91.矢は放たれた
女王の葬儀は密やかに執り行われた。
メイとシャチ子は城の牢獄に入れられて、僕だけが残る。
皇女……いや、新女王のエルは葬儀の間、涙の一粒もこぼさなかった。
泣き虫な彼女らしくないけど、母親が突然殺されたんだ。
無理もない。そう、思うしかない。
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草木が眠り月が雲に隠れたころ――
僕は独り、王城で与えられた客室に軟禁状態だった。
女王の死は王国民にはまだ伏せられている。
知るのは限られた一部の者のみだった。
メイとシャチ子は囚われの身となって、王城の地下牢に幽閉されたまま。
ニュクス女王殺害の疑いは晴れていない。
二人がそんなことをするはずがないことは、エルも解っている……はず。
だから容疑者として収監されている状態だ。
裏でアビスが暗躍を感じた。メイたちを犯人扱いしたのは侯爵だ。
侯爵邸でガンガーゼの強襲を受けた際、メイとシャチ子が居合わせた。
王城ほどじゃないけど、アビスの屋敷も警戒は厳重。
なのにあっさり侵入を許したのは、内部で手引きした者がいるからだ。
それがメイとシャチ子で、自分たちが襲撃されたと偽って、あわよくば王国の重鎮たるアビスの命を狙っていたのかもしれない。
皇女を狙うはずが、手違いで刺客はニュクス女王を害した。
幸運にも王位継承者として成人の儀を終えていたエルに力が引き継がれた。
女王の死は王国民を悲しませるだろう。事実を伏せ、死を隠し、新女王の誕生を宣言する。
というのがアビスの掲げたストーリーだ。
無茶苦茶だ。けど、エルは否定しなかった。
申し開きをする僕らの言葉に耳を傾けず、皇女殿下……いや、新女王はアビスの進言を受け入れて、メイとシャチ子を捕らえてしまった。
シャチ子が暴れそうになったのを制したのはメイだった。
僕にはわからない。
エルがアビスの言いなりになったのも、メイたちが逃げずに従ったのも。
メイは捕縛された時にエルにこう言った。
「きっと疑いは晴れます。信じます。エルちゃん様」
エル女王は目を伏せ応えなかった。
結局、僕もメイに止められた格好だ。シャチ子みたいに暴れるような真似はしないけど、メイの「信じます」という一言もあって、すぐに二人を助ける行動には出られなかった。
いっそ僕も牢屋にぶち込めばいいのに、エルは「修復士セツナは騙されて利用されていただけよ」と、罪には問わなかった。
女王の死から丸一日。外は暗い。
城内のパニックはようやく沈静化してきたけど、慌ただしさは前以上だ。
ニュクスに代わって新女王を支える家族が必要だ。と、アビスが名乗りを上げた。
侍女たちのおしゃべりによれば、三日後に国を挙げての婚姻の儀が執り行われることが急遽決定したらしい。
メイたちの詳しい取り調べは、女王の結婚という祝いの日のあと。
アビスが権限を握れば証拠がなくても黒になる。
エルは一貫して流れに身を任せていた。
ただ――
人が変わったようには思えない。僕に何も言わないけど、エルの表情はずっと辛そうだ。
最初はニュクス女王を失った哀しみとショックで、冷静さを保てなくなっていたのかと思っていたけど、エルは噛みしめるように我慢を続けている……気がする。
部屋のベッドの上で寝転んだまま、魔力灯をぼんやり見上げた。
「そろそろメイとシャチ子を連れて王都を出ようかな」
このまま二人が処刑なんてことには絶対にさせない。
今日まではメイが「エルを信じる」と言ったから、僕も様子を見続けたけど――
不意に部屋の扉がノックされた。
身体を起こす。
「はい。開いてますよ」
「……起きてたのね。フフン」
独特な鼻で笑う息づかいとともに、やってきたのは数日沈黙を続けてきたエルだった。
薄布の透けた寝衣姿だ。
タマのような白い肌の露出の多さに、視線が迷子になった。
「女王陛下? 何かご用ですか?」
「やめてよ。エルでいいわ。中……入っていいかしら?」
「どうぞ」
改まった表情だ。
「良く我慢してくれたわね」
「はい?」
「今夜あたり、二人を脱獄させて王都を……ううん、王国から出奔しようなんて思ってたんでしょ?」
「さあ、なんのことでしょうか」
「ようやくアビスの監視が緩んだの」
つまり――
今日までエルは警戒して、おおっぴらに動けずにいた。
何か考えがあっての行動……ってことか。
「心配しないでセツナ。二人は地下牢だけど、ちゃんと食事もお風呂も困ってないわ」
「シャチ子さんは納得してないですよね?」
「メイが抑えてくれたみたい」
新女王と海魔王の器。二人が通じ合っていて、僕とシャチ子は現状にやきもきしっぱなしだったみたいだ。
「全部、話してくれますね」
「ええ。そのために来たのだもの」
エルはベッドの縁に腰掛ける。
「母上は死を知ってたわ。こうなることも織り込み済みだったみたいね」
「どういう……ことですか?」
「神託に予言されていたみたいなの」
「じゃあ、なんで暗殺を未然に防いだり、運命を変える行動に出なかったんですか?」
神託は絶対じゃ無い。とは神殿都市の聖女と特攻隊長の言葉だ。
「わからないわ。けど、ニュクス女王という人は……私の母は聡明よ。王家の書庫で日誌をもといていて……手紙を見つけたの。悪しき者に見つからないように、手紙は燃やしてしまったわ。母上の直筆の……思い出の品だけど、そうしなさいとあったから」
少女の頬を涙が伝う。
僕の肩に身を寄せてエルは震えた。
「ごめんなさい。新女王がこんなに弱くて……」
「エル陛下……」
「怖いわ。母上の葬儀もきちんと終えぬまま、婚姻の儀まで進めてしまうアビスという男が……」
「僕に出来ることはありますか?」
「今はこうしていさせて」
肩を抱くか……迷う。
心細い女の子を放っておけない。
けど……。
目を閉じればメイの顔が浮かぶ。
僕の気持ちをエルに見透かされた。
「ずるいわよね……私。君には大切な人がいるのに」
エルは僕の顔をのぞき込んだ。
吐息がかかる距離に桜色の唇が近づく。
「けど、言わせて。君のこと……好きになっちゃった」
「光栄です陛下」
少女の眉尻が下がる。哀しげだ。
「君らしいな。そういうところ。けど、言わない方が後悔するって思ったから。初めて好きになった男の子に、気持ちだけは伝えたかったの」
「距離のつめかたおかしかったわよね……フフン」
「すみません」
「謝らないで」
沈黙が部屋を包む。エルは僕の手を包むように両手でぎゅっとした。
「結婚して」
「はい?」
「本気よ」
「文脈がおかしいですよ!」
「あっ……えっと、だからね……フフン! つまりこういうことよ」
エルは僕に耳打ちする。
彼女が語る先代女王――ニュクスが残した遺言に、僕の背筋に冷たいものが走った。
だからエルは葬儀の席でも泣かなかったんだ。
泣いてはいけない。戦わなければいけないとニュクスから伝えられていたのだから。
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