Menu13.謎の大豆料理と謎の仮面 その4
その身を漆黒の甲冑に包みし、人間の自由を守るために戦う高貴なる戦士……。
ホースオーガ仮面は、仮面の下に隠れた顔へ、わずかな驚きの色をにじませていた。
それというのも、このシュロスという店……。
その内装が、あまりに見事なものであったからだ。
天井から吊るされた小さなシャンデリアのきらめきといい、壁面に飾られた盾や絵画といい、たかが飲み屋街の料理店であるというのに、王城の……それも、王族が食事に使う食堂をそのまま縮小し、持ち込んだかのごとしである。
これでもし、ヴァイオリンをかき鳴らす奏者の一人でもいたならば、それはもう、慣れ親しんだ食事の空間そのままであった。
――なるほど。
――名前負けしていないな。
シュロスという店名に、アウレリアが込めた想いを汲み取りつつ、案内されたカウンター席へと着く。
「こちらは、無料で提供させて頂いておりましゅ……。
失礼しました。
無料で提供させて頂いております」
この鎧が持つ威容に、恐れをなしてしまったのだろう……。
確か、幼い頃からアウレリアに付き従っていた侍女が、噛んでしまいながらもガラスコップと布切れを供する。
「ありがとう」
――こんな格好で押しかけてすまない。
言葉にはせずとも、態度でそれを表すべく頭を下げた。
――これは、温かいお湯で絞った布か。
――なるほど、粋な計らいをする……私は手甲を付けているのであまり意味はないが。
――水がタダというのは、この辺りだと普通は有料であるということか?
――ならば、これも嬉しいものだ。
すでに春は終わりを迎えつつあり、夜とはいえ、それなりの湿気がある。
そんな中を完全装備でやって来たものだから、謎の戦士は喉がカラカラであり、清涼な水は何よりもの馳走……。
「む……?」
ふと、自分に注がれている視線へ気づく。
――一体、どうやって飲むんだろう?
――やっぱり、仮面を外すのかな?
そんな意識が視線に乗せられているのを、察せられない仮面の騎士ではなかった。
その答えは――これだ。
今、ホースオーガ仮面が装着している兜の面頬は、下部分のみを脱着することが可能であり、おもむろにそれを取り外すと、露わになった口でコップの水を飲んだのである。
――そこ、外れるんだ。
多少のガッカリした空気をかもし出しつつ、注がれていた視線が外れた。
「さて……」
喉も潤ったところで、侍女に向き直る。
「先ほども告げた通り、大豆を使った料理が食べられると聞いて来た。
ゆえに、それを出して欲しい。
馬で来たゆえ、酒はなしで頼む」
「承知いたしました。
お酒を召し上がらないのでしたら、ライスも付けてしっかりとした食事にされるのはいかがでしょうか?」
「それで頼む」
注文を聞き届けると、うやうやしく一礼した侍女が厨房の方へと下がった。
――さて、どのような品が出てくるか。
正体の全てが謎に包まれた騎士は、期待に胸を高鳴らせながら料理を待ったのである。
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「お待たせいたしました。
こちら、ライスとトウフステーキです」
そう言いながら、侍女が供した料理……。
それは、丸皿に盛られた白米と、熱々のスキレットに乗せられた謎の――四角い物体であった。
上面――おそらくは下面も――こんがりと焼き上げられており、上から茶色いソースがかけられている。
だが、両側面を見る限り、どうやら本来の色は純白であるようだった。
同じスキレットの上に添えられているのは、揚げた芋と、人参のグラッセで、特に人参の赤色は、彩りとして嬉しい。
「これが、大豆を……。
あの豆を、使った料理なのか?」
侍女ではなく、カウンター越しのアウレリアへ直接尋ねる。
すると、かつての公爵家令嬢は、静かにうなずいたのであった。
「はい。
簡単にご説明すると、このトウフという食材は、細かく砕いて茹でた大豆に、塩を作った後に残る苦い汁――ニガリを加え、固めたものです」
「茹でて、塩ができた後の残り汁を……?
