86.闇の住処
アビスを追い返してすぐのこと。
エルは「ちょっと衣装替えしてくるわね」と、別室へ。
二十分ほどで着替えを終えて、皇女は純白のドレス姿を披露した。
王族の服とは思えないほど肌の露出が多い。
全体的にひらひらとしたフリル満載だが、ノースリーブだ。
メイの瞳がキラキラになった。
「わぁ! エルちゃん様、まるでお姫様みたい!」
「まるでじゃなくてお姫様よ!」
「とっても素敵ですね。わかります」
水着と言っても過言じゃない、
髪をアップにして背中を僕らに向ける。
左肩の肩甲骨に沿って痣が広がっていた。
つい言葉が漏れる。
「まるで翼みたいですね皇女殿下」
「聖祖ルシフ直系の証よ。この加護のおかげで私自身には闇の力が及ばないわ」
「皇女殿下には無効なんですね?」
「そうよセツナ。母上ほどじゃないけど、私も守られてるみたい」
エルから預かった聖翼印のタリスマンが、まんま同じシルエットをしていた。
「片翼を背負った私が、いずれ母上に代わって女王にならなきゃいけないの」
そのまま皇女は謁見の間から出る。
「案内するわ。フフン……着いてきて」
王城の地下へと続く奈落の扉が開かれようとしていた。
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地下へと続く昇降機に乗ってから数分。
どれくらいの速度で降りていっているのかわからないけど、たぶん、人生で一番深い場所に足を踏み入れたと思う。
ゴンドラは四方が灰色の壁で、石棺にまとめて詰め込まれたみたいな息苦しさだ。
天井には魔力灯。薄ぼんやりした光だけだと、心細くなる。
緊張してきた。
僕とは対照的に、メイとシャチ子は余裕そうだ。
腰に手と触手ツインテールをあて、胸をふんぞり返してメイが胸を張った。
「この程度では深海には足元も及びませんなぁ」
シャチ子も腕組みして胸の谷間を深く寄せながら同意した。
「いけませんメイ様。地上の人間にしては深い方ですから」
「海底から目線失礼します」
「「ふーっはっはっはっはっは!!」」
海魔族二人の高笑いが狭いゴンドラ内に反響した。
エルが僕にため息をつく。
「海魔族だから変なのかしら? それともこの二人が特別変人なの?」
「どっちもかもしれません」
低さでマウントを取るのは、水の底に住む海魔族独自の文化かもしれない。
メイが人間になったら行くことはないだろうけど、一度、二人が暮らした海魔族の国をみてみたかった。
浮遊感が消えて小部屋が微振動する。
どうやら最下層についたみたいだ。
扉が開く。
地の底とは思えない空洞にたどり着いた。
床も壁も継ぎ目がないドーム状の部屋。
全てが灰色だった。昇降機のゴンドラ内部とそう変わらない殺風景さだ。
奥の白金色の扉が浮かび上がって見える。
扉には翼のレリーフが彫られていた。
ゴンドラを出た途端、皇女がその場にしゃがみこんだ。
「ダメよ……もう、なんで動かないの私の足……ばか……ばかばかばかばかッ!!」
ここでエルは最後の護衛を失ったんだ。
僕は手を差し伸べた。
「皇女殿下は独りじゃありません」
少女は心細そうに顔を上げた。メイとシャチ子もそっと頷く。
「ありがとう。みんな」
皇女が僕の手を握り返す。
冷たく汗ばんでいた。僕以上に当人は緊張しているみたいだ。
引き上げる。エルも立ち上がり、白金色の扉に手を触れた。
背中の片翼の痣に光が灯る。
扉のレリーフも呼応して開く。
中は――
暗い。
来訪者に呼応して魔力灯が灯る。まっすぐな通路だ。奥へと続く道の果てまで、灯りが点々と続いた。
壁には黒い染みがまだらに広がり、元の壁の色もわからない。
エルがぽつりと呟く。
「無い……わ」
「何が無いんですか?」
「私を守ってここまで送り届けてくれた、騎士の……遺族に引き合わせてあげたかった……けど」
「奥……かもしれません」
獣魔大森林では蘇生を試みることはなかった。
僕の力ならできるかもしれない。
それも遺体を発見しないことには始まらないか。
「行きましょう」
踏み入ろうとした瞬間――
シャチ子がゆっさたゆんとたわわな胸を、誇らしげに揺らして前に出た。
「先頭は任せて貰おう。エル皇女は案内を頼む」
「ここは内部構造を知ってる私が前に出るわ」
「前回と同じ状況とは限らぬだろう。皇女には皇女にしかなしえぬ使命があることを忘れるな」
儀式を執り行えるのはエルだけだ。
「僕もシャチ子さんに同