Menu11.キャベツ騒動 その4
この日のため、神殿や近所の集会場で練習した聖歌を繰り返し歌い……。
皆で手を繋ぎながら、王都の中を練り歩く。
そうすると、生まれ育ったこの街が、まるで別の場所であるかのように感じられた。
いや、それは錯覚ではない……。
今日、この王都ナタシャにおける主役は間違いなく自分たちであり、道行く大人たちが向けてくる視線も、どこか誇らしげな……あるいは、ほほ笑ましげなものであるのだ。
――誕生祭。
かの偉大なる聖人は、きっと、常にこのような視線を周囲から浴びていたに違いない。
キャベツの葉に包まれて降臨したという伝説にあやかったこの催事は、あくまで彼の伝承……その始まりも始まりをなぞったものに過ぎぬ。
だが、過去と今とを繋ぎ合わせ、自分たちに偉大な聖人のことを教え伝える役目は、十分に果たせていると思えた。
もっとも、子供たちにとって、一番関心があるのは聖人の伝説ではなく、各料理店にて振る舞われるキャベツ料理であるのだが……。
「おい、こっちって大人が酒を飲んだりする通りだろ?
確か、王子様の命令でキャベツは仕入れられてないって話だぜ?」
年長の子が歌うのを止め、そう言ったのはその証左であろう。
彼の言葉を受け、足を止めた子供たちが互いの顔を見やる。
「そうなの?
そんな話、初めて聞いたけど……」
「本当だ。
おれんち、魚屋だからさ。
それで、父ちゃんが朝市場に行ったら、騎士様がそう言ってるのを見たんだって」
急にもたらされた情報へ、子供たちは困惑の顔となった。
「あ、わたしも聞いてたかも……。
お母さんたちが、朝、井戸で洗濯してた時、そんな噂を話し合ってた」
「井戸端で?
なら、マジかもなあ……」
女の子の言葉を受け、魚屋の息子とはまた違う男の子が、いっぱしに腕を組んでみせる。
井戸端会議とは、よく言ったもの……。
一体、どのような流れでそうなっているのかは知らないが、ともかく、井戸端における母親たちの情報は新鮮であり、しかも、そこそこの確度があることを、子供たちは幼い人生経験ながらに知っていた。
「どうする? 引き返すか?」
「引き返すって言われてもなあ……」
「あたしたちの組はこっちの方だって、神官様たちも言ってたし……」
こうなってしまっては、判断に迷う。
おそらく、魚屋の息子が父から聞いたという話や、各所の井戸端で流れているだろう噂話を、神殿側は一切把握していない。
故に、半ば事務的な……例年に則った割り振りと進行で送り出されてしまったのだ。
「……とりあえず、進むか?」
年長の子が、そう言い出す。
「神官様に言われた通り進んで、そんで、何も貰えなかったら、そのまま別のとこまで移動しちゃえばいい。
毎年、言われた場所を回ったら、その後は好きに動いてるだろ?」
彼が言う通り……。
神官に告げられた割り振りというものは、あくまで、最初の段階で子供たちの向かう場所が被らないようにするための措置であり、そこを回った後に関しては指示がなかった。
そのため、毎年子供たちは割り振られた場所を巡った後は別の場所――多くの場合は、目抜き通りへと向かうのである。
「そうね。素早くいきましょう。
あたし、誕生祭で歌うのは今年が最後だから、何も食べずに終わるのは嫌よ」
「だな。俺も、お腹空いちゃったよ」
互いにうなずき合い、作戦が決まった。
かくして、子供たちはやや歩調と歌の調子を早めながら、飲み屋街へ乗り込んでいったのである。
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「えっと……ここで合ってるんだよな?」
「多分……合ってると、思うけど」
子供たちがそう言いながら、互いの顔を見合わせてしまったのも無理はない。
飲み屋街で子供たちを待ち受けていたもの……。
それは、信じられないくらいに綺麗な――お姫様そのものと呼べる女性を中心にした一団であったのだ。
通常、この催しは、各店舗が独立して子供たちをもてなすのだが……。
どうやら、本日は趣が違うのか、公園に机や椅子を設置し、飲み屋街の料理店一同で結集しているようである。
「――いらっしゃいませ。
今日は良い子にしている皆様のために、とびきりのお菓子をご用意させて頂きました」
しかも、公園の入り口では、お貴族様が引き連れているような侍女服の女性が控えており、スカートをつまみながら、うやうやしくお辞儀してくれたのであった。
こんなことは、幼い子供たちにとって初めての経験である。
無論、誰もがこのナタシャに生まれた王都っ子であり、親に連れられ出店などで買い食いをした経験くらいはあった。
しかし、そういった店を営む店主の言葉遣いというものは、よく言えば気さくで親しみやすく、悪く言えば馴れ馴れしいものであり……。
このように、明らかに自分より上位の存在として迎えられることは、今までなかったのだ。
「な、なあ……。
ここって、大人たちがお酒を飲みに行ったりする場所で合ってるんだよな?」
「当たり前じゃない。
あんた、王都生まれのくせに道も分かんないの?」
「いや、だって……。
母ちゃんは、乱暴で悪い人が多いから、普段は絶対に行くなって言ってたからさ……」
「で、でも……。
あんな丁寧な言葉で話してくれるお姉ちゃん、初めて見たよ?」
「ああ、それに……。
あの金髪のお姉さん、すごく綺麗だ」
「ちょっと、何を鼻の下伸ばしてんのよ」
「い、いや……別にそんなこと……」
「でも、本当にすごく綺麗……。
まるで、本物の貴族様……。
ううん、お姫様みたい。
ドレスを着てないのが、ちょっと残念」
予想だにしていない事態に、子供同士でひそひそと語り合う。
侍女服の女性は、そんな自分たちに何も言わず、ただじっと待っていてくれたが……。
「あ、あの……!」
やがて、年長の少年が勇気を出して彼女に話しかけた。
「お、おれ……。
いえ、ぼくたち……」
「何が『ぼく』よ。
あんた、何か悪いもんでも食べたんじゃないの?」
「うっせ!
黙ってろ!」
同じく年長の少女に言われ、少年は顔を明らめたが……。
「えっと、ぼくたち……。
誕生祭でここまで歌ってきたんですけど……」
気を取り直すと、ようやくそう言ったのである。
「はい、存じております。
ここまで、よくお務めを果たされましたね。
先程も申し上げましたが……。
今日は、あたしの主や飲み屋街の皆様が、良い子の皆のために、美味しいお菓子を用意したんですよ」
侍女服の女性ははそんな少年を見つめながら、優しく答えたのであった。
「おい、お菓子が貰えるらしいぞ?」
「でも、誕生祭で食べさせてもらえるのって、キャベツの料理だよな?」
「キャベツを使ったお菓子……?」
「そもそも、仕入れられてないって話じゃなかったか?」
再び子供同士で顔を合わせ、ひそひそ話を始める。
「皆様、どうかご心配をされませんよう……」
見かねたのか、侍女服の女性はあくまで優しく語りかけてきた。
「本日、ご用意しましたお菓子は、まさにこの日にふさわしい……キャベツを模したそれなのですから」
そう言って、彼女が目を向けた先……。
そこでは、大人たちが設置した机の上に、いくつもの焼き菓子らしきものが並べられている。
そして、なるほど……これを子供らしい健眼で見てみれば……。
まさに、彼女が告げた言葉通りの代物だったのである。




