Menu14.給仕の価値 その5
レデラー公爵家が率いし、黒騎士団……。
言わずと知れたハイデルバッハ王国最強の騎士団であるが、その精強さを表す言葉の一つに、このようなものがある。
――かの騎士団は、道を作る。
これは、文字通りの意味であり……。
黒騎士団に所属する者たちは、槍や剣……あるいは、包丁の扱いに加えて、スコップなど土木工具の扱いにも精通しているのだ。
何故、栄光ある騎士たちが、そのような道具の扱いを学ぶのか……。
それは、レデラー公爵家……ひいては、黒騎士団の成り立ちが、一地方の職人集団であったことに由来する。
そもそも、一口に騎士といっても、その家産は様々なものであり、特に地方所属の者に関しては、豪農の方がよほど裕福な暮らしをしている場合も多い。
従って、地方の下級貴族家というものは、ただ武器や馬の扱い方を学んでいるだけでは、暮らしが立ち行かなく……。
結果、畑を耕すなり、他の職を手に付けるなどして、糊口をしのいでいるものなのだ。
かつて、北部の騎士爵家に過ぎなかったレデラー家もまた、そんな貧乏貴族家の一つであった。
ただでさえ、土地が貧しく、鉱山開発を主産業としている王国北部であり……。
必然、レデラー家が副業として選ぶのも、鉱山労働や土木工事などが主体となる。
そんな彼らに転機が訪れたのは、北部に国境を制する隣国との戦であった。
北部を守護する騎士家の一つとして、レデラー家の黒騎士団も馳せ参じたのだが……。
ただ黒く染め上げただけのボロを見にまとった一党に、当初、豊かな南部出身の王国騎士たちは、嘲笑と侮蔑を向けたという。
だが、戦場で黒騎士団が見せた働きたるや、絶大なり。
先述の通り、王国北部は鉱山開発を主産業としており、従って、馬などが通行可能な道は極めて少なかったのだが……。
黒騎士団は日々の土木工事で培った技術を活かし、山道を広げ、整備し、主力騎士団の行軍へ大いに貢献したのである。
戦いというものは、足の速さによってすう勢が変わってくるもの……。
地の利ならぬ道の利を得たハイデルバッハ王国は、この戦いに大勝し、大きな国益を得ることになった。
その立役者となったのが、黒騎士団であることは誰も疑うことはなく……。
しかも、ただ進軍に貢献したのみではなく、戦場での働きも勇猛果敢の一言であったことから、これを率いるレデラー家は中央貴族家の一つとして認められ、今日に至っているのである。
かくして、土まみれの栄光を手にし、最強へと至った黒騎士団……。
先祖たちのそれに劣らぬばかりか、ますます磨きをかけた工作力を今日、彼らが振るっているのは……飲み屋街の一角に存在する公園であった。
先日、この場所では飲み屋街の料理屋たちが集結し、子供たちにシュークリームなる菓子を振る舞ったものだが……。
そこに今、築かれているのは、即席の舞台であり、調理場である。
舞台の中央には、レデラー公爵家から持ち込まれた豪奢な机と椅子が設置されており……。
さらに、片隅にはいくつかの椅子が設置され、審議役たちが着席できるようになっていた。
黒騎士団が誇る野営技術の粋を結集し、即席なれど十分な機能を誇る調理場に待機するのは、シュロスの店主であるアウレリアとその侍女マルガレーテだ。
――まさか、こんな舞台で審査をすることになるとは。
彼女らの引きつった顔からは、この状況に対する困惑がありありと見て取れたが……。
突然のお祭り騒ぎに集まった観衆たちは、なかなかの盛り上がりを見せている。
「一体、これは何の騒ぎなんだ?」
「何でも、ハンベルク公爵家絡みのいさかい事らしい」
「いさかいっていうと、ここで騎士様が決闘でもするのか?」
「いや……元ハンベルク公爵家のご令嬢が、ここで料理を披露するらしい」
「しかも、それがただ美味いだけでなく、給仕によってもっと美味くなってないといけないんだと?」
「へえ……給仕っていうと、マルガレーテちゃんか?」
「何だか、とんちじみた話だなあ」
噂話や、あるいはこの場を整えた騎士からの話を受け、ざわめく観衆たち……。
文字通り――ここに舞台は整った。
舞台上に用意された、審議席……。
そこへ続々と姿を現わし、着席していくのは、今回の一件に関わりし者たちである。
東方貿易会社の社長――ヴァルター。
配下たちにこの舞台を整えさせたレデラー公爵家令嬢――フロレンティア。
謎の仮面戦士――ホースオーガ仮面。
そして、ハンベルク公爵家令嬢であり、調理を担当するアウレリアの妹――カーヤ。
彼らが着席したのを合図に、ある意味、この場の主役とも呼べる実食役が姿を現わしたのであった。
――コッ!
――コッ!
……という、これだけの人数が集まっている中で、なお響く靴音を鳴らしながら登壇したのは、彫りの深い顔立ちをした中年男性である。
すでに、男としての全盛は過ぎ去った年齢であるが、その身が鍛え抜かれ、研ぎ澄まされているのが、所作の一つ一つから見る者に伝わってきた。
王都の貴族に流行りの装束へ身を包んだ男は、舞台上で立ち止まると、どこからともなく一本のきゅうりを取り出す。
それは、見るからに新鮮な……それでいて、実が詰まっている極太の逸品であり……。
男がこれに、かじりついた。
その様の、何と絵になることか……。
いつの間にか、観客たちはざわめくのを止め、男の一挙一動に注目する。
男は、しばし、その場できゅうりの味を楽しんでいたが……。
どうやら、それは満足するに足るものであったらしく、深い……深い笑みを浮かべた。
そして、そのまま観客たちの方を向くと、こう言ったのである。
「私の記憶が確かならば……。
この場を差配するのは、我が家――レデラー公爵家である!」
――ワアッ!
男の言葉に、観客たちが……。
そして、もうやることもないので見物に回っていた黒騎士たちが、盛大な歓声を上げた。
「審査の内容は、あちらの侍女――マルガレーテの給仕によって、アウレリア嬢の作りし料理が昇華されていると、客観的に証明されているか否か……。
なかなかに、難しい内容だ。
しかし、私はここで宣言しよう!
公明正大にして、厳正なる審査を行うと!
我が名はアンスガー・レデラー!
レデラー公爵家当主であり、栄光ある黒騎士団を率いる団長なり!」
――アンスガー・レデラー。
王国最強の騎士団を率いる男の言葉に、観衆たちが再び歓声を上げる。
彼の娘であり、審議席に控えているフロレンティアはアウレリアとマルガレーテの友人であり、本来ならば、中立性が求められる審判役にはふさわしくないかもしれない。
だが、アンスガーという名と、黒騎士団団長という地位は、彼の絶対的な公平性を信じさせるに十分なものであったのだ。
「それでは、調理開始!」
アンスガーの宣言と共に、アウレリアの調理が始まった。




