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92.婚姻の儀

 密会の夜から数日――


 王都の中央大聖堂に貴族や大商人が集まった。

 権力者の見本市だ。


 全員殺せば国が傾く。そんな状況に思えてならない。


 ゆえに警備は厳重。

 蟻の這い出る隙もない。


 僕は列席者の末尾に付け加えられた。


 顔を上げる。隣にワイン商人の姿があった。


 思えばこの人物とは奇妙な縁で繋がっている。


 港町で出会った時には、まさか王都で……しかも王族の結婚式で同席することになるなんて。


 ――偶然も三度続けばなんとやら。


 ヴィリエは首を傾げた。


「浮かない顔ですね。記念すべき日ですよ? 歴史の生き証人になれるなんて、光栄だと思いませんか?」

「ヴィリエさんはこの結婚に賛成……なんですよね」

「閣下にはご愛顧いただいておりますから。祝福するのは当然かと」

「王国民はどう思うでしょうか」

「式典の模様は王国中に流されています。きっと誰もが美しき女王と勇ましき王配の姿に、歓喜するでしょう」


 神殿都市のメイド武闘会の時と同じように、魔導具を使って今日の模様は全国に中継される。


「派手好きな侯爵閣下が手配したんですか?」

「国民に威をしらしめるため、エル陛下からの要望だとうかがっております。アビス閣下も賛同なさっておられました」


 晴れやかな婚姻の儀……だが、空は厚い雲に覆われて小雨交じりだ。


 ステンドグラスも照らす太陽がなければ輝かない。


「空は祝福していませんね」

「慶事には変わりませんよ。天候で占うだなんてナンセンス」

「神託は信じるのに……ですか?」

「あれは聖女様のスキルですから」


 ワイン商人は目を細める。


「式典後の祝賀会に極上の赤ワインをご用意いたしました。セツナさんも是非、味わってください」


 ヴィリエは今や王室御用達の大が三つくらいつく商人だ。


 厳かなパイプオルガンの音色が響く。

 

 婚姻の儀の見届け役として聖女プリムが祭壇に立った。


 特攻服メイドのチェーンがそばに侍る。


 聖女の登壇に合わせて、白いローブを身にまとった信徒女性たちが集う。彼女らは目深にフードを被っていて、各々が祈りを捧げた。


 式典の幕が上がる。

 

 侍従が扉を開き、純白のドレスに身を包んだエルが会場に姿を現した。


 誰もが息を呑む。


 すごく綺麗だ。大輪の白バラが咲き誇ったみたいに。

 隣に立つのは派手な赤い礼服を着込んだ大男。


 本来なら白と白なのに。特例で赤を着込んで満足げな侯爵が、左肘を差し出した。


 エルは手を添え半歩下がって赤い敷物の上を歩く。


 二人が僕の前を通過する刹那――


 アビスは立ち止まって言う。


「式に出てくれたってこたぁ……祝福してくれてんだよなぁセツナ?」

「僕には最後まで見届ける義務がありますから」

「フン……まあいいさ。ともかくこれで王国は安泰だ。大人しくしてりゃあ、あの二人に恩赦を与えてやらんこともないぞ」


 メイとシャチ子は生きている。生かされている。


 エルを手に入れた侯爵には、なりそこないの海魔王なんて眼中にないんだろう。


 下手に処して「器」の権利が他の海魔族に渡れば、そいつ次第で海魔の国が一つになり、王国に刃向かうかもしれない。


 シャチ子を人質にすればメイも大人しくなる。


 そして、僕も。


 メイが無事な理由が、メイが捨てたがっているものなのは皮肉だ。


「二人に手出しをすれば、僕はあなたを許さない」

「王族を裁くつもりかガキ。まるで神様気取りだな。あんまり調子に乗るんじゃねぇぜ。なあ……エル?」


 白無垢の女王は目を伏せた。口もつぐむ。


「ったく、辛気くせぇのは天気だけにしておけよ。けどな、きっと良い思い出になる。いや、してやるよ。俺が王国をさらなる繁栄に導いて、今日という日が世界を変えた一日だったと証明してみせる」


