


 デニスもまた、うなずいてみせる。


「そのカツオブシにしたって、こうして匂いを嗅いでみても、一風変わった香木か何かのようにしか見えませんからねえ」


 最後に、一同では最も年若いハイモが、そう言ってトドメを刺した。


「た、確かに……。

 そう言われて、改めて見るとそうかもしれん」


「おれたちが向こうでこれを見た時は、先に汁物を味わっていましたからね。

 味を知ってから見たから、感心の方が勝っていたのかもしれやせん」


 自分の言葉に、ゲルトがかつてを思い出しながらうなずく。


「お祖父様や先生から、この食材については聞き及んでいました。

 ですが、実際に見てみると、その……」


「……王国人の感性からすると、ただただ不気味で気持ち悪いとしか、思えませんね」


 アウレリアやマルガレーテに至るまでが、この言い草である。

 カツオブシとコンブの見た目が、王国人に与える嫌悪感と忌避感……。

 それを、あまりにも軽視し過ぎていたということだ。


「そもそもよお……。

 こいつでスープを作るっていうのは、どうやるんだ?」


 ロンデンの言葉に、ハイモが腕組みして考え込む。

 黒騎士団の伝統にならい、彼は料理の心得があるのだ。


「まあ、出汁材であるわけですから……。

 これを、鍋に入れて……煮込む?」


「鶏ガラとかと、同じというわけですかな?」


 デニスまでもが首をひねったので、そんな彼らに、自分の知る知識を伝えることにした。


「コンブは、適当な大きさに切り出して煮るわけですが、カツオブシの方は、こう……生ハムを原木から切るがごとく、薄く削って鍋に入れるそうです」


「わたしも、先生から、向こうではそのようにしてスープの出汁を取るのだと聞いています。

 ただ、現物があるわけでも、手に入るわけでもないので、本当に軽く聞いただけなのですが……」


 ううむ、と一同で唸ってしまう。

 そんな中、口を開いたのはマルガレーテである。


「アウレリア様……。

 ひとまず、今、聞いたやり方で実際にスープを作ってみては?

 幸い、シズルが届けてくれたお味噌もありますし」


「そうね。

 とりあえず、試してみようかしら。

 ヴァルター様。

 こちらを使わせて頂いても?」


「もちろんだ」


 うなずくと、食材を受け取ったアウレリアが、カウンター越しの視線に見守られつつ調理に取りかかった。

 カツオブシは、先日の一件ですっかり名物と化したクリームパスタへ乗せる生ハムのように削り出し……。

 コンブは、適当な大きさに切り出す。

 そして、それを鍋で煮た後、取り出した。

 最後に溶け込ませたのは味噌で、これで、ヒイヅル式ミソスープの完成である。


「では、こちらをお試し下さい」


 マルガレーテが、スープの注がれた深皿と共に、スプーンを一同へ供していく。

 それで、実食の準備が整った。


「では……」


 誰からともなくそう言い、具なしのミソスープをすする。

 そして、出た感想は……。


「……そんなに長く煮たわけでもないのに、しっかりと出汁が出ている。

 これは、野菜を煮込んだ時のそれと、性質が似ているようにも思えます」


 ハイモがそう言うと、ロンデンもうなずく。


「ああ、泥水みたいで少し驚いたが……。

 これに、野菜の切れ端でも入れれば、それは立派なスープだ」


「ただ魚介を煮るよりも、純粋で澄んだ味が出ているようです」


 最後にそう言ったのはデニスで、居合わせた客たちには好評だった。

 しかし、ヴァルターとゲルトは、首をかしげてしまったのである。


「いや、これは……。

 もっと純粋というか、美味しくなるはずだったというか……」


「アウレリアさんには申し訳ないんですが、かしらとおれの記憶では、もっと雑味が少なかったように思えます」


 ゲルト共々、申し訳なさを覚えながらそう告げた。


「そのようなお顔をなさらないで下さい。

 出汁というのは、奥深いもの……。

 きっと、聞きかじっただけでは分からない、何か特別な技法があるのでしょう」


 しかし、アウレリアは特段気にした様子もなく、そう言ってくれたのだ。

 のみならず、こうも提案してくれたのである。


「こうなったら、わたしの先生に連絡を取って、直接、出汁の取り方を教えてもらいましょう。

 きっと、それがこの品を売ることにもつながるはずです」


 ヴァルターに異存があるわけもなく……。

 ヒイヅル村にいるというアウレリアの師を、頼りにすることとなったのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 出汁をとるのって案外難しいですからね。 さすがのアウレリアさんも難しかったということでしょうか。 しかし先生ならわかるかもしれませんね。 鰹出汁と昆布出汁は本当においしいですから、 おいし…
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