Menu15.出汁の深み その1
世の中、大抵の無理というのは、金さえ積めば何とかなるものであり……。
ましてや、今は剣や槍の技よりも、金の方がモノを言う世である。
今、ヴァルターの前に現出している光景は、そんな金の力というものを、つくづくと実感できるものであった。
「ヒイヅル人が食にかける情熱というものは、実に大したものだな」
東方貿易会社が所有する倉庫の一室……。
そこに収められた品の一部を机に並べ、ヴァルターはそう漏らす。
「まあ、大豆や菜の花の栽培に成功した前例もありますし、いずれはやり遂げてくれるだろうと思ってはいましたが……。
思った以上に早く、やってくれましたね」
同じように机へ並べられた品を手に取り、確認しながら、かつても今も腹心である男――ゲルトがうなずく。
彼が手に取った物……。
それは、正体を知らぬ人間が見たならば、木片か何かのように思えることだろう。
だが、手に取り、香りを吸ってみれば、そうでないことが明らかとなる。
この、香り……。
吸い込むと、喉の奥底をくすぐり、実体を持つかのように胃の腑へ落ちていくそれは、あまりに純粋な旨味の塊だ。
そして、もう一つ……。
机の上に置かれているのは、奇妙な布……に、見えるものであった。
全体的な色合いは、くすんだ黒であり……。
しかも、あちこちに頑固なしわが存在しており、これを仕立てたところで、ろくな服にはならないと思える。
だが、これに針を入れる必要はない。
これなる品の正体は、食品であるのだから。
幾重かに折り畳まれたこれを手に取り、嗅いでみた。
すると、やはり鼻腔へ吸い込まれたのは、純粋な旨味の芳香である。
ただし、先の木片じみたそれとは、やや旨味の性質が異なった。
そして、それぞれ性質の異なる旨味は、互いに合わさることで、抜群の相乗効果を生み出すのだ。
これら、王国に存在しない食品の正体は……。
「カツオブシとコンブか……。
遠く海を隔てたこの地で、再現に成功するとはな」
少なくとも、記憶の中に存在するそれと、品質において差異がないことを確かめ、机の上に置く。
「かしらは、成功すると確信していなかったんですか?」
同じようにカツオブシを机に置きながら、ゲルトがそう尋ねてきた。
この男は、周囲に他の社員がいない時のみ、冒険者だった時代と同じ口の利き方をしてくる。
そして、そんな彼と会話していると、王国で今やその名を知らぬ者がいない大会社の社長ではなく、無知無茶無謀な若者へと戻れるのだ。
「もちろん、成功すれば良いとは思っていたさ。
だが、必ず成功すると思っていたかといえば、それは否だ。
何事も、種を撒かなければ芽は出ないもの……。
しかし、撒いた種が必ず芽を出すとは、限らないものだろう?」
「最近になって入れ込んでる、馬と同じようなもんですかね?」
「ああ、おおよそのところは変わらない」
忠実なる部下にうなずく。
「それに、何といっても、本人たちの強い希望があったからな……」
かつて、東の地で出会った者たち……。
帰国するヴァルターたちの船に同乗し、現在はこの国で入植を果たしているヒイヅル人たちの顔を思い浮かべながら、答えた。
「奴ら、ひどい不漁で、口減らししなきゃ立ち行かなくなってましたからね。
だが、どうせ外に出ようってなら、大海原を乗り越えて、異国で花を咲かせようっていうのは、見上げた心意気だ」
腕組みしながらの言葉に、軽く笑みを浮かべる。
辿り着いたヒイヅルの地にて、自分たちは思わぬ歓待を受け、また、様々な学びの機会に恵まれた。
かつて、先代ハンベルク公爵が訪れた際、かの国は戦乱のさなかにあったらしいが……。
現在はオノという将軍家の手によって統一を果たされており、そのオノ家は、海の向こう側との交易に多大な関心を寄せていたからである。
かの国においては、上げ膳据え膳というのだったか……。
文字通りの賓客として、実に良い待遇を受けたものであった。
さる漁村を訪ねたのは、そんな日々の中である。
――将軍様のお客様なら。
漁村の人々はそう言ってヴァルターらをもてなそうとしてくれたが、それが無理をしてのことであるのは、明らかだった。
ゆえに、ヴァルターもこれを先導してくれた武将もそれは止めて、話を聞いたものだが……。
語ってくれたところによると、もはや、その村の窮状はいかんともし難い。
そこで、村人の一人が、こんなことを言い出したのだ。
――もし、お上が許可を出すならば。
――単に口を減らすのではなく、異人様のお国へ移住させてはもらえないでしょうか?
……その若者は、かつてヒイヅルに訪れた異人――先代ハンベルク公爵が、百人からなるヒイヅル人を引き連れ帰国したことを聞き知っていた。
口減らしされた人間が行き着く場所というのは、相場が決まっており、多くの場合は硫黄採取など、危険できつい労働へ従事することになるものである。
どうせ、命の危険があるならば……。
見たことのない新天地にて、一花を咲かせようと考えたのだ。
若者らしい冒険心の発露ともいえるが、その実態は、不漁がなかったとて厳しい故郷での暮らしに耐えかねた、逃避に等しい発想である。
それをヴァルターは、了承した。
自らオノ家に願い出て、旅路の途中で手に入れたいくつかの宝物を献上する代わりに、彼らの身柄を貰い受けたのだ。
ヴァルターがそのような行動に出たのは、貧民街の親無し子として育った自分と貧しき彼らを、重ね合わせてしまったからに違いない。
ともかく、彼らと共に帰国したヴァルターは、ハイデルバッハ王家から入植の許可を取り付け、王都からほど近い沿岸部に入植村を作り上げた。
それから、しばしの時が流れ……。
彼らヒイヅル人の生み出した成果が、このカツオブシであり、コンブというわけである。
「ともかく、彼らは期待通り……いや、それ以上に早く、十分な成果を上げてくれた。
後は、商売人である我々がこれを結実させるだけだ」
「すでに、市場の空き店舗とそこで働く人間は抑えてあります。
すぐにでも、商売を始めさせることができますよ」
「うむ」
このような時、ゲルトという男は粗暴にも見える外見と裏腹に、きめ細やかな采配をするものだった。
その働きぶりに満足しながら、うなずく。
遠き東方の地から根付きし者たちによる、異国の食材……。
果たして、どれほど売れるか……。
--
結論から言おう。
さっぱり売れなかった。
かつおとか昆布とか王国で獲れるの? と思ったでしょうが、そこは見逃してください。
俺は神だ。神は言っている。創作するのが楽な舞台であれと。