 力強く宣言するとアビスはヴィリエに目配せした。


「祝賀会の準備、万事整っておりますアビス侯爵」

「その呼び名は昨日までだな」

「はい……アビス公」

「今日まで良く尽くしてくれた。礼を言う」

「アビス公ご自身の力ですとも」

「俺ぁ……王になるぞ」

「最後までお供いたします」


 侯爵閣下は公爵に格上げだ。今は王配だけどゆくゆくは自身が戴冠して玉座を得る。

 新女王を前に公言できるほど、アビスの勢力は強い。


 ニュクス前女王はそこまで読み切っていた。


 自身の死が引き金になってアビスが動き出すのが解っていたんだ。


 だから――


 聖祖ルシフの加護を用いて眠りについた。


 エルの力となって成人の儀をこなせる者が現れると信じて。


 僕は拳を握り込む。他に方法は無かったんだろうか。


 時間スキルでも戻せない。僕自身、力を知れば知るほど死者を生き返らせるのが、正直怖い。


 ニュクスの計画を壊してしまうことにもなりかねないし。


 アビスにエスコートされてエルは歩き出した。


 彼女のドレスの背中側は大きく開いていて、王族の証たる片翼の痣が見て取れる。


 新郎新婦が登壇し、聖女プリムの前に立つ。


「んとね~。エルちゃん……ホントに結婚しちゃうの? 幸せなの?」

「…………」


 ゆるふわな聖女の問いかけに新女王は応えない。

 アビスが告げる。


「なあ聖女よ。とっとと始めてくれねぇか」

「えーとぉ……じゃあじゃあアビス侯爵に質問ね。エルちゃんを心から愛しますか?」

「当然だ。この俺が必ず幸せにしてやる。もう何も心配しなくていいように、すべてを与えてやろう」

「嘘はついてませんか?」

「ん? そんな質問、段取りにゃ無かったが……まあ、当たり前だ。嘘はつかん」

「聖祖に誓って?」

「誓うとも!」


 野太い声が響く。さながら猛獣の雄叫びだ。


 ヴィリエが拍手をすると参列者たちも釣られて手を叩く。喝采が雨音をかき消した。


 プリムがエルに向き直る。


「エルちゃんに質問ね。アビス侯爵を心から愛しますか?」

「……フフン」


 ずっと暗く沈んだ顔をしていたエルが不敵に笑う。

 アビスが首を傾げた。


「この期に及んで無しってのは無しだろ。王国中が注目してんだぜ? 王家の面子面目丸つぶれにするつもりか?」

「ええ、そうね。その通りよ。式典に参加した全員が証人。この模様を見ている国民が証人になるわ」

「だったらとっとと宣言しろよ。俺を愛するってなぁ」


「嘘をついていないならね」

「嘘だぁ?」

「つきすぎてどれかわからないんでしょう?」

「いいか小娘。なんの後ろ盾もなかった人間が、今や王国の大貴族にまでのし上がり、ついには王配の位に就こうとしてんだ。権謀術数無かったとは言わん。正直だろ? 俺なりの誠意だぜ?」


 空気が変わった。

 重厚なパイプオルガンの音色がピタリと止む。


 エルは薄紅色の唇を開いた。


「残念だけど……私には他に好きな人がいるわ。この婚姻の儀はアビスに無理矢理させられようとしているの」

「婚姻の儀までして俺に恥じをかかせようってのか?」

「貴方が王配に相応しければ承諾するつもりだったわ。王国のためにね」

「他にいるか? この国を背負っていける度量と器量をもった男がよぉ?」


 参列の中から僕はバージンロードに歩み出た。


お読みいただき、ありがとうございます!


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