Menu14.給仕の価値 その1
――欲しかった。
何故かと問われても、理由を答えることはできない。
ただ、欲しかったのだ。
尊敬し、愛してもいる姉――アウレリアの持つ、全てが。
歪んだ愛情の発露なのかもしれないし、あるいは、姉に比べ、あらゆる才に劣ることからの嫉妬なのかもしれない。
ともかく、カーヤ・ハンベルクという少女は、髪型から服装に至るまで……あらゆる点で姉を模倣し、また、姉の持つ物は何事につけても欲しがる……そういった少女であったのだ。
そう、姉の持つものは、全てが欲しい。
例えば、第三王子の婚約者という身分も……。
カーヤが姉の料理店に関して、第三王子オスヴァルトへ告げ口したのはそれが理由であった。
――カーヤ。
――マルガレーテを除けばあなたにだけ、わたしの秘密を教えておくわね。
そう言って、亡き祖父の遺言を叶えるべく構えた店について語る時、アウレリアは実に嬉しそうで……自分に対する全幅の信頼を感じさせたものだ。
まさか、それを裏切られ、公爵家からも追放されるとは、夢にも思ってなかったに違いない。
姉と立場が入れ代わって、しばらくの間……。
その期間は、実に充足していたものである。
これまでは、万事において姉の予備……。
姉が大好きな――こればかりは興味を持てなかった――料理に例えるならば、主菜への添え物がごとき扱いであった自分が、公爵家内で主役となれたのだ。
――お姉様は、毎日をこんな気持ちで過ごしていたのね。
その追体験は、カーヤにとって実に刺激的なものだったのである。
だが、どのような美術品でも、ひとしきり愛でてしまうと飽きがくるように……。
しばらくもすると、カーヤの高揚は収まった。
大切にしていたはずのものが、翌日にはゴミのごとく感じられる……。
これもまた、カーヤ・ハンベルクという少女の持つ性質だったのだ。
だが、代わってくれと言っても、この立場に成り代われる者は他にいない。
そもそもが、姉から奪い取る形で掴んだ立場なのである。
そうなると、カーヤにできることは、せいぜいがわがままを言うことくらいであった。
だから、わがままを言うことにしたのだ。
この地上で、最も愛するアウレリアを巻き込む形でのわがままを……。
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「――やっぱり、侍女の欠員が出ているのは見過ごせませんわ」
その晩……。
食卓を挟んだ両親――マインラートとベルタに、カーヤはそう告げた。
――何が「やっぱり」なのか。
前置きも何もなく突然告げた言葉に、両親がやや面食らった顔になる。
だが、父はすぐに落ち着きを取り戻し、こう問いかけてきたのであった。
「侍女の欠員というと、マルガレーテのことか?」
――マルガレーテ。
奉公人の家系に生まれ、幼い時からアウレリアに付き従ってきた、いわば姉の半身と呼ぶべき侍女である。
日常のほぼ全てを、アウレリアと共に過ごしていたこともあろうが……。
亡き祖父は、あの侍女をことのほかかわいがっており、何ならば、自分よりよほど二人目の孫らしかったように思う。
「まさに、彼女のことです」
――我が意を得たり。
食事の手は止めて、父の瞳を見つめた。
「確かに、人手が減ったと言えば減っているが……。
だが、あの娘に任せていたのは、アウレリアめの世話が大半だ。
ゆえに、お前の姉だった娘を追い払った以上、マルガレーテに任せる仕事もほぼない。
本人としても、こうなった以上は当家に居づらかろうし……。
出ていくというのならば、留め立てるようなことはせず、黙って認めてやるのがせめてもの情けではないだろうか」
あくまで、悠然と、大貴族家の当主らしく……。
そう心がけているのが見て取れる仕草と声音で、父がそう告げる。
そう、心がけているだけだ。
父……マインラート・ハンベルクには、生まれついての器というものが足りない。
威厳を高めようと鼻先にたくわえたヒゲも、まるで似合っておらず……。
かえって、小者ぶりが際立っていることへ、本人のみが気づいていなかった。
偉大な冒険家であり、また、領地の経営者としても辣腕を発揮した祖父に比べると、何もかもが凡庸……。
それだけなら何の罪もないが、自らの非才に目を背け、いたずらに背伸びをしようとするのが、彼の難点なのである。
そういった人物であるから、くすぐってやるのは実にたやすい。
彼にとってただ一つのよすが――公爵家現当主である点を、突いてやればよいのだ。
「ですが、それでは示しがつかないと、あたしはそう考えます」
「示し……か?」
「はい」
確固たる意思を持って、うなずく。
自分が言っているのは、当然の常識。
そう、語りかけるかのように。
「仮にも、このハンベルク公爵家で奉公している以上、辞めるにしても所定の手続きというものを踏むべきであると考えます。
ましてや、マルガレーテが雇われたのは、昨日今日のことではありません。
幼き日より、姉付きの侍女として、平民では本来ありえぬ教育を受けてきているわけです。
言わば、マルガレーテの身柄は本人のものであって、本人のものではない……。
当家が、少なからぬお金と手間をかけ、育成してきているのです」
「ふうむ……」
感心した、とでも言うかのように、父があごに手を当てた。
カーヤの言葉に追従したのは、母ベルタである。
「この子が言うように……。
早くに両親が他界したマルガレーテの面倒を、これまでわたくしたちは見てきています。
それを、置き文一つで辞めようというのは、いかにも恩知らずですわ。
社交の席でも、侍女が勝手に辞めるような家であると、遠回しな嫌味を言われたこともありますし」
貴族家の婚姻というものは、当人たちの意思のみで決まるものではないが……。
この父にとって母という女性は、まさにぴったりの相手であると言えるだろう。
彼女の世界は――狭い。
同じ貴族婦人たちとの社交でのみ完結しており、大切なのは、その中でいかに優位な立場を得るかなのだ。
そんな彼女にとって、マルガレーテの出奔は、喉奥へ刺さった小骨のごとき出来事として残っていたのだろう。
「――連れ戻すべきです」
この機を逃さず、畳みかけるようにそう言う。
「栄光あるハンベルク公爵家として、使用人たちの手綱はしっかりと握っておかなければなりません。
少なくとも、カゴを開けた途端に飛びたっていく鳥のように、勝手気ままな振る舞いが許される家ではないことを、内外に向けて伝えるべきかと」
「……一理あるな」
考え込んでいた――その実、いいように転がされているだけの男が、うなずいてみせた。
「しかし、連れ戻すといっても、どうするつもりだ?
力付くというのも、優雅ではあるまい」
「どうか、あたしに全てお任せください」
愚かな父に、一礼しながらそう告げる。
「全て、そつなくこなしてみせます」
言い出した者がそう言った以上は、任せるのがものの流れというものであり……。
扱いやすい両親は、カーヤの提案を承諾したのであった。