それで、あの豆がこうも真白く変化するものなのか」
まったくもって、不思議という他にない。
だが、正体がバレているならまだしも……。
いや、仮にバレていたとしても、そんなことで嘘を言う理由は何もなく、真実であると考える他になかった。
例えば、潰したブドウがワインとなるような……。
例えば、塩漬けにしたキャベツがザワークラウトへと変じるような……。
そのような、食べ物にまつわる不思議と考えるしかないだろう。
――と、驚いている場合でも、不思議がっている場合でもないな。
――まずは、食べなければ。
その一念と共に、シルバーを手にする。
「――頂く」
まず、最初に味わうのは、当然ながらこの――トウフステーキ。
さっそく、フォークとナイフを突き刺すが……。
――やわい。
その感触は、驚きのものであった。
まるで、空気を突き刺したかのように……。
フォークもナイフも、ほぼ抵抗なくすくりと入っていくのである。
――これだけやわらかいと、フォークで刺しても崩れてしまいそうなものだが……。
慎重に、切り分けたトウフを持ち上げた。
だが、その心配は杞憂であり……。
意外にも、トウフはしっかりと形を保ったまま口へと運ばれていく。
おそらくは、焼く前に小麦粉をまぶすなどして、形が崩れないよう工夫してあるのだ。
そもそも、そのようにしておかなければ、ステーキとして焼くのも難しかろう。
フォークに刺され、ふるふると震えるこのステーキを――食す。
――この、泥がごとき色合いのソース。
――何と芳醇で、力強い味わいなのだ。
瞬間、口の中に広がったのは、バターの魅惑的な香り……。
そして、かけられたソースが持つ濃厚な味わいであった。
あえて、この味を形容するならば、地の味という表現こそがふさわしいだろう。
まるで、大地の力そのものを濃縮したかのような……。
そのように力強く、舐めただけで精がつきそうな味わいなのだ。
しかも、これはバターとの相性抜群であり、乳脂の風味が加わることにより、ただ力強いだけではない……華やかさが加わっているのである。
それをまとった、このトウフという食材……。
何とも――淡白。
これほどまでに純な味わいは、いかなる食材でも生み出せぬことだろう。
だが、ただ淡白なだけではない。
その内には、確かな旨味が存在しており……。
濃厚なソースをまとったことによって、かえってそれが鮮やかとなり、口中で開花しているのだ。
――美味い。
――のみならず、あれだけやわかったというのに、この食いで……。
――なるほど、これは確かにステーキだ。
口の中で、何度も繰り返し咀嚼し、味わう。
ステーキというのは、豪快に焼かれた肉の歯ごたえなども魅力の料理であったが……。
噛む喜びという点においてもまた、これはその名にふさわしい。
――そして、ライスに合う。
確か、東方では米を主なる食べ物として、食卓の中心……あるいは、基本に置くのであったか。
その気持ちが、よく分かる。
このステーキを食べると、無性にライスが食べたくなるのだ。
そして、ライスの方もまた、ステーキの濃厚な余韻を受け止め、素朴な甘さを際立たせるのであった。
「美味い……」
この鎧を着ているから、というわけではないだろうが……。
大豆を食べる馬の気持ちが、分かった気がする。
体が強くなるからとか、そういった理由ではない。
ただ単純に、美味いからこれを味わうのだ。
「それにしても、このソース……」
ふと、気になったことをカウンター越しのアウレリアに尋ねた。
「一体、何を使っているのだ?」
すると、返ってきたのは驚くべき事実だったのである。
「そちらは、お味噌という……大豆由来の調味料を使い、作っております」
「何と!? これも大豆……」
それは、衝撃だ。
だが、何とも心地の良い衝撃である。
――今日は良き日だ。
確かに、念願の優駿制覇はまたしても果たせず、くやしい思いはした。
だが、その後に、こうも面白い……そして、美味なる発見があったのである。
――よく味わおう。
――この素晴らしき食材を。
謎の仮面戦士――ホースオーガ仮面が、その後も心ゆくまで食事を楽しんだことは、語るまでもない。
そして、その後に別の客が訪れる度、いちいちぎょっとなられていたのもまた、語るまでもなかった。
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