Menu14.給仕の価値 その6
調理といっても、それはさほど大がかりなものではなく……。
事前に供すべき料理は決まっていたのもあって、さほどの間も置かず完了する。
「――お待たせいたしました」
アンスガーの前に深皿とシルバーを用意するマルガレーテの手際は、見事なものだ。
別段、動きが早いというわけではない。
むしろ、ゆったりしていると言えるだろう。
より正確に述べるならば――優雅。
食事というものは、食べる人間のみで完結するものではない。
これに料理を供する人間が、余裕といたわりを持ってくれてこそ、豊かな時間を作り出すための精神状態が整うのだ。
そのようにして、舞台上で着席したアンスガーの眼前に供された料理……。
それは、クリームソースを使ったパスタのようであった。
「クリームパスタか……!
具材に使っているのは、キャベツのみ!
実に簡素な品である!」
騎士……それも、一団を率いる団長職ともなれば、声の大きさもまた、重要な素養である。
変幻自在に姿を変える戦場において、部下たちへ的確な指示を下し、軍団を生き物として扱うためには、あらゆる喧騒を貫き通すための声量が必要不可欠なのだ。
今、アンスガーが国内有数であろうその才を発揮したのは、料理がよく見えぬだろう観衆に配慮してのことであった。
たった今、口にした通り……。
深皿の中では、パスタとキャベツが、たっぷりのクリームソースに浸っている。
ただそれだけの、何の変哲もない一品だ。
強いていうならば、クリームソースの量……。
これが少々、過剰じみているというか、ややもするとスープじみているのが特徴だろう。
「ふうむ……!
いや、不味いはずはない!
間違いなく、美味いだろう料理だ!
しかし、今回の題目は、給仕によって料理が昇華されているか、否かである!
確かに、野外でありながら当家の食卓を思わせる見事な給仕であったが、それだけでは……!」
愛娘――フロレンティアには悪いが、はっきりいって、これでは審査の要件を満たしていない。
公正さを重んじる騎士として、これは、失格であると……。
「――少々お待ち下さい」
マルガレーテが口を挟んできたのは、その時のことである。
「む……」
審査役である自分の言葉に口を挟む不作法が、分からぬ彼女ではあるまい。
そこをあえてそうしたのは、何らかの重大な理由あってのことと受け止め、耳を傾けた。
「こちらの料理は、まだ完成しておりません」
「完成していない……?
そのようには、見えぬが?」
「少々お待ちください」
いぶかしがる自分を置いて、マルガレーテが一旦、調理場の方に下がる。
そして、木製のボウルと、トングを手にして舞い戻ってきたのだ。
「それは、生ハムか……?」
ボウルの中に、たっぷりと収められたそれを見て、目を丸くしてしまう。
一枚一枚が極薄に切られたそれは、大人の頭ほどもある量であり……。
一体、それで何をするつもりなのか、見当がつかなかったのである。
「はい。
今から、こちらをパスタの上に乗せていきます。
どうか、お望みの量が乗ったところで、やめるようにお申し付け下さい」
「何だと!?」
今までの人生において、聞いたことも見たこともない提供の仕方を聞いて、再び驚きの声を上げてしまった。
「それでは、参ります」
だが、マルガレーテはそんな自分の動揺など意に介さず、トングで生ハムを掴み始めたのである。
そして、掴んだハムが、クリームパスタの上へと乗せられた。
「む……!?」
その一掴み……。
なかなかに、量が多い。
手にしたトングで掴めるだけを掴んだ生ハムが、ほぼ白一色だった深皿の中に、薄桃色の花を咲かせた。
「続けて参ります」
「ぬ……う……!」
それにしても……。
この緊張感は、何だ……?
二掴み、三掴みと、手際よく生ハムが盛り付けられ、それは花というよりも、小山と称すべき様相を呈してくる。
一体、どこで止めたものか……。
アンスガーは、それを計りかねてしまっていた。
肉体の全盛は過ぎたとはいえ、日々の鍛錬を欠かさぬ騎士として、肉への欲求は人一倍あると辞任するアンスガーだ。
ゆえに、止めるまで乗せてくれるとなると、どうにも限界を攻めたくなってしまう気持ちが生じ……。
肉を存分に味わいつつも、下品になり過ぎないぎりぎりの線を攻めたくなってしまったのである。
――これは、戦だ。
――自分の中に眠る欲望と品位……それらとの、駆け引きなのだ。
そして、その駆け引きを生み出してくれているのが、眼前でハムを乗せ続けている給仕役なのであった。
「――ここだ!
……ここで止める!」
やがて、これ以上乗せれば、雪崩を起こしハムが崩れてしまうだろうというところで、ようやく制止の言葉を告げる。
「ふぅーむ……!
