Menu11.キャベツ騒動 その3
「何ですって?
キャベツが納品できない?」
店の入り口からマルガレーテの声が響いてきたのは、誕生祭に向け、仕込みをしていたその時である。
本日、子供たちに食べさせてあげる料理は、名付けて――ロールキャベツ。
しっかりと水洗いし、脂などを取り除いた鶏ガラで基本の出汁を取り……。
アクをよく取ってから、香味野菜や野菜の皮などを投入し、さらに煮詰める。
それらを取り除いた後は、また別の出汁材を投入だ。
塩で粘り気を出した鶏挽き肉に、人参や玉ねぎなどの刻み野菜を加える……。
最後に、卵白を入れてかき混ぜ、これを先まで取っていた出汁に投じる。
この際、加える卵白の量には最新の注意を払わねばならない。
卵白に課せられた役割は、肉の臭みやアクを海綿のごとく吸い取ることにあるのだが、少なくては固まらず、多過ぎては卵白だけで固まってしまうからだ。
投じた具材が浮かんできたら穴を開けて気を抜いてやり、浮いたままの状態を維持しながらとろとろと弱い火にかけ続ける。
最後に、裏ごししてやれば……完成だ。
――コンソメスープ。
驚くほどに澄みきった琥珀色のスープは、そう呼ばれていた。
その味は、まさにスープの――王。
雑味というものが一切なく、純粋に肉の旨味と野菜の香味のみが溶け出しており、口にしたものを恍惚とさせずにはいられないのだ。
その分、かように複雑な工程が必要であり、実作業時間としても、二日は必要となるのであった。
これに、下茹でしたキャベツの葉で包んだ肉ダネを投じ、煮込んでやるのが今回子供たちに食べさせてやる料理……ロールキャベツである。
発想の元は、ドルマという異国の料理だ。
ブドウの葉で肉ダネを包み、煮込んでやるこの料理は、ただ再現しても美味であったが……。
どうせなら、ブドウの葉ではなく、より美味いもので包んでしまえばより美味しかろうと考案したのが、この料理なのであった。
元となったドルマは、卵黄とレモン汁で作ったソース等と共に供する料理であり、わざわざ手間のかかるコンソメスープまで用意する必要はないのだが、そこはアウレリアのこだわりと心遣いだ。
――未来ある子供たちに、とびっきりのご馳走を食べさせてあげたい。
その一心で、採算度外視の準備を進めてきたのである。
進めてきたのである、が……。
「マルガレーテ、どうしたの?
キャベツがどうと聞こえたけど……」
ひとまず火から鍋を放し、手をぬぐいながら玄関に向かう。
すると、そこでマルガレーテと会話していたのは、いつも野菜を仕入れている青果商であった。
シュロスのみならず、この飲み屋街で営業する料理店の青果卸しを一手に担う男の表情は、暗く……いかにも申し訳なさそうだ。
何より注目すべきなのは、店の前に止められた彼の荷車である。
いつもは市場で直接購入するアウレリアたちであったが、今日ばかりは、他の店と同様配達してもらうことになっていた。
だが、その荷車に今日最も必要なはずの食材……キャベツは、一玉たりとも乗せられていなかったのだ。
果たして、何が起こったのか……。
直感的に、それを察する。
そして、アウレリアの勘は、残念ながら正しかったのである。
--
飲み屋街といっても、酒を飲ませる店しか存在しないわけではなく、かつての王が行った都市計画に則り、いくつかの小さな公園も内包していた。
そして、今日……この公園に集っているのは、子供たちではなく各店舗の経営者たちであり……。
皆が皆、暗い顔をしていたのである。
「まさかな……。
こんな形で、第三王子が嫌がらせをしてくるとはよ……」
唯一、この中で店を経営していない人物――ロンデンが、剃り上げた頭をつるりと撫でながらそうつぶやいた。
「おそらく……。
いえ、間違いなくわたしが原因です。
本当に、申し訳ありません」
そう言って、頭を下げる。
オスヴァルトが、キャベツの買い占めなどという奇行に走った理由……。
それも、この飲み屋街に卸している青果商を狙い撃ちした理由は、他に考えられなかったからだ。
「そんな……。
アウレリア様には、何の非もありません。
どうか、頭をお上げください」
傍らのマルガレーテはそう言ってくれるが、しかし、アウレリアの気は晴れない。
「そうだ。
マルガレーテちゃんの言う通りさ。頭を下げる必要はねえ」
だが、ロンデンにまでそう言われて、ようやく頭を上げたのである。
「わりいのは、第三王子の方だよ。
自分の思うように運ばなかったからといって、こんな嫌がらせをしてくるなんざ、ケツの穴が小せえガキだ……。
とてもじゃねえが、王族の風上にも置いておけねえ」
ロンデンがそう言うと、この飲み屋街で店を開く店主たちも、皆一様にうなずいた。
彼らは、全員が一城の主であり、酔客たち相手に商売している者たちである。
いかに相手が王族といえど、筋の通らないことをされれば、歯に衣着せず怒りを爆発させるだけの胆力が備わっているのだ。
「どうする?
王城に押しかけて、全員で抗議してやろうか?」
「おうとも……。
子供らのために、張り切ってたのは俺たちだって同じだ!
それを、飲み屋街だからなんだとのけ者にしやがるたあ、許せねえ!」
「それも、今日の今日でいきなりだからな!
どう考えたって、理はこちらにあるぜ!」
店主たちが、口々にそう言いながら腕をまくる。
いかにも腕っぷしに自慢のありそうな男たちは、すぐさまにもそれを実行しかねなかったが……。
「――やめておけ」
それを制したのは、ロンデンであった。
「腐っても王族……。
ふざけていても、これはその命だ。
そうやって乗り込んだりしたら、そのまま牢屋にぶち込まれちまうぞ」
「ロンデンさん、そうは言っても……」
比較的、年齢の若い店主がなおも食い下がろうとしたが……。
「大体、そうやって抗議して何になる?
結局、子供たちにキャベツを食わせてやれないじゃねえか? ええ?」
そう言われてしまえば、押し黙る他にない。
あくまで、目的としているのは、未来を担う子供たちに神話伝承に則った料理を振る舞ってやること……。
その機会を、自ら潰してしまうのでは本末転倒であった。
「でもよ……じゃあ、どうする?」
「どうにかして、他からキャベツを調達するか?」
「あるいは、ここら以外の店を回って、少しずつでいいから分けてもらうか……」
「だが、向こうだって大量に必要なのは変わらないしなあ……」
全員で腕組みしながら、うなり続ける。
そんな中、ひらめくもののあったアウレリアは、静かに手を上げたのであった。
「あの……」
「どうした? アウレリアちゃん」
目ざとく気づいたロンデンが、続きを促す。
それに勇気づけられ、アウレリアははっきりと自分の考えを告げたのである。
「何とかできるかもしれません。
キャベツは使わず……。
しかし、この行事にふさわしい料理……いえ、お菓子を用意するんです」
その言葉で、自分の意図に気づいたマルガレーテが両の手を合わせた。
「――そうか!
アウレリア様、あれを作るんですね?」
「ええ……。
あれなら、きっと子供たちも喜んでくれるわ」
忠実なる侍女と、うなずき合う。
一方、ロンデンたちは何が何やら分からず、首を捻っていたが……。
やがて、アウレリアが秘策を話すと、大いに賛同し、全員一丸となってそのために動き始めたのである。




