Menu12.飲み屋街のアウレリア その2
――王族たるもの、常に優雅であれ。
と、いうのはハイデルバッハ王家の者全てに幼い時から叩き込まれる家訓であるが、城中を足早に歩く今のオスヴァルトを見れば、教えが徹底されているとは到底言えぬであろう。
だが、王族らしさ、貴族らしさというものをことのほか大事にする彼が、こうまでして急いでいるのには訳があった。
どうしても、目的の人物と早く会い、抗議する必要があったのである。
「あ、オスヴァルト様。
今、クリストフ様にお取り次ぎを……」
「必要ない。
開けさせてもらうぞ」
目当ての人物が住まう部屋……。
その前で警護に当たっていた騎士を押しのけ、扉を開く。
「――兄上!
どういうことですか!?」
「オスヴァルト、騒々しいぞ」
部屋の主――第二王子クリストフは、読書の手を止めると、たしなめるようにそう言い放った。
「これが落ち着いていられますか!?
例のキャベツに関する件……。
使うことができないとは、どういうことです!?」
「ああ、そのことか……」
オスヴァルトの特徴はそのままに、年輪だけは重ねたような外見の兄が、溜め息と共に書物を閉じる。
「俺が保有する馬の飼料として、買い付けたという大量のキャベツを使って欲しい。
ひいては、それで浮いた餌代を回して欲しいだったか……」
「そうです! 名案でしょう?」
自信満々に胸を張る自分へ、下の兄はますます溜め息を深めた。
「よいか? オスヴァルトよ……。
馬というのはな、キャベツを食えない」
「ええっ!?
そうなのですか!?」
「正確には、食べられないわけではない。
むしろ、中にはその味を好むものもいるだろう。
だが、あれを食べさせると、腹が張ってしまうようでな。
少なくとも、私が保有する競走馬や軍馬に、飼料として与えることはできない」
驚く自分に、クリストフは説き伏せるような口調で続ける。
そういえば……。
まだ子供であった頃、馬術を習い始めたごく初期に、そのようなことを聞いた覚えがあった。
だが、オスヴァルトにとって、馬術というのは打ち込むものではなく、あくまで王族らしくあるため身に付ける最低限の技能であり……。
授かった馬の世話なども配下の人間に任せているため、そのようなことはすっかりと抜け落ちてしまっていたのである。
「で、でも……食べられないことはないんですよね?」
恐る恐る尋ねると、クリストフは冷たい眼差しを自分に向けてきた。
「体調を崩すと分かっている食べ物など、かわいい動物たちに与えられるわけもなかろう?
そのようなわけで、かわいそうだがお前の提案に乗ることはできない。
まあ、もともと突飛な思いつきで行ったことだろう?
観念して、自分で始末をつけることだ」
兄の言葉は眼差しと同様に冷たく、有無を言わせない迫力がある。
これに抗えるオスヴァルトではなく……。
「……失礼します」
そう言い残すと、大人しく自室へ戻ったのであった。
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「――くそっ! やられた!」
――しばし待っていろ。
第二王子クリストフからの返事を伝えに来たエルンストに対し、オスヴァルトはそう言い残して部屋を出て行ったが……。
やがて、戻ってくると、そう吐き捨てながら自分の机で頭を抱えたのである。
「やられた……?」
――一体、何が?
その思いと共に、そう尋ねる。
いきなり大量のキャベツを受け取ってくれと言われても、困るのは自明の理であり、第二王子の返答はもっともなものだ。
おそらく、それを解せなかったオスヴァルトは、直談判しに行き、本人の口から却下されたに違いない。
にも関わらず、被害者のごとき独り言を叫ぶ彼に、一応は聞き手役として応じたのであった。
「あの馬狂いの兄上にだよっ!」
そんなことも分からないのかという態度で、ものの道理も分からぬ若造がわめく。
「毎年、毎年……。
王家の金を投じて、競争馬や軍馬を育ててるんだ。
なら、その馬たちに、かわいい弟の散財を補填させてもいいじゃないか!」
――いや、クリストフ殿下が馬に金を投じるのは、軍事的な理由が大なのですが。
言葉には出さず、胸中でそうつっこむ。
言うまでもなく、軍の移動力、輸送力を賄う上で、馬の質というものは最重要事項だ。
クリストフがそこに大金を投じるのは、王家直属軍に支給する馬の血統を改善するためであり、簡単に良し悪しを計れるものではないのである。
しかも、クリストフが保有する競争馬の内、何頭かは重賞を勝利しており、近年、失墜著しい王家の権威を、多少なりとも回復してみせていた。
これは、第二王子付御算用官の言葉だが……。
――クリストフ殿下は、王家の中で比較的まともだ。
――茶会などの予算縮小に関しても、『馬のため』と言えば大体は許容してくれる。
とのことであり、エルンストからしてみれば、うらやましくてならない。
要するに、クリストフという人物は、趣味を実益ある公務に昇華させている人物であり、間違っても、誰かへの嫌がらせをするために多額の金を投じたりはしないのだ。
その上、勝負事に対しても正々堂々としている。
これも、第二王子付御算用官から聞いた言葉だが、第二王子はひりひりとした真剣勝負として競馬を愛しており、オスヴァルトが密かにレデラー公爵家へ打診していた八百長など、そもそも馬主であるクリストフが許容しなかっただろうという話であった。
「――くそっ!
厨房の料理人たちも、またるで役に立たない!
そもそも、あいつらが仕入れたキャベツを料理の材料として処分してくれれば、公費として精算できたんだ!」
そんな兄のことを何も分かってない弟が、今度は厨房の料理人たちに対して毒づく。
――そんなこと言ったって、どんなものを仕入れるかは事前に決まってますし。
これも口にはしないが、胸中で告げる。
当然ながら、厨房の材料費にも上限というものがあり、それに収めるため、料理人たちは月間の大まかな献立表と仕入れの見積もりを作り、会計方に提出していた。
ゆえに、そこへ急に大量のキャベツをねじ込み、厨房の予算として精算させようなどというのは、不可能なのだ。
まさに――八方塞がり。
オスヴァルトにできることは、大人しく大量のキャベツ代を自身の小遣いで賄うことだけである。
「くそっ……。
大人しく、キャベツ代で小遣いが減ることを受け入れるしかないのか……!」
――だから、最初にそう言ったでしょう?
これも、胸中でのみ口にした。
「ふぅー……。
まあいい、アウレリアやあのヴァルターも、この件で少しは己の分をわきまえただろうしな」
――わきまえるって、何をですか?
どうやら、オスヴァルトの中では、あの嫌がらせはしつけか何かに分類されているようである。
そんな彼には、とても教えられないが……。
飲み屋街の料理屋たちが、キャベツに似せた菓子を振る舞うという奇策で、例年以上の盛り上がりを勝ち取った場面に自分も遭遇していた。
そして、その中心に居たのが、件のアウレリア嬢なのだ。
この事実を教えてやれば、くやしがるオスヴァルトを見て少しは気を晴らせるかもしれなかったが……。
後始末が面倒そうなので、それはしない。
どうせ、自分はこれから厄介な後始末を、一つ言いつかるに決まっているのである。
「エルンスト。
大量に余ったキャベツは、お前の采配で処理してくれ」
――ほらきた。
エルンストは胸中で溜め息を吐き出しつつも、うやうやしくそれを引き受けたのであった。




