Menu12.飲み屋街のアウレリア その4
その夜……。
飲み屋街の各店舗で提供されたのは、種々様々な……それも、思いもよらぬ趣向を凝らされたキャベツ料理であった。
例えば、ある店舗では……。
猛烈な勢いで竈に火を焚き、その上でフライパンを振るう。
たっぷりのキャベツや、細切りの豚肉に、特製のタレを絡めたこれなる料理の名は――ホイコーロー。
なんとも刺激的な味で、肉厚に切られたキャベツがいくらでも食べられそうなこの料理……。
決め手となるのは、タレに使われたショーユとジャンなる調味料である。
この二種を配合し、さらに他の調味料で味を整えることによって、魅惑の甘辛さが生まれるのだ。
今宵のために、それら調味料を分けてくれたのは、同じ飲み屋街に存在するある料理屋だという……。
また、ある店舗で提供されたキャベツ料理……。
こちらは、同じくフライパンを振るった料理ではあれど、随分と趣きの異なる一品であった。
油として、贅沢にオリーブオイルを使用しており……。
これもまた贅沢に、たっぷりの卵や牛乳によって閉じ、削ったチーズや黒胡椒で仕上げているのである。
――カルボナーラ。
本来はパスタ料理であるというそれを、キャベツが主役の品に置き換えた料理であった。
西方諸国の言葉で炭焼き職人を意味する名が与えられているのは、これを考案した西方の料理人が、散らされた黒胡椒から炭の粉を想起したからだという。
卵や黒胡椒など、高価な食材を使用しているこれは、飲み屋街へ訪れるような平民には馴染みのない……。
されど、実に魅力的な味だった。
そのまた別の店で提供されたのは、アサリとキャベツのワイン蒸しである。
惜しみなく白ワインを注ぎ、その香気とアサリの旨味を存分に吸ったキャベツの葉は、実に――美味い。
まさに、今の季節で得られる滋味が濃縮された味なのだ。
これらの、一風変わった……普段提供する料理より高価で、しかし、それを支払うだけの価値があると想わせられる料理を伝授したのも、やはり、同じ飲み屋街にある料理店の主だという。
かようにして、大量のキャベツを消費するための調理法を教えるのみならず、飲み屋街そのものを盛り立ててみせた店……。
シュロスで提供されている料理は……。
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「そういったことがあったのか……。
いや、はや……。
どうも、今回の一件にはとことん役に立てず、申し訳ないな」
いつものようにシュロスのカウンター席に着き、提供されたおしぼり――いつからか皆がこの布をそう呼び始めた――で手をぬぐいつつ事情を聞いたヴァルターは、そう言いながら溜め息を吐いた。
「おーほっほっほ!
気にする必要はありませんわ!
だって、あまりにオスヴァルト殿下がバカ過ぎるのですもの!
その奇行を予測するなんて、常人には不可能ですわ!」
――な……。
――なんていう説得力なんだ!
