89.女王ニュクス
地上へと向かう昇降機が動き出すと、エルが目を覚ました。
「あれ? 全部……夢?」
「夢じゃないですよ殿下」
抱き上げられた状態のままエルは困惑する。
「って、お姫様抱っこ!?」
シャチ子がぱっとエルを放った。
皇女はお尻から着地する。ゴンドラが小さく揺れた。
「起きたなら自分の足で立ってもらおう」
「ひゃん! ちょ! もう! いきなり投げるなんてびっくりするじゃない!」
女剣士のメイ以外へのスパルタぶりは相変わらずだ。
メイと僕で手を差し伸べる。両手で掴んで皇女は立ち上がった。
「けど、本当にありがとね。この先、何があっても三人のこと……信じるわ」
シャチ子が腕組みする。
「急に改まって……何か言いたげだな」
「そうね。ええと……うん。もしもの時のこと……なんだけど」
他の誰にも聞き耳を立てられることがない移動式の密室で、皇女は僕らに耳打ちする。
彼女の決意にメイもシャチ子も、当然僕も頷くより他無かった。
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地下から戻ると城内は蜂の巣をつついたような騒がしさだった。
エルが腰に手を当て胸を張る。
「出迎えご苦労。フフン……って、あれ? みんなどうしたのよ?」
「え、エル様ご無事でしたか!?」
従者の一人が足を止めた。
皇女殿下は不機嫌そうだ。
「ったり前でしょう。無事、儀式を終えて戻ってきたわ。これで……仮に母上が目覚めなくとも、私が次の女王として国を率いていけるわね」
エルは僕らに振り返って従者に告げる。
「成功の功績は三人のおかげよ。命の恩人以上なんだから、国賓待遇でこれまで以上に丁重にもてなしなさい。いいわね?」
「は、ハイ殿下!」
「ところで、なんでみんなバタバタしてるの?」
「女王陛下がお目覚めになられたのですッ!!」
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従者に案内されて僕らは謁見の間に通された。
全身を夜空のようなドレスに身を包み、錫杖を手にして玉座についた女王が出迎える。
「エルちゃん元気してた?」
厳かな雰囲気を開口一番ぶち壊すニュクス。
「母上! もう……大丈夫なのですね?」
エルはニュクスに駆け寄った。崩れ落ちるように抱きつく。
優しく髪を撫でる姿に僕は知りもしない母親の存在を感じた。
「心配かけたわね」
「う、うん。ほんとにもう、しんどかったんだからぁ」
緊張の糸がぷつりと切れて、エルを包む虚勢の衣が剥がれ落ちる。
「そちらの三人を紹介してくれるかしら?」
女王に促され皇女は立ち上がった。
「母上が伏せている間、何人もなし得なかった成人の儀の護衛よ」
「あら、たった三人で?」
「その前に……近衛騎士たちが……」
「彼らの無念を晴らしたのでしょう」
「できた……と、信じてるわ」
エルが立ち上がり前を向いて歩き出すこと。それが一番の慰めだ。
改めてエルが女王に僕らを引き合わせた。
「海魔族の王の器にして、人間になることを夢見るクラゲちゃんのメイよ」
「おはようございます女王! メイは四捨五入すればだいたい海魔族の王ですが?」
ニュクスは「あら、国の長同士なのね。奇遇じゃない」と、目を細めた。
まとう空気は威厳を感じるのに、言動はなんとも緩い女王陛下と海魔族の王(仮)だ。
「こちらの女剣士はシャチ子よ。メイの護衛ね。一騎当千の強者で、先日行われた神殿都市の聖女主催、メイド武闘会の今期の覇者でもあるの」
「もはや本名については何も言うまい。よろしく頼むぞ人間の女王よ」
オルカ・マ・イールカが本名だけど、すっかり諦めた模様。
「最後に、二人とともに旅をする一応修復士? でいいのかしら。セツナよ」
「あらぁ格好いい男の子ね。うちのエルちゃんどうかしら? ちょっと中二病こじらせてるけど、本当は心優しくて気立ての良い子よ? おすすめしちゃうわ」
「は、母上! いきなり急に突然なに言い出すのよ! もう!」
エルの顔が真っ赤になる。
女王は「適当言ってみたけどまんざらでもないのね。うちの子ったらおませさん」とニコニコしっぱなしだ。
つまりええと……。
メイの触手ツインテールが大きなばってんを描いた。
「いけません! 先生はメイの先生ですから!」
「あらあらぁ残念。先客がいたみたいね。エルちゃんの彼氏にはできないみたい」
「ば、ば、ばかぁ……」
皇女は耳の先まで真っ赤だ。頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
一瞬、エルと目が合う。
「や、やだもぅ……見ないでってば」
陛下は冗談めかしてるけど、エルは本気……ってこと?
男の子としては喜んでいいと思う。大変光栄なんだけど……。
と、ニュクス女王の表情が引き締まった。
「まずは状況を教えてちょうだいな。セツナ君」
「は、はい陛下」
イヤイヤモードのエルに代わって、僕が現状を説明した。
アビス侯爵の動きについては時間を掛ける。
女王は静かに最後まで僕の言葉に耳を傾けた。
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