Menu05.友がための粥 後編
この数日……。
アウレリアがハンベルク公爵家を追放された件について、貴族家子女たちが漏らした感想はといえば、大別して二つに分けられる。
――まあ、変わった方でいらしたから。
――あの方の妹が新たな婚約者となったようですけど、しょせんは急な決定。
――割って入る余地も、あるかもしれませんわね。
……このようなものだ。
しかも、遠回しにこのようなことを漏らした令嬢たちは、いずれも、かつてアウレリアと表面上は仲良く付き合っていた者たちなのである。
フロレンティアはそれに、吐き気をもよおすような感覚を覚えた。
なるほど、貴族社会というものは、蹴落とし合いの世界でもあるだろう。
だが、それならば、他者の足を引っ張るでもなく、あざ笑うでもなく、ただ、己を高めることで実現すればよいのだ。
カウンター越しから、調理している親友の姿を見ていると、なおのことそう思う。
やりたいこと……。
そして、成すべきことをしている彼女の姿は、同性の目から見ても――美しい。
彼女がこの店を開いたのは、薫陶を授かっていた先代ハンベルク公爵の影響か、あるいは遺言の類であろう。
実に……。
実に美しい店であり、もてなしの心に溢れた空間であると思えた。
建物の造りから、調度一つ一つに至るまで、およそ庶民の発想が及ぶようなものではない。
しかし、彼ら平民を拒んだり威圧したりするような色はなく、ただただ、知られざる世界と時間へ誘うような配慮がなされているのだ。
――かなわないわね。
ふと、そんなことを思う。
何事につけ、派手なものを好み追求する自分では、決して生み出せない店なのである。
と、そんな考えと共に視線を向けていたから、勘違いさせてしまったのだろうか。
「ごめんなさい、フロレンティアさん。
さっと出せればよかったのだけど、今ある材料と皆さんの状態とを考えれば、これが最良の選択だと思えて……」
「構わないわ!」
申し訳なさそうに、自分や席へ着いたお供たちを見やるアウレリアに、力強く答えた。
「いきなり押しかけたのは、こちらだもの!
それに、アウレリアさんがわたくしたちのことを考え抜いて作ってくれている料理……。
ますます、期待が高まるというものよ!」
言い終えると同時に、供されていたコップの水を飲み干す。
すると、第二の幼馴染というべき侍女――マルガレーテが、即座におかわりを注いでくれた。
「おーほっほっほ!
待っている時間もまた、料理の味を高めてくれる調味料なのよ!」
料理の出来上がりを待つ間、フロレンティアは表まで響くような高笑いを上げ続けたのである。
……なぜ、そうするのかは分からない。
ただ、魂がそうさせているというのは間違いなかった。
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「お待たせしました。
異国――キョウカ風の粥です」
マルガレーテの手によって、フロレンティアのみならず、供たちにも供された料理……。
それは、白磁の深皿によそわれた……。
「お米を使ったお粥ね!
しかも、肉の団子が入っているわ!」
まさに今、口にした通りの料理であった。
主体となっているのは、熱々の米粥であり……。
具材となっているのは、肉団子とネギだ。
色合いが寂しくならないよう、リーキが散らされているのは、実にアウレリアらしい……細やかで嬉しい気遣いである。
「ほお……」
「食欲をそそる香りだ……」
お供として引き連れてきた騎士たちが、そのような言葉を漏らす。
彼らが言う通り……。
粥からは、鶏ガラを丁寧に炊くことでしか生まれない香りが漂っており、それが鼻孔を通じて、空の胃袋を殴りつけてくるかのようであった。
時間は、すでに昼近い。
アウレリアの狙いを半ば察しつつも、匙を手に取る。
「おーほっほっほ!
