87.歌姫と護衛たち
円筒状の巨大な地下空間に出る。
壁は一分の隙もなく黒で塗りつぶされていた。
魔力灯の輝きも吸収して、まるで皆既日食の昼間みたいな不気味さだ。
霊廟というから棺があるのかとおもったけど、素っ気ない寂しい場所だった。
闇の力の根源を宿したような魔物やら魔獣やらも見当たらない。
全周囲を見回してシャチ子が息を呑む。
「まるでイカスミですねメイ様」
「自分の色で塗りつぶし、縄張りを主張しまくってるんですね、わかります」
人間の僕にはちょっとわからないけど、そういうものだと思っておこう。
通路出口の正面に、高さ五メートルほどの金字塔型の祭壇があった。
祭壇も黒く染まっている。
頂点部分が平らだ。
エルが指さした。
「目的地についたわ。歌劇場でいえばステージの真ん中ね……フフン」
「僕らがエル様を護ればいいんですね」
「ええ。最終確認するわね。私が歌い始めたら祖霊たちが呼応する。祖霊の従者たちの霊も現れるんだけど、闇の力をまとって受肉してしまうの。私の歌を止めようと襲ってくるから……食い止めてちょうだい」
祭壇に集まる亡者たちを倒し続ける。
やること自体はシンプルだ。
ただ、問題になるのは闇の力の存在だ。
強まってくると従者も影響を受けてしまう。
女剣士がニヤリと笑う。
「私の様子がおかしくなった時には、頼むぞセツナ様」
「まかせてください」
僕の役割は三つ。
自分の身を守り足を引っ張らないこと。
メイやシャチ子が闇の力の影響を受けたら「戻す」こと。
余裕があれば敵を討ち減らすこと。
以上だ。
祭壇に続く階段正面にシャチ子が陣取った。
メイと僕でシャチ子の死角をカバーする配置になる。
エルが壇上に立つと、天から光が降り注いだ。
皇女の背中の痣が光を帯びる。
「始めるわ……みんな、頼んだわね」
どこからか音の粒が流れてきた。無数の音素が階調を描いて曲を奏でる。
エルは喉を開いた。
緊張を残したまま、儀式が幕を開けた。
エルの歌声が空間を満たす。
シャチ子が月光を抜いた。
「来るぞ」
僕もゴルドンの業物を手にする。剣技は相変わらず素人に毛が生えた程度だけど、身体の使い方はシャチ子やチェーンに仕込まれてずっと良くなった。
修練の成果を信じよう。
メイは……正直、僕よりもずっと強い。
けど、異変には気を配らないといけない。
床が音に反応するように波打った。
そこからゆっくりと祖霊の従者らしき人影が立ち上がる。
影人間だ。赤い目が二つぼうっと顔に灯る。僕ら生者に向ける視線に怨念めいたものを感じた。
真っ黒く塗りつぶされた亡者たちが金字塔へと殺到する。
近づく者あらばシャチ子が踏み込み月光で斬る。
メイの触手ツインテールが亡者の群れをなぎ払った。
僕は自分からは仕掛けず、こちらを狙ってくる影人間を一体ずつ相手する。
倒しても倒しても際限なく、亡者たちが蜃気楼のように浮かび上がってきた。
歌は響く。
ここで僕らが圧されているようじゃ、エルが安心して歌えない。
敵はいくら打ち倒しても立ち上がってくる。
河原で石を積んでは崩れ、それをまた積み直すような気持ちだ。
一曲歌いきったエルだけど、変化は無かった。
まだ祖霊たちの心に皇女の歌は届かないのか。
「……ダメ……なの?」
「しっかりしてくださいエル皇女! もう一回です!」
「う、うん……」
姿勢を正して皇女はもう一度歌う。
最初よりも声がしぼんで弱気だ。
途端に亡者の勢いが増した。僕は剣と拳で応戦する。メイの触手ツインテール鞭が、一撃では亡者を倒せなくなった。
見ればメイの触手がすり切れたみたいにボロボロだ。酷使するような戦い方をしないと対処不能なんだ。
シャチ子も短時間で動きのキレが落ちてきている。
この空間に満ちた闇の力を、僕らは呼吸するように取り込んでしまっている。
瞬間――
シャチ子の瞳が赤く妖しい光を帯びた。
「うっ……うがっ……ああっ……」
女剣士の足が止まった。
精神を闇の力に染められようとしているんだ。
「戻します!」
亡者の攻撃の間隙を縫って、僕はシャチ子に触れて状況開始前にまで戻す。
女剣士は「危ないところだった……これなら問題ない」と再び剣舞を披露する。
良かった。ちゃんと「戻せ」て。
メイが触手ツインテールを伸ばす。僕も手を伸ばしメイとハイタッチをかわした。
一瞬でクラゲ少女も元気を取り戻す。
「新品のメイになりましたから!」
復活した触手でメイも激しく応戦した。
僕も小剣の切れ味を戻して常に研ぎ澄ませた状態を維持しながら、エルが歌い上げるのを待つ。
二度目の挑戦も――
失敗に終わった。エルが泣き顔になる。
「無理なの? 私じゃ……このままじゃ三人とも……て、撤退しましょう。これ以上迷惑はかけられないわ」
「アビスの言いなりになるつもりですか殿下?」
正直、三曲目を乗り切れるかわからない。
こちらは三人で最大火力を出し続けているけど、今や亡者の数は埋め尽くすほどだ。
しかも亡者の手には武器が携えられていた。
騎士のような甲冑姿まで現れる。僕だと一体を相手にするのがせいぜいだ。
メイもシャチ子も苦しい。
闇の力を発している根源の居場所もわからない。
それでも、僕らは諦めるわけにはいかないんだ。
エルはその場で膝を抱えてしゃがみ込む。
「で、でもぉ……」
「殿下ならできます! 素敵な声です! 歌だって上手いです!」
剣を振るって僕はめいっぱい声を上げた。
「セツナ……君って……歌……下手なのに……私……」
「自分を信じてエル! きっと上手くいくからッ!!」
「この土壇場でタメ口なんて……フフン……不敬ね……けどいいかも。そういうの。皇女とか抜きにして私という人間を見てくれた」
エルは再び立ち上がった。
「ちょっと……好きになっちゃった」
小声すぎて聞き取れなかったけど、皇女の表情が生気を取り戻した。
三度目の導入が流れる。
メイがハミングした。
「エルちゃん! 歌いましょう! シャチ子もハモハモしてどうぞ!」
「くっ……戦いながら歌うとは常識外れなご下命……嫌いじゃないッ!!」
皇女は二人とアイコンタクトを交わす。
これでラスト。これがラスト。四度目の敵襲を僕らはきっと乗り切れない。
エルが言う。
「私が歌いきれないと、今、ここにいる大切な友人三人を失うことになる。私自身もどうなるかわからない。母上も救えない。王国が滅びるかもしれない。責任重大ね」
思い詰めた表情が笑顔になる。
「フフン……けど……だから……だからこそ! 最後の歌声を……聴かせてあげるわ!!」
空気が変わった。
三人の美声が響き合い、音素の輝きで満ちる。
亡者の群れの動きが鈍くなる。
従者系の亡者は手から武器を落とし、立ち止まるとエルを見上げたまま動かなくなった。
声が……届き始めているんだ。
エルの背中に光を凝縮して広げたような翼が片方だけ浮かび上がった。
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