Menu11.キャベツ騒動 その2
多くの宗教がそうであるように……。
ハイデルバッハ王国の国教であるミロス教においてもまた、季節ごとの行事というのは数多い。
特に、春も半ばを超えた今は誕生祭を控えており、神殿の関係者たちは言うに及ばず、青果市場の方でもまた、これに対応するため大わらわとなっていた。
聖職者のみならず、商売人たちまで忙しくしている理由は何か……。
それは、大聖人ミロス誕生の逸話にある。
神の子とも呼ばれる彼は、人の腹から生まれ落ちたわけではない。
では、果たして何から生まれたのか……。
――キャベツだ。
大ぶりなキャベツの葉に、くるまれるようにして泣いていた赤子こそ、後の救世主であると伝説には語られていた。
ミロス教徒たちは、その伝承を忘れずに後世へ語り継ぐと共に、偉大な聖人の誕生を祝うべく、ある特別な催しを行うのである。
それは何かといえば、子供たちに対するキャベツ料理の振る舞いだ。
田舎においては、各家にて……。
王都ナタシャのような都市部においては、料理店がそれぞれキャベツ料理をこしらえ、聖歌を歌いながら行進する子供たちに、無料でこれを食べさせてやるのである。
未来を担う子供たちへ滋養を付けさせてやると共に、大聖人への思いを馳せさせてやるという、人情と粋に溢れた行事がこの誕生祭なのであった。
また、穿った見方をすれば、これは商機を増やしたい青果商たちの陰謀でもある。
何しろ、誕生祭でこのような催事を行うようになったのは、農産物の供給というものが安定しだした近世からであり……。
神殿には、子供たちを行進させる親からの寄付が集まり、その寄付金は、当然ながらキャベツなどの購入費として青果市場に落ちるのだ。
そして、この時ばかりは神殿が代理購入を行った大量のキャベツは、卸し売りたちによって各料理店へ配布されるのである。
余談だが、神殿に寄付をする親たちは、その際に毎年造りの違う聖印を渡されており……。
これを持たされた子供でなければ、無償のキャベツ料理にありつくことはできない。
その辺りを見ても、これが善意のみで催されている催事ではなく、商売的側面が強いことは感じられるだろう。
かように、裏の思惑というものは存在すれど……。
祭りとなれば、はしゃがずにいられないのが人間の本能というものであり、神殿関係者たちも、青果市場の商売人たちも……。
そして、実際に料理を子供たちに振る舞う料理屋の店主たちも、大いに張り切り、当日を心待ちにしていたものだ。
しかし、そこに、思いもかけぬ横槍が入ることとなったのである。
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「キャ、キャベツを全部……ですか?」
何軒もの卸し売り商が軒を連ねる青果市場……。
そこに響き渡ったのは、困惑した店主の声であった。
彼がそのような声を上げたのも、無理はない。
彼にキャベツを要求した者……。
いや、これを、客と呼んでいいものか……。
何しろ、どこか申し訳なさそうな表情で……しかし、威圧感だけは保ちながらキャベツを要求しているのは、王国が誇る騎士であるのだから。
さながら、これは税金の徴収だ。
代金が収まっているのだろう皮袋こそ手にしているが、強制的な取り立てであることは明らかであった。
「そうだ。キャベツを全部買いたい。
無論、代金は用意してある」
じゃらりと音を立てて皮袋を揺らしながら、騎士はそう宣言する。
だが、青果商も、そう言われて簡単に引き下がるわけにはいかない。
何しろ、この日に向けて用意した大量のキャベツは、全て卸し先が決まっているのだ。
それを反故にするなど、商売人の矜持が許そうはずもなかった。
「騎士様……。
ご要望頂いたのはありがたいんですが、今日のキャベツは全て引き取り先が決まってるんでさあ。
神殿から事前に金をもらって、それぞれ、振り分ける料理店が決まっているんです。
言うまでもないでしょうが、誕生祭のためにね」
「無論、理解している。
お前の場合、キャベツを卸すのは、普段から取り引きのある店たち……。
飲み屋街の料理店たちだな?」
そう言われて、青果商はほっと胸を撫で下ろす。
まさか、そこまで理解した上で無体なことは言うまい……。
そのように、考えたからである。
「そこまでご理解されているなら、話は早い。
あっちの方でも、子供たちに美味いキャベツ料理を食わせてやろうってんで、いつもより早く店開きをして頑張ろうとしてるんでさ。
特に、今年は特別だ。
最近になって、新しくできた料理屋があリましてね。
そこで出す料理が、どれも絶品!
ただ、その分高くてね……。
今回は、その料理をタダでガキたちに食わせてやる機会なんですわ」
――最近になって、新しくできた料理屋。
このくだりを聞いた時、騎士がぴくりと眉を震わせたことに、青果商は気づくことがなかった。
ただ、己の意が通じたものと信じ、拝むように騎士の顔を見上げたのである。
「そういうわけで、どうかお引き取りを願えますか?
わたしたらも、これから急いで野菜を届けてやらないといけねえ」
「いや、引き上げるわけにはいかない。
もう一度、同じことを告げよう……。
ここのキャベツを、全て買い上げる。
これなるは、第三王子オスヴァルト様直々の命令であり、逆らうことまかりならぬ」
「だ、第三王子……!?」
自分の願いが聞き入れられなかったばかりか、あまりに意外な名前が出てきたことへ、青果商は目を剥いた。
そして……至極当然な疑問を、口にしたのである。
「そ、その……。
何で王子様が、うちのキャベツを全部買い上げようとしてるんですか?」
「う、うむ……」
騎士は、やや言いづらそうに口ごもったが……。
やがて、気を取り直したように咳払いをすると、はっきりとこう口にしたのである。
「それはだな……。
今日ばかりは、普段と違い昼間に店を開けるといえど、飲み屋街の店というのは、子供らに悪影響であると考えられたからだ。
オスヴァルト殿下は、真に国の未来を憂いておられる……。
未来ある子供たちに食わせるキャベツ料理は、もっと他の……教育に良い場所で提供すべきだとおっしゃったのだ」
「ええ!? そんな急な……。
だったらだったで、もっと早い段階から話をつけるべきじゃないですか?」
青果商に言われ、騎士は少しばかり目を逸らす。
だが、主に賜った命令からは目を逸らさなかったのである。
「どう言われようと、この命令が覆ることはない。
この国において、王族の命令は絶対だ。
どうしても拒むというのなら、それを拒否した罪状でしょっぴかねばならなくなるぞ?」
「で、ですが、すでに神殿からお金も頂いてまして……」
「そちらの方で、返金しておいてくれ。
今回、私が携えた代金にはその迷惑料も含まれている」
「う、うう……」
こうなってしまうと、もはや、青果商に返せる言葉はない。
そもそも、単なる商売人が、鍛え上げられた武人に胆力で抗おうなどというのは、土台無理な話なのだ。
「わ、分かりました……。
かなりの量になりますが、大丈夫なんで?」
「問題はない。
部下と荷車を連れている」
騎士が言う通り、店の前では部下だろう数名の兵が控えており……。
彼らと協力して、市場の外に置いてきたのだろう荷車へ運び込むのだと予想できた。
「では、キャベツを出してくれ。
手際良く運ばねばならないのでな」
騎士に言われ、店の者たちと一緒に、キャベツの入った木箱を次々と表に運び出し始める。
こうして……。
飲み屋街へ届けられるはずだったキャベツは、半ば収奪されるような形で買い占められたのであった。




