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94.追い詰めていこう

 脇に控えていたメイド長が登壇した。


 エルにひざまずいて頭をたれてから進言する。


「女王陛下。内偵の結果を報告してもいいか?」

「少し改まった口調だけど相変わらずねチェーン……フフン……いいわよ」


 許しを得て特攻服メイドは立ち上がった。


「アビス侯爵は匿名を装い、王国辺境の教会が運営する孤児院に寄付をしていたようだぜ。この十年ほどは特に熱心にな」


 聖堂がざわついた。ひけらかさず善行をしつづけたことに、感激する輩もいる。


 当のアビスは額に汗を浮かべた。


「それがどうした? 聖女付きのメイドよ」

「果ては新大陸の孤児院にも手を伸ばしたっつーじゃねぇか。一方で王国の近隣の孤児院は無視している。徹頭徹尾な」


 エルの眉尻が上がった。


「どうしてかしら? 私に嘘をつかないというのなら、正直に理由を答えられるわよね侯爵?」

「王都近隣はよぉ……中央のまつりごとの範疇だろうが。俺は隙間から落ちた連中を拾ってやっただけだ」

「どうして匿名にしたのかしら?」

「ひけらかすばかりが功績じゃねぇだろ」


 ここまでは筋が通っている。

 女王の視線が僕に向いた。


「突きつけてあげてセツナ」


 エルにうなずいて返し、僕はアビスを見上げた。


「侯爵は隷属の首輪を作り出し、それを奴隷商人にくばり与えてスキル奴隷にしていたんですよね?」


 僕の運命を変えた呪具だ。


「…………」


 再び巨漢が黙り込む。


「辺境や地方で行ったのは中央に知られないようにするため。名前を伏せたのも非道な行いをしている自覚があったからではありませんか?」


 僕は聖堂に集まったお歴々に……そして王国中に向けて自分が受けたことを告白し、告発する。


 自身がスキル奴隷にされたこと。首輪で繋がれ船で運ばれた事実。


 スキル奴隷商人の元締めはアビスだ。


 場内がざわつく。


 アビスが握った両の拳を振り上げた。


「だから証拠を出せと言っているだろうがッ!!」


 チェーンの手には帳簿があった。


「教会の情報網を駆使して証言を集めた。私腹を肥やすためにしていたものもいれば、孤児院運営の費用を工面するためだという者もいたぜ……侯爵さんよぉ」

「でたらめだ。でっち上げの証拠だろうが!」

「役人に金を握らせて地方教会の財政を圧迫してたそうじゃねぇか? 見落としたオレたちにも落ち度はある。だからよ……名誉挽回だ」


 メイドが一同をキッと見回した。


「聖女プリムの名の下に、何人かこの場でゲロらせてやってもいいんだぜ?」


 チェーンの言葉だけなら誰も信じないだろう。


 聖女プリムがほっぺたを膨らませる。


「やっちゃうよ~♪ だいたいチェーンちゃんの調べたことを嘘っていうのやめて欲しいなぁ」


 神託の聖女が全幅の信頼を置く。これには侯爵もイチャモンをつけられない。


 会場内のアビス派がざわついた。誰もがメイドの視線から逃げるように顔を背ける。


 チェーンがエルを睨む。


「侯爵の専横を許したのは王族の責任でもあるんだぞエル?」

「そうね。母上はもういない……全責任は私にあるわ」


 新女王の表情が引き締まる。声は涼やかに王国中に響き渡った。


 特攻服メイドが胸を張って「あとは任せるぜ」と僕に白い歯を見せる。

 頷いて返した。


 真実は時に残酷だ。


 きっと――


 育ててくれた孤児院のシスターも、すべて知っていたんだと思う。

 僕は売られたんだ。


 恨む気持ちは無い。

 仮にも十五歳になるまでは、育ててもらえたのだから。


 孤児院がお金に困っていたのは知っている。

 援助が滞っていたのはアビスの圧力のせいだ。 


 もし誰かを恨むなら、目の前の大男だ。


 そして――


 もう一人。


 僕は手荷物の中から隷属の首輪を取りだした。


「これは復元した首輪です」


 先日、エルの護衛としてアビスが連れてきた冒険者たちを、首輪から解放した際に……こっそり分解したものを戻したのだ。


 留め金の一つでも持っていれば「戻す」ことができる。


 それが僕の「時間」スキルだから。


 アビスの目が丸くなる。


「そいつをどこで手に入れやがった?」

「エル陛下が成人の儀を執り行う前、護衛の冒険者を連れてきましたよね? あのとき、バラバラにしたものをこっそり回収しておいたんです」

「…………」


 絶句が返ってきた。自信家の大男が反論できずにいる。沈黙が心地よい。


「では続けて質問します。エル陛下の御前です。聖女プリム様もいらっしゃいます。くれぐれも偽ることがないようにしてください」

「……お前は何様だ……」


 ノイズは無視して突きつける。


「アビス侯爵は隷属の首輪をどこで、誰から手に入れたんですか?」

「……知ってどうする?」


 エルが「答えよ!」とぴしゃり。

 侯爵の視線はワイン商人に向けられた。


「ヴィリエさんからですね?」

「…………」


 エルが「証人となる商人を前に……って、別にそういうつもりないわよ」と、慌てて取り繕う。


 別に言わなきゃ誰もダジャレだのとは思わないのに。


 ヴィリエが歩み出る。


「はい。ワインの傍ら、手広くやらせていただいております」


 商人は一礼する。

 エルの視線は氷のように冷たい。


「それは人間も……かしら? 侯爵と共謀しスキル奴隷の売買を裏で取り仕切っていたって話よね?」

「はて……なんのことやら」

「首輪については海魔族の技術が用いられていると耳にしたわ……フフン。無礼めないでちょうだい。いくらアビスのシンパが多くても、こっちにだって信頼できる人間はいるんだから」


 調べは全部ついている。と、エルは強気を見せているけど、ブラフだ。


 実際のところ、ヴィリエは王国の海運流通に大きな網を張っていて、数日で洗い出すことなんてできなかった。


「私が何をしたというのでしょう? 顧客のために品物をご用意したにすぎません。悪事を働いた証拠があるというのですか?」


 本来ならここで詰み。


 だけど――


 壇上の聖女が手を振った。


「三年先の予定だったけど、神託しちゃった♪ なんかぁ……悪いもの? 悪者? みたいなのがいっぱいでてきたのぉ。おっどろき~! みたいな」


 黒確定。実際に神託の成否はどうあれ、王国民が信じるのは聖女だ。

 ヴィリエは「ほぅ」と驚きの声を上げた。


 僕を見てワイン商人は目を細める。


「やってくれましたねセツナさん」

「いい人だと思ってました」

「私は善意しか持ち合わせていません」

「善人なら正直に答えられるはずです。アビス侯爵の権限で、城への物資搬入を任されていましたよね?」

「ええ……それがなにか?」


 どこか人を食ったようなところのあるワイン商人から、緩みが消えた。


「商人の貴男は海魔族とも繋がっている。前女王ニュクス様を襲った刺客を搬入物に紛れ込ませて潜入を手引きしたのは……ヴィリエさんですね」

「可能だったかもしれませんが、さて……もしかしたら狡猾な海魔族が、たまたま私の荷馬車に入ってしまったのかもしれません」

「警備の担当者の証言では『アビス様の大切な品』だとして、検査を抜けた馬車があるとのことです。指示をしたんですよね?」


 証言を拒否しようとした警備兵には、復元した隷属の首輪を使って素直になってもらった。


 会場内のざわめきが強くなる。


 大詰めだ。


お読みいただき、ありがとうございます!


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