さっそく、頂きますわ!」
高笑いと共に、実食が始まった。
まず、シルバーを入れて感じられたのは、米のとろみである。
ぐずぐずになるまで、煮込まれてはいない。
しっかりと形は残しつつも、確実に消化は良くなる潮目が見逃されていなかった。
そして、これを思い切り――食す。
瞬間、起こったのは至極当然の結末である。
「熱っつ!
……ですわ!」
熱々の粥を思い切り食べたものだから、味など感じる暇などなく、火傷しそうな熱さに口中を支配されたのだ。
「フロレンティアさん! 大丈夫ですか!?」
「お嬢様!」
「慌てて食べてはいけません!」
アウレリアのみならず、お供たちまでもが慌てた声を上げてしまう。
「も、問題ありません……。
次は、少し気をつけて食べますわ」
フロレンティアは、そんな彼女らに水を飲みながらそう答えたのである。
気を取り直し、再度、粥を口に運ぶ……。
ちゃんとふーふーしてから食べた結果、広がったのは……鶏出汁の旨味。
そして、米という穀物に眠った淡く深い甘みであった。
ただの鶏ガラスープでは、こうはいかない。
とろりと焚き上げた米に吸わせることによって、出汁は確かな食いでを手に入れ、吸った米の方もまた、自身を食させるだけのはっきりとした味付けが付与されているのだ。
まさに、手を取り合った結果生まれる勝利……。
まるで、自身とこれを作ったアウレリアのような関係性なのである。
具材となっている肉団子は……やわく、一口噛むと、口の中でほろりとほぐれた。
これをよく噛むと、ほぐれた挽き肉の一粒一粒が、肉の旨味を弾けさせてくれるのだ。
アウレリアの得意料理であり、彼女の祖父が好んだハンバーグは、何回か食したことがある。
だが、それとは明らかに異なる食感であった。
おそらくは、卵などを混ぜているに違いない。
そうすることで、この粥の具材とするにふさわしい、ふわりとした仕上がりになっているのだ。
散らされたリーキは、料理に青色を生み出しているだけでも確かな功績があるものの、風味の方も存外と侮れない。
淡い香味と甘みが、確かに薬味として、この粥を一段階上の品へ昇華させているのである。
その上、生のまま散らされたこれは、時間と共に熱が通っていき、少しずつ風味と食感を変えて楽しませてくれるのだった。
「なんと温かで、空きっ腹に染み入っていく品だ……」
「それだけでなく、食いでもあり、食べると力がみなぎってくるようだ」
お供たちの漏らした感想……。
それこそが、心の友――アウレリアの狙いであるに違いない。
遅い朝食。
あるいは、早めの昼食と称すべきこの食事。
両者に求められる要件を、この粥は見事に満たしているのだ。
まさに、今、フロレンティアとお供たちの体が求めていた料理なのである。
気が付くと……。
フロレンティアとお供たちは、供された粥を食べ尽くしてしまっていた。
体が熱く火照るのは、食べた粥の熱が体内に宿っただけではなく……。
アウレリアの心遣いが、そうしてくれたに違いない。
「実に美味……。
いえ、染みてくる料理でしたわ……」
ハンカチで口を拭きながら、親友の料理を褒め称える。
「是非、またいらしてください。
今度は、夕食のお時間に……」
「ええ、必ず。
さあ、皆さん、行きますわよ!」
マルガレーテに支払いを済ませていたお供たちと共に、表に出た。
表に出て、やるべきことは――一つ!
「なんだか力が溢れてきましたわ!
このまま街中を練り歩いてお腹を空かし、再び夜に舞い戻ってきますわよ!」
「え?
アウレリア様が言ってたのは、そういう意味では……」
表で見送ろうとしていたマルガレーテが何か漏らすも、それは耳に入らない。
「さあ、行きますわよ!」
――セーイ!
みこしに乗った状態でお供たちに担ぎ上げられ、いざ行進を開始する。
そのまま、王都中を意味もなく高笑いしながら練り歩き続け……。
再び、今度は営業時間へのシュロスへと舞い戻ったのであった。
……と、そんなお話。
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