Menu12.飲み屋街のアウレリア その1
紆余曲折を経たものの、誕生祭を無事に乗り越え……。
この夜、飲み屋街の店主たちは、公園に設営した会場でそのまま打ち上げを行っていた。
そもそも、宗教的に意義の大きい祝日である本日は、夜に店を開く者などいなく……。
ちょっとした飲み会などを開くのは通年のことであったが、全店主が一堂に集結しての打ち上げなどは、これが初めてのことである。
それだけ、一致団結して難局を乗り越えた余韻は大きいということであり……。
また、この記念すべき日にくだらぬ横槍を入れてきた第三王子への怒りたるや、はなはだ大きく、互いにそれを吐露し合わなければ、やってられない心境なのであった。
「――ったく!
本当に、第三王子ってのは何を考えてやがるんだろうな!?」
この飲み屋街で酒場を営む店主の一人が、金属製のジョッキを空にしながらそう叫ぶ。
「おうよ!
こんなくだらねえことやってるから、王家は莫大な借金を抱えちまってるんだ!」
別の店主もまた、勢いよくビールを飲み干してから同意する。
この飲み屋街で店を開いている以上、皆、酒に対してはある程度の耐性を備えていたが……。
それにしても、少しばかり、飲む勢いは早い。
怒りという感情もまた、酒を進ませるものなのだ。
「なあ、あんたもそう思うだろ!?」
そして、次に店主たちが愚痴の機会を回した男……。
彼は、別にこの飲み屋街で店を営む者ではなかった。
強いて言えば、ある店を後援してはいるが……。
それも、立ち上げの時に多少の世話を焼いただけであり、最近では、後援者を名乗ることにいささかためらいも覚えているのである。
しかも、先ほど話に出てきた王家の借金を、貸し付けている側の人間なのだ。
「……まあ、あまり賢い行動とは言えませぬな。
独自に交易路開拓へ乗り出し、失敗した件も含めてだが……。
現王家は少しばかり、直情的なところが見られる」
一応、立場もあり、言葉を選んではいたが……。
ヴァルターにしても、この一件に関しては思うところがあった。
そもそも、第三王子オスヴァルトとアウレリアの因縁は、あちらが一方的に婚約を破棄してきたことで終わっているはずである。
無論、あの晩に立ち塞がったヴァルターに対し、逆恨みなれど恨みはあるだろうし、全てが思い通りにいかなかったことへ怒りも抱いているだろう。
だが、それならば、少なくとも嫌がらせをする相手はヴァルターであるべきなのだ。
それを、女人であるアウレリアや、物言えぬ平民である飲み屋街の店主たちに行うなど、これはもう男が腐っているとしか言えぬのであった。
「このようなことを繰り返せば、民心は離れる一方であろうな。
……と、話は変わるが、私までこの宴に混ざってよかったのだろうか?
店を経営しているわけでもないし、別に何かを手伝ったわけでもないが………」
「どこぞのバカ王子じゃあるまいし、俺らはそんなケチくせえことは言わねえよ」
「そうそう!
それに、ヴァルターさんは、普段からこの飲み屋街に金を落としてくれてるしな!」
「まあ、最近はとんと顔を出してくれなくなっちまったが!」
「仕方あるめえ!
こんな美味いもん出す店ができちまったんだ!
金がねえってんならまだしも、有り余るくらい持ってるヴァルターさんが通っちまうのは、当然だ!」
そう言って、笑い合いながら男たちがつまんでいる料理……。
それは、アウレリアが腕を振るった煮込み料理であった。
――ポトフ。
野菜や根菜類を使い、マスタードで食べるこれは、王国民にとっては親しみ深い煮込み料理である。
だが、アウレリアが大鍋を使い、各店舗から提供された食材を煮込んで作ったこれは……。
――モノが違う。
……と、しか言えぬだろう。
何が違うのかといえば、煮込むのに使っている出汁が違うのだ。
通常のポトフというのは、すじ肉などを煮込んでそこから出る旨味を当てに、塩で味付けするものである。
対して、本日のこちらは……。
アウレリアが、煮込むのに使っている出汁汁……。
いや、これはもう、スープと称するべきだろう。
透き通った琥珀色のこれは、雑味というものが一切なく、ただただ、肉の旨味と香味野菜の風味のみが抽出されていた。
そして、その中で各種の食材を煮込むと、それらはスープの旨味を存分に吸い込み、その上で各々の魅力を開花させるのだ。
「……本来なら、このスープで、キャベツの肉だね包みを煮込む予定だったか。
あのシュークリームも美味そうだったが、そのロールキャベツとやらもさぞかし美味だっただろうな」
そう言いながら、慎重に匙で粒マスタードをすくい、皿のじゃが芋に付ける。
そして、これをフォークで突き刺し――食べた。
ほこりとした芋は、スープの旨味を存分に吸い取り、根菜でありながら、いかなる獣肉も及ばない旨味の固まりと化している。
しかも、これに粒マスタードを付けたことによって、鼻を突き抜けるような辛さが味を引き締め、さらにはマスタード粒の食感をも楽しめるのだ。
――美味い。
――これは、ビールを進ませる美味さだ。
その一念と共に、シュロスから持ち出されたガラスジョッキを煽った。
ビールの爽快な苦味は、口中に残っていた余韻を残さず胃の腑へと落とし込み、次の一口に向かう気力を与えてくれた。
――さて、次はどの具材を楽しもうか。
大海原へ漕ぎ出したあの日のように胸を弾ませ、アウレリアとマルガレーテが守っている大鍋の下へ歩む。
何しろ、子供たちへ提供する料理をシュークリームに切り替えたため、本来使うはずだったそれが余りに余っており……。
それらを煮込んだ結果、このポトフは全具材を制しようと思えば、胃がいくらあっても足りない有様になっていた。
――やはり、芋は外せないか?
――いやいや、ロールキャベツに使うはずだった肉団子でいくか。
――はたまた、基本に立ち返り牛すじ肉というのも悪くはない。
そんなことを考えつつ、皿を手にポトフ待ちの列へと並ぶ。
どうやら、どの具材を選ぶか悩んでいるのは他の男たちも同じようであり……。
やれ、あれが美味かった、これはどうだと、並びながら語り合っているのである。
ポトフ談義と共に語られるのは、アウレリアへの感謝だ。
「それにしても、アウレリアさんには感謝しかねえな」
「ああ、シュークリームの発想もそうだが、このポトフも実に美味え」
「災い転じてってやつか?
色々あったが、かえって良い方向にまとまったな」
「駆けずり回って牛乳や卵をかき集めた問屋の奴だけは、少しばかり気の毒だったがな」
「なあに、元々はあいつがキャベツ持ってかれたのが原因なんだからよ。
それに、そのことを気に病んでたみてえだしな。
あいつも、アウレリアさんには感謝してるだろうぜ」
「まったく、アウレリアさん様々だ」
「ああ、お貴族様出身だし、店の構えも俺たちんところとは全然違うから、少し気後れするっつーか、距離を置いてたけどな……」
「これからは、あの人も立派な飲み屋街の仲間だ」
このような会話を聞いていると、ヴァルターも我がことのように嬉しくなった。
婚約を破棄され、公爵家からも追放された彼女であるが……。
己の居場所を、己の手で掴み取ったのである。