今日もみこしに担がれ、高笑いを上げながら練り歩くという奇行で参上したフロレンティアの言葉に、皆の心が一つとなる。
「まあ、わしらが知ったところで、何か協力できるわけでもなし……。
いや、こうして皆で美味しく食べることこそが、最大の貢献ではありませんかな?」
造船所の所長――デニスが、ガラスジョッキを掲げながらそう言うと、居合わせた客たちが皆一様にうなずく。
「だが、それは何とも心地良い貢献の仕方ですな。
今日の料理も、実に美味そうだ。
何より、揚げているこの音が良い」
自分で口にしたように……。
座り慣れたカウンター席は、どうやら、今宵提供される料理を味わう特等席であった。
――パチリ。
――パチリ。
……という、油の爆ぜる音が、何とも耳に心地よく、供される皿への期待を否が応でも高めてくれるのである。
やがて、完成した料理が、マルガレーテの手で直接うやうやしく給仕された。
「お待たせいたしました。
――キャベツメンチです」
――キャベツメンチ。
それは、ヴァルターが東方で見た小判に似た形状の揚げ物である。
皿には彩りとして、別途に仕入たのだろう……いかにも新鮮そうなキャベツの千切りが添えられており……。
特徴的なのは、粒マスタードを用いたのだろうソースがかけられていることであった。
通常、この店で提供される料理は、ソースを別にしている場合が多い。
そこをあえて、最初からかけた状態で供するのは、それだけ、このソースに対する自信があることをうかがわせる。
「頂こう」
宣言と共に、シルバーを突き立てた。
――ザクリ。
……やはり、この店で出される揚げ物は、切り分ける時のこの触感が素晴らしい。
しかも、今回は衣の触感のみで楽しませるわけではない。
衣の、内側……。
そこにみしりと仕込まれた実を切り裂くのも、魅力的であった。
ナイフとフォークを通じて伝わるこの感覚は、ハンバーグのそれに通じるものがあったが……。
大きな相違点は、あちらが挽き肉の塊を裂いているのに対し、こちらは切り刻まれた野菜の葉を切っているという点である。
どんな野菜かは、語るまでもない。
――キャベツだ。
切り開かれた断面から露わになったのは、細かく刻まれたキャベツが、挽き肉や刻み玉ねぎと共に織りなす魅惑の層であったのだ。
――まずは、何も付けていない部位だ。
料理そのものの味を確かめるべく、端の方を切って口に運ぶ。
そして、自分の見当違いを悟った。
――一見して、肉の代替品にキャベツを用いた料理かと思った。
――だが、そうではない。
――主役だ。
――キャベツという野菜に秘められた美味さを、存分に味わわせる料理なのだ。
そもそも、キャベツというのは、どこの葉を食べるかによって、大きく食感や味の異なる野菜だ。
だが、これは細かく刻み、タネとすることによって、一口で外葉や内葉、中心葉のみならず、芯に至るまでを味わうことができ……。
それぞれで異なる食感や、瑞々しい苦みを味わうことができるのである。
しかも、そこに挽き肉や刻み玉ねぎが加わることによって、さらなる食感のみならず、肉の旨味や玉ねぎの香味をも同時に味わえるのであった。
何という――重層な味。
その上、これはまだ、ソースがかかっていない……塩と胡椒の風味のみまとった部分なのだ。
――ソースと合わせれば、どうなる。
期待感と共に、黄色のソースがかかった部分を切り取る。
そして、それを――食べた。
――至高の辛さと究極の甘み。
――それが、一体となっている。
瞬間、ヴァルターの脳裏に浮かんだのは、そのような感想である。
この、ソース……。
粒マスタードを使っているのは、見た目通りであるのだが……。
そこに、ハチミツが加えられていた。
辛さと甘さ……味の方向性が全く異なる両者であったが、これが恐ろしく調和し、舌全体をまろやかに包み込むような甘さと、鼻孔の奥へ突き抜けるような刺激が、矛盾なく同居しているのだ。
おそらく、ただ二つの調味料を混ぜ合わせただけでなく、いくつかの調味料も加えることで、味を整えているに違いない。
複雑な味ゆえ、見抜くことは難しいが……魚醤ソースに感じる後味との類似性から、まとめ役の一人は醤油であると思えた。
そして、このソース……。
キャベツメンチと、恐ろしくよく合う。
揚げ物の宿命として疲労する舌が、マスタードの辛さによって活を入れられ……。
ハチミツの魅惑的な甘さが、料理全体の味をさらに高めるのである。
甘味というものが、こうも肉や野菜と相性が良いというのは、驚きの発見であった。
噛めば噛むほどに、キャベツの奥深い苦味やほのかな甘み、挽き肉の旨味などが溢れ……。
それらは、粒マスタードソースをまとうことによって、さらに魅力を増していく。
まるで……。
まるで……。
「……アウレリア殿のようだ」
「――えっ?」
ぼそりと漏らした独り言が聞こえたか、カウンター越しのアウレリアが振り向く。
「いや、何でもないのだ」
そんな彼女へ、苦笑いと共に手を振った。
第三王子の無体によって、行き場を失い、ただ痛むのみとなっていたキャベツ……。
それが、他の食材やこのソースという仲間を得ることによって、素晴らしい料理へと変じる。
そこに、アウレリアとの共通点を見い出してしまうのは、いささか失礼であろう。
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