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Menu13.謎の大豆料理と謎の仮面 その2

 重賞が終わった後には、馬主や騎手、調教師などに加え、着順見届けの任を担った神官など、運営関係者も混ざっての表彰会が開かれるものであり……。

 一番人気に押されながら、まさかの十二着に沈んだ馬――アーサーズビッグの馬主であるクリストフも、当然ながらそこへ居合わせることになった。


 各員が見守る中……。

 優勝馬表彰区画に、クビ差の接戦を制した今回の優勝場――パクトが、いまだに闘争心の昂りを感じさせながらも入場する。

 どうにかしてそれをなだめすかし、首にかけられたのは、今回の王国優駿勝利馬に贈られる馬着(レイ)だ。


 ――いいなあ。


 ――私もあれ、持ち馬にかけてあげたかったなあ。


 そのような想いを抱きつつも、しかし、鋼の意思で顔には出さず、祝福の拍手を贈った。

 誰もが……。

 誰もが、このただ一勝を手にしたいと願い、万全を尽くして勝負に臨む。

 その後は、運命を司る何者かの(たなごころ)次第であり、自分たちができることは、栄光ある勝利者を祝福することだけなのである。


 そんな勝利者の一人……東方貿易会社の社長ヴァルターが、万雷の拍手に包まれながら騎手と握手をかわし、己の持ち馬を撫でてやった。

 その顔は、実に晴れやかなものであり……。

 またしても一つの野心を達成した勝利者にふさわしい、自信に溢れたものである。


 関係者のみならず、歴史的勝利を目撃した観客たちも混ざっての拍手は、いつまでも止むことがないように思えたが……。

 やがては、それも収まり、勝者たちの言葉を聞く時間となった。


 まず、口を開いたのは、今回の優勝騎手であるライシだ。


「走っているというよりは、空を飛んでいる感覚でした。

 次走にも、是非ご期待ください」


 騎手というものは、競争本番に備えて極限まで体を絞り上げるものであり……。

 そのような状態で、あのように気性の荒い馬を制御し続けたわけであるから、当然ながらライシは疲労困憊といった有り様であり、勝利の言葉も手短なものだ。

 しかしながら、そこには巡り合った馬への確かな手応えと信頼が滲んでおり、どれだけ振り回され続けようとも、今後、この馬の手綱を誰かに譲ることはないと思えたのである。


 続いて口を開いたのは、馬主であるヴァルターだった。

 彼は周囲を見回し、自分に対する注目が最高潮に高まっていることを確認し……。

 そして、ゆっくりと語り始める。


「まず、皆さんがご存知の通り……私には、数多くの異名がある。

 一番有名なのは、そう……幸運男というあだ名でしょうか?」


 冗談めかした言葉に、見守る人々の口から笑みがこぼれた。


 ――幸運男。


 それは、時に揶揄(やゆ)の意味を込めてヴァルターに向けられる言葉だ。


 ――実力が伴っていたわけではない。


 ――(たぐい)稀なる幸運に味方され、今日の栄光を掴み取ったのだ。


 運を試すための舞台に立つ大変さを知らぬ愚か者が、ただただ、彼の成功を妬んでそう呼んでいるのであった。

 だが、当の本人がそれを気にしていないのは明らかであり……。

 むしろ、それを冗談として使う度量の広さこそが、成功した理由の一端であることは疑う余地もないだろう。


「その呼び名は、実のところ気に入っています。

 ――幸運男。

 実に良い響きだ。

 少なくとも、不幸であるよりはよほど良い」


 またも、人々から小さな笑い声が漏れ聞こえた。

 そんな彼らに、ヴァルターはにこやかな笑みを浮かべながらこう続けたのである。


「そして、今日……私が幸運であることは、またしても証明されることとなった。

 他でもなく……王国優駿という栄誉ある競争の、勝利者となることによってです。

 個人的に、この賞は何としてでも取りたかった。

 他でもなく……尊敬する先代ハンベルク公爵へ捧げるために」


 ――先代ハンベルク公爵。


 突然出てきたその名に、人々は笑みを消し、真面目な表情となった。

 何故、この場でヴァルターがその名を口に出したのか……。

 それが分からぬ関係者たちでは、なかったのである。


「皆さんご存知の通り、先代公爵は我が国の競走馬……ひいては、軍馬育成において、多大なる貢献を果たした人物です。

 一体、どんな貢献をしたか……。

 それは、彼が東方から持ち帰った作物――大豆の栽培でした」


 ――大豆。


 先代公爵は東方遠征の成功によって、様々な財宝をこの国へもたらしたが……。

 この作物こそが、最も有益なそれであったと言われていた。

 何故、たかだか作物の苗ごときが、そのような扱いを受けているか……。


「――この豆」


 わざわざ、このために用意したのだろう。

 ヴァルターが、少しばかりの大豆を手のひらに乗せる。

 そして、それを馬の方に向けてやると、今日の勝利馬は美味そうに食べたのであった。


「量の管理こそ注意は必要ですが、これを与えてやると、実に強靭な筋肉を持った馬に育つ。

 このパクトがこうも頑丈な馬に育ったのは、彼が持ち帰った大豆あってのことです」


 馬を撫でてやっていたヴァルターが、再び聴衆に向き直る。


「知っての通り、私は先代公爵と異なる道で東方の地を踏み、海上交易路を構築するに至った……。

 が、それを果たせたのは幸運以上に、彼が残した経験譚によるところが大きい。

 私は、これを恩として考えており、いつの日か、それを返す日がくることを願ってきた……」


 しん……とした静寂が、周囲を満たす。

 最後に、それを打ち破ったのは、ヴァルターが放った締めの言葉であったのだ。


「今日、この勝利で……それが果たせた気分です」


 ――ワアッ!


 再び、万雷の拍手が勝利者に降り注ぐ。

 それに包まれ、ヴァルター陣営の者たちは、互いに抱擁を繰り返していたが……。

 ふと、その中でこんな言葉が聞こえてきたのである。


「では、お二人とも、この後は例の店で……」


「行くのは初めてですけど、楽しみですね」


「なあに、きっとライシ君も気に入るさ。わたしが保証する」


「先生は、あそこのカツレツを大層気に入られてましたからね」


「はっはっは、今日の勝利があったのも、あれで散々にゲンを担いだからかもしれませんな」


 と、そこで調教師ギードがヴァルターに顔を向けた。


「だが、今日は特別な料理を出してもらえるんでしたな?」


「いかにも……。

 この勝利にふさわしい、大豆を使った料理を出してくれるそうです。

 ……ふふ、私は東方で食べたことがありますが、お二人が目にすれば、驚くかもしれませんな」


 ――大豆を使った料理!


 馬というものは、非常に聴覚の優れた動物であるが……。

 それを愛し育てる内に、クリストフにも耳の良さが乗り移ったのかもしれない。


 当然ながら、クリストフも大豆が馬に与える効能はよく知っていたが……。

 しかして、それを自分が実食した経験はない。

 ゆえに、胸の奥からむくむくと好奇心が湧き出してきたのであった。


 ――馬の飼料に使っている豆。


 ――それを使った料理を食えば、より馬への理解が深まるだろうか。


 こうなってしまうと、もうその衝動は抑えきれるものではなく……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴァルターさんが勝ったので、物語は進行って感じです。 でも先代に感謝を捧げるために勝つとは・・・。 なかなか男気のあるヴァルターさんですね。 そして大豆というのは軍馬育成には欠かせないもの…
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