どこまで乗せられるか、ついつい試してみたくなり、ここまで乗せさせてしまったわ!」
もはや、深皿に盛り付けられたパスタは見えずとも、その上で薄桃色の山となった生ハムに関しては、この場で見えぬ者がいないであろう。
結局のところ、アンスガーの品位は欲望の前に屈し……。
見ようによっては、下品とも言える姿に料理を変貌させてしまったのだ。
だが、それが――心地良い。
仮にやらかしてしまったのだとしても、これは実に気持ちの良いやらかしではないか。
おそらく、自分の手でハムを盛り付けたのだったら、このような感覚にはならない。
給仕役という第三者を通したからこそ、より自分との対話が弾んだのである。
「ご協力頂き、ありがとうございます。
これにて、生ハムのクリームパスタ――完成でございます」
――おおっ!
観衆たちから、どよめきが漏れた。
誰もが、こう考えたに違いない。
――自分もこれを食べてみたい。
――あの給仕を、体験してみたい。
……と。
そんな彼らの誰よりも早く実食する喜びに身を浸しながら、フォークを手に取る。
「では……頂く!」
まずは、この生ハム……。
これを、そのまま突き崩して、食す。
最初に口中へ広がったのは、岩塩由来の丸みを帯びた塩気だ。
次いで感じられるのが、生ハムの甘み……そして、旨味である。
様々な工程を経て引き出された豚肉の味を、存分に味わう。
この味は、仮に生ハムの原木へかじりついたとしても、生み出せないものだ。
裏側が透けて見えそうで見えない、ぎりぎりの薄さ……。
絶妙な厚さに切り取った生ハムを盛り合わせたからこそ、適度な噛み応えと、噛めば噛むほどに溢れ出る肉の旨味を堪能できるのである。
「ふぅーむ……!
美味い!
切り取ったハムの厚みが、実に絶妙だ!
この山にフォークを豪快に突き刺し、思うがまま噛み締めるのは、他で味わえない喜びである!」
見守る観衆のため、感想も忘れずに述べておく。
「さて……!
問題となるのは、これをパスタに絡めて、どうなるかだが……!」
宣言しながら、残る生ハムの山を崩し、これをパスタと絡め合わせた。
なるほど、ソースの量がやや多かったのは、これを見越していたのだろう……。
純白のクリームパスタと、生ハムの薄桃色とが、深皿の中で複雑な対比を生み出していく。
彩りとして加わっているのがキャベツの緑で、後乗せのハムと混ぜ合わせることにより、やや素っ気なかった皿の印象が大きく変わった。
「では……!」
宣言し、フォークで絡め取ったこれを食す。
食して痛感したのは、クリームソースと生ハムとの、相性の良さだ。
ソースに含まれた、乳脂の甘み……。
それが、生ハムの塩気とよく調和し、かえって肉の美味さを浮かび上がらせる。
これと一緒に食すパスタも、最高だ。
やや芯を残して茹で上げられたそれは、ソースと肉の味を受け止めつつも小麦の味を主張し、大いなる満足感を与えてくれた。
最初から具材として使われているキャベツも、忘れてはならない。
こちらもまたソースをよく吸っており、その上で感じさせる瑞々しい苦みが、清涼剤として働いているのだ。
「……美味い!
これなるは、パスタと生ハムとの、新境地である!」
――ワアッ!
自分の言葉に、観衆たちが腕を突き出しながら歓声を上げる。
「……さて!
いまだ食事の途中ではあるが、ハンベルク公爵家のご令嬢、カーヤ・ハンベルクに私の判断を告げよう!
この料理……!
間違いなく、給仕の手によって、更なる高みへと昇華されている!」
――ワアッ!
またもや、歓声。
それを受けた、審議席のカーヤ嬢はといえば……。
「レデラー公爵様がおっしゃられるように、給仕の手で料理が昇華されたこと……確かに、客観的に証明されたと存じます」
実に冷静な……淡々とした態度で、そう答えたのであった。
そこに、自らの思惑通りにいかなかったくやしさなどは、微塵も感じさせない。
まるで、要求を通すことそのものが目的ではなかったような……。
そのような、態度なのである。
「それでは、あたしはこれで。
皆さま、ご機嫌よう」
優雅な一礼を残し……。
カーヤが、しとやかに舞台上から去って行く。
その、あまりに潔い態度は、一緒に座っていたヴァルターたちをあ然とさせていたが……。
「――う、うむ!
素直に認めるその態度や、よし!
では、私はこのまま食事を楽しませてもらうが……!
アウレリア殿!」
彼らに代わって、アンスガーは娘の親友にそう声をかけたのである。
「はい」
「これなる料理……。
見るだけで、食べれないのはあまりに残酷と思うが……。
集ってくれた観衆たちに、振る舞う用意はあるかね?」
舞台上に上がってきたアウレリアへ、尋ねた。
「もちろん、用意してあります」
それは、まるで台本に沿ったかのごとき、なめらかな返答であり……。
――ワアッ!
その言葉を聞いた観客たちが、にわかに湧き立つ。
「おーほっほっほ!
黒騎士の皆さん!
お客様方のために、椅子と机の用意を!」
娘に言われ、配下の黒騎士たちがあらかじめ用意していた折り畳み式の机や椅子を、次々と設置していく。
その後に行われたのは、戦勝会だ。
もっとも、勝利した当人であるマルガレーテは、忙しく立ち回り、次々と生ハムをよそっていたが……。
そこに浮かべていたのは、充実した笑みだったのである。
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