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98.女王の騎士


 王城の謁見の間に柔らかい陽の光が差す。


 女王の前で僕は膝をついた。


 剣を手にしたエルが立ち、白銀の刃を水平にして僕の肩をそっと叩く。


 叙勲式典だ。


 まるで保護者のように、メイとシャチ子が後方で腕組みどや顔。


 儀式を終えてエルが玉座に戻る。


「これよりセツナ・グロリアスを王国名誉騎士とする。こたびの国の存亡に関わる危機を打ち払ったこと。私の成人の儀で見せた功績に報いたいのだけれど……」


 侯爵の椅子が一つ空いた。

 そこに座らないかって打診を女王から受けたんだけど、分不相応だ。


 領地も館も必要無い。管理が大変だし、僕らにはやらなきゃならないことがある。


 立ち上がりエルに告げる。


「名誉だけでも身に余る光栄です陛下」

「んもぅ……やっぱり王都に引き留めるのは無理なのかしら?」

「すべてが終わったら、またご挨拶にうかがいますから」


 女王が手招きした。


「なんですか?」

「いいからちょっと耳を貸してちょうだい。女王として我が騎士セツナに命じるわ」


 騎士になった最初の仕事がコレらしい。

 近づき再びひざまずくと、耳元に甘い囁きが忍び寄った。


「婚姻の話、まだ有効だから」

「はい?」

「私と契ってもいいってことよ」

「それは……」

「わ、わかってるわよ。言わなきゃ後悔するって思っただけ。下がっていいわ」


 耳まで顔を赤くして女王はフフンと鼻を鳴らした。


 慕ってもらえて嬉しい。

 エルは良い子だし、きっと民を慰撫する立派な為政者になると思う。

 まだ頼りないところもあるし、支えてあげたい気持ちもあった。


 けど――


「僕らには進まなければならない道がありますから」

「そう……よね。いいわ。困ったらいつでも戻ってらっしゃい」


 それがエルの出した結論だ。

 女王は続ける。


「ところで、商人ヴィリエが持っていた海運網なのだけれど……」

「なにか問題があるんですか?」

「大ありよ! トップが突然姿をくらましたんだもの。どうにかしなさい。お願いします」

「命令してるのに最後が締まりませんね女王陛下」


 ちょっとメイの口ぶりに似ているし、エルにも伝染したのかな。


「このままじゃ物流が滞りかねないわ! 特に輸送船の船主たちが利権の主張をしはじめて……前任者はよっぽど有能だったみたいね」


 なるほど。ヴィリエ……海魔神官エビルは上手くやっていたらしい。

 もしくは配下に隷属の首輪でもはめていたか。


 アビス亡き今、支配のスキルは消え去って、この世界から隷属の首輪は消滅した。


 もう誰も騙されて奴隷にされるようなことは無くなったんだ。


 エルがじっと僕を見つめる。


「何かアイディアはないかしら?」


 船というと一人だけ、心当たりがあった。


「でしたら……」


 砂の海で世話になり、ともに戦った女船長の名前を挙げた。


 イレーナは組織が大きいほど活躍できる人物だ。一隻に収まらない指揮スキルがあれば、海運網の穴を塞いでくれるかもしれない。


 エルは「イレーナ船長ね。わかったわ。それにしても……女の人の名前……やっぱりモテるのねセツナって」と、小さく頬を膨らませた。


「た、たまたまですって」


 女王はため息交じりだ。


「じゃあ、最初の約束通り……王家の書庫の鍵はもう開いてるわ。フフン……神のスキルの持ち主はこちらでも探してみるから」


 メイを人間にする方法――


 一つは神のスキルを持つ人間を探す。

 ただ、それほどのスキルを持った人間が実在するなら、どこかで頭角を現していてもおかしくない。


 アビスが王国中を探しても見つからなかった以上、スキルをもった人間が気づいていないか、その力の大きさを恐れて隠し続けているのかもしれない。


 もう一つの手がかりを僕らは探すことにした。


 聖祖ルシフの足跡をたどる。

 さかのぼって行き着く先は、神の庭だ。


 そこに行き着く手段はないのかもしれないけれど。



 三日が経過した。

 神のスキル持ちの情報は無し。


 僕らは書庫で調べものの日々だ。聖祖ルシフの足取りについて手がかりは一つでも多い方が良い。


 といっても資料探しは僕の担当で、メイとシャチ子は本の海に船出していた。


 本で人間の言葉を学んだクラゲ少女には宝の山だ。


 シャチ子が絵本を読み聞かせ、メイはわくわくしっぱなし。


 しばらくハードな日々が続いたし、息抜きにぴったりだな。


 メイが気になるタイトルを棚から持ってくる。


「シャチ子よ! 次はこちらを朗読しなさいお願いしますから」

「はいメイ様。えーとタイトルは……女王悶絶濡れたつぼみの……」

「どうしましたか? 続きを読むのですよ」

「この本はやめましょう」

「なぜですか!? メイの学習機会を奪いますか?」

「なぜもなにもありません。せめて黙読なら」

「それじゃあメイのお勉強になりませんが? 立派な人間の淑女になるためには、教養が必要ですからね!」

「他の本にしましょう」

「ダメですこの本ですね!」


 シャチ子が泣きそうな顔で僕に無言の助けを求める。


「どうしてその本じゃなきゃいけないのかな?」

「女王が悶絶ですから。エルちゃん様は先生が好きでしょうとも。メイは戦い辞さない。つまり女王悶絶の秘密さえ知っていれば、これで勝つるのですね? わかります」


 たぶんメイが思っているないようじゃない件。

 あと、こんな危険なタイトルの本を、王家の書庫に収蔵している意味がわからない。


「どこにあったんだい?」

「あっちの暖簾で隠された先にあるピンクの可愛い本棚ですが?」


 十八禁おとなむけコーナー作ってる。誰の趣味かはわからないけど。

 もしかして先代のニュクスだったりして。


 ここまであえて見ないようにしてきたけど、聖祖ルシフの秘密について記された書物があるかもしれない。


 後回しにしてきたけど。


 ほんの少ししか話すことができなかった先代女王ニュクスは、どことなく悪戯好きな気がした。



 行くしか無い。

 僕はピンクの書棚が集まる一角へと歩き出した。


 背中側からシャチ子が叫ぶ。


「ど、どこへ行くのだセツナ様!」


 メイが「書庫ではお静かにですよ」と、シャチ子の口元に人差し指を当てる。


「二人はそこで待ってて」

「せ、先生を待つのはメイの務めですから。ほら、先生が帰ってくるまでシャチ子はメイに本を読み聞かせて?」

「行くなセツナ様ッ……頼む……このままでは」


 絞り出すような制止の声を振り切って、僕は大人の階段……もとい暖簾をくぐり抜けた。


 無数のアレやコレやの本の中に――


「王家の秘密流出裏文書……コレなわけないか」


 一応、中身を確認してみるけど。



 で、調べた結果――


 当たりだった。


 天の神からスキルを盗み出し、追放された聖祖ルシフが最初に降り立ったのは、砂の海の「どこか」らしい。


 裏文書に描かれた絵図の中心には金字塔が建ち、砂漠とオアシスに遠き冠雪した山嶺、そして満月と星々が描かれていた。

お読みいただき、ありがとうございます!


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