95.意外でも無い伏兵
エルが壇上で宣言した。
「アビス侯爵は大罪人ね。調べれば悪事の証拠はいくらでも出てくるわ……フフン。そんな男に王国の未来は託せないわね」
聖女が頷く。
「じゃぁじゃぁ無しだねぇ。この婚姻の儀は教会トップの聖女的にもNGって感じ?」
チェーンが吠える。
「教会の人間としてアビス侯爵を告発する。加担した者たちも本来であれば同罪……だが、侯爵のスキルの性質上、操られていた可能性を考慮してやっぞ。捕まりたい奴だけかかってこいやコラァ!」
空気が変わった。状況は一変。雨音は遠のき天が祝福するように日差しが復活すると、聖堂内がステンドグラスの神々しい輝きと彩りで満たされる。
侯爵のシンパたちは沈黙した。自分が支配系のスキルを受けていたのかもしれないという、疑心暗鬼が渦巻いている。
アビスが嗤う。
「ああ……面倒くせぇ。本当は女王になる前に婚約指輪で支配しちまうつもりだったのによぉ。聖祖の加護をもっちまったんでコイツも効かねぇんだろうなぁ」
侯爵は上着のポケットから指輪ケースを取り出した。
赤い石のついたリングだ。
この石にアビスのスキルが込められている。
以前、冒険者の首輪を「戻し」た時、石は何かの生物の血液に変わったんだ。
血を加工して石に変える技術は、海魔族由来の錬金術らしい。
アビスはリングケースごと指輪を握りつぶした。
ヴィリエが眉尻を下げる。
「閣下。何をお考えですか?」
「なぁ……あとは神のスキルをもった人間を探して、聖祖の加護を俺に移すはずだったんだよなぁ? 俺はこの世のスキルすべてを支配する真の王になる……そうだよなぁ?」
「ええと……」
「どこで俺らは間違ったよ」
「それは……」
ワイン商人の視線が僕に注がれた。
アビスが口元を緩ませる。
「だよなぁ。このガキさえ王都にひょっこり現れなきゃ、いずれ玉座は俺のものだった。運命ってのは残酷だ」
エルが壇上から侯爵を指さす。
「認めるのね……フフン……」
「だったらなんだ。それがどうしたよ?」
追い詰められてアビスは開き直った。
場内の貴族富豪に声を掛ける。
「俺につくやつはいねぇか?」
反応は無い。
アビスは天井を見上げた。
「手に入らないんなら……王国なんざいらねぇ」
赤い上着を脱ぎ捨てて巨漢がバージンロードを歩む。
何をするつもりだ?
見つめる先にエルがいる。
まずいッ!? ヴィリエの手を払いのけ僕が一歩踏み出すと――
ワイン商人に肩を掴まれた。
「――!?」
なんで僕を止めようとしたんだこの人は。
考えている場合じゃない。
アビス侯爵が壇上に迫り丸太のような腕を伸ばす。
「アビスを捕らえよ!」
衛兵たちにエルが指示する。が、侯爵の人にらみで衛兵たちの足がすくんだ。
侯爵が吠える。
「俺が破滅する? だったら人間みんな道連れだ!」
この男……エルを殺すつもりなのか!?
もし女王が害されれば、聖祖の力が失われて……人間すべてからスキルの力が消えてしまうかもしれない。
僕が止めるよりも早くアビスがエルに襲いかかる。
チェーンはとっさにプリムを背に庇った。
ダメだ……間に合わない。
いつも僕は判断が遅れる。状況を観察してしまう。
まさか自棄を起こしてエルを手に掛けようとするなんて。
最悪の事態に――
白いローブ姿の女が信徒の集団から飛び出すと、アビスに跳び蹴りを食らわせた。
「死にたくなければこの場から立ち去れ人間ども!」
衣を脱ぎ払うと、その下から顔を現したのは女剣士シャチ子の姿だ。
もう一人、ローブを脱いで触手ツインテールで出口を指し示す少女がいた。
「みんなあっちに逃げてくださいね! わかりますか!?」
メイだ。信徒の女性たちの避難誘導を始めた。
蜂の巣を突いたような勢いで、貴族やらのお歴々が我先にと聖堂から逃げていく。
入り口付近はパンク寸前だ。
蹴りを食らったアビスは軽く後ろに数歩下がっただけで、依然健在。
シャチ子の不意打ちにびくともしない。
侯爵が女剣士に犬歯を剥いた。
「どうしてお前らがここにいる?」
「答えてやる義理も無いが教えてやろう。エルの手引きだ。牢獄暮らしとは名ばかりの快適な休暇だったぞ」
メイも「そーだそーだ! 三食昼寝つきにおやつタイムと毎日お風呂だー!」と声を上げた。
僕と離れている間、二人はちゃっかり休暇を楽しんでいたらしい。
アビスが眉尻を上げた。
「どけよ海魔族。エルが死にゃあそっちに有利だろうに? スキルがなくなって人間はただ数が多いだけの家畜に逆戻りだろうが?」
そうなれば世界の均衡は崩れるだろう。
海魔族の過激派が「器」を求めるのも、強い海魔王を必要としているからだ。
力は持つだけで行使しなくとも抑止になる。
今のメイでは役割を果たせないから、狙われる。
けど、人間が弱体化すればメイが海魔王にならなくてもいいかもしれない。
女剣士は腰の月光を抜き、突きの構えをとった。
「友人を見殺しにはできぬ」
エルの目に涙が浮かぶ。
シャチ子はすべてわかった上で、人間の女王を守ることを決断したんだ。
アビスが唸った。
「バカかお前は?」
「貴様から賞賛されようが罵倒されようが関係ない。動けば斬る。私はセツナほど甘くはないぞ。前女王を害した刺客と同じ……海魔族なのだからな」
シャチ子の目は本気だった。
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