Menu07.ソースの秘密 前編
人は言う。
レデラー公爵家率いる黒騎士団が強いのは、苛烈な鍛錬の賜物であると。
それは、間違いというわけではない。
黒騎士団の訓練は過酷を極め、他の騎士団に所属する者が交流としてそこへ加わると、ついていくことさえおぼつかないというのが、通例であった。
だが、黒騎士の一人……ハイモ・ロイリンはこう思う。
――過酷な鍛錬に耐え得る肉体……。
――それを育んでいるのは、騎士団の食事である。
……と。
黒騎士団の伝統として、独身団員は寮暮らしを送るのだが……。
そこで供される三度の食事は、質・量共に充実したものである。
パンは毎日焼き立てのものが提供されているし、肉料理も卵料理も、全てが取り放題であり、食べ放題なのだ。
結婚すれば自分の住居を構えねばならなくなるのだが、中にはここでの食事を惜しみ、見合い話に難渋を示す団員もいるほどであった。
ところで、その食事であるが……。
実をいうと、専属の料理人が雇われているわけではなく、団員たちが当番制でこれを作っている。
これは、古来より、武人にとって料理がたしなみの一つとされてきたからで、騎士団を率いるレデラー公爵は、今もその伝統を引き継ごうとしているわけだ。
そうなると、互いに切磋琢磨し合う関係の騎士団員たちであるから、剣の腕や馬術のそれに加え、料理の腕前でもまた、張り合い比べ合うことになる。
今日のスープは誰それが調理したから、当たりだ。
あいつは悔しがると凝った料理を作るから、今日の模擬戦では思い切り負かしてやろう。
そのような会話が、団員たちの間では日常的に交わされているのであった。
結果、黒騎士団に所属する者は、剣や槍のみならず、包丁を扱わせても相当な腕前になる。
先述の通り、結婚すれば寮を出ていかねばならないため、結婚した黒騎士にとって最初の仕事は、嫁に料理を教えることだと冗談交じりに語られるほどだ。
それだけ、団員の食にかける熱情は高く……。
ハイモもまた、料理へ喜びを見い出すに至った騎士の一人なのであった。
そんな若き騎士が、ここのところ、あれこれと理由をつけては外出し、通っているのがシュロスという店である。
飲み屋街の片隅に存在するかの店は、敬愛するフロレンティアにとって無二の友であるアウレリアが経営しており……。
そこで出され料理は、絶品の一言だ。
無論、香辛料を始め、使われている食材が、貴族階級から見ても高級なものだというのはある。
だが、包丁の扱いしかり、火の通し方しかり……。
全ての面において、確かに磨き抜かれた技が光っており、それに加えて、余人では思いもよらぬ新たな発想が盛り込まれているのだった。
ならば、料理に情熱を燃やす黒騎士が一人として、やるべきことはただ一つだ。
……味を、盗むのである。
それが誇り高き騎士のやることかと、なじってはいけない。
古来より、武芸というものは見て盗み、受けて盗むのがならわしであり、それは料理においても同様なのであった。
そのようなわけで……。
フロレンティアのお供として、みこしを担ぎ来店したあの日以来、ハイモはシュロスへと通い続けているのである。
結果、いくつかの料理は、再現するに至っていた。
代表的なところでは――ハンバーグ。
シュロスで提供されるものとちがい、玉ねぎやパン粉を使ってつなぎ合わせたものであったが、試しに団内で作ってみたところ、これは実に好評である。
何しろ、騎士団長であるレデラー公爵から、直々にお褒めの言葉を賜ったほどだ。
だが、調理した当の本人からすれば、到底満足のいくものではない。
肉は良いのである。
技術力の不足から、アウレリアの調理したものと違う境地へ達するに至ったが、これはこれで工夫の賜物であると納得できた。
問題は――ソースだ。
ハンバーグと共に供される、あのソース……。
主体となっているのは、魚醤と見て相違ない。
それに、ごく少量のおろしにんにくや砂糖を加えることによって、味を整えているのも解明できていた。
だが、それだけでは、どうしても……。
どうしても、あの奥深い旨味が再現できないのだ。
一体、どんな特別な食材を使っているのか……。
それが、ハイモには分からない。
豊富な食材を扱える黒騎士団の調理場においても、あの味へ達せるだけのそれを見つけ出せずにいるのである。
――必ず。
――必ず、ソースの秘密を暴く。
ハイモは今日もまた、その一念で飲み屋街に向かう。
残された機会は――少ない。
少なくとも――今月は。
シュロスの料金は高く、黒騎士の高給をもってしても、日参していては懐がもたないのだ……!
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「お待たせいたしました。
こちら、ハンバーグになります」
ハンベルク公爵家時代からアウレリアに仕えている侍女が、さすがに洗練された動作で熱々のスキレットを供する。
鉄板の上で、じゅうじゅうと音を立てているもの……。
このハンバーグを見ると、何度も食しているというのに、胸の高鳴りが収まらない。
当然、ソースの秘密を暴きたいという探究心によるところが大きいのだろうが……。
例えば、少し気分が良い時。
あるいは、逆に、落ち込んでいて心を上向かせたい時。
そういった時に、何度でも食べたくなる……馳走であるのは間違いないのに、人間の心へ寄り添った素朴さもこの料理には存在するのである。
まさしく、これを生み出したアウレリアの人柄が表れた料理であるといえた。
そんな素晴らしき料理に……小さな容器へ入れられたソースを、かける。
――ジュアッ!
熱々のスキレットにソースが何滴か落ちて、焦げ始めた。
当然、わざとである。
こうすると、焦げたソースはなんともいえぬ香ばしい匂いを発し……それが、ますます食欲をかき立てるのだ。
だが、今はその香りに陶酔している場合ではない。
――分からぬ。
――こうして、わざと香りを出してみても、一向にその秘密が分からぬ。
鼻をひくりと動かしながら、そのようなことを考えた。
だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
東方貿易会社の人間や、他の人間からここを紹介された者など……。
フロレンティアと同席してしまわぬよう遅い時間を選んだというのに、客の数は多い。
良縁に恵まれた結果、シュロスは店の規模から考えれば、十分な繁盛をするようになっているのである。
非常に雰囲気の良い店であるが、その居心地良さは、訪れている客の協力があってこそ、生み出されるもの……。
不審な行動によってそれを壊すなど、ハイモの騎士道精神が許さなかった。
ゆえに、さっさと食す。
食して分かったのは、この料理が何度食べても美味いこと……ただそれだけだ。
ソースの秘密は、やはり分からない。
――今日も収穫はなしか。
美味な料理を食べた満足感と、身勝手な敗北感を味わっていた時、その声は響き渡った。
「アウレリア様! お久しぶりです!」
騒々しくドアを開いて現れたのは、明らかに異国人の特徴を備えた少女だったのである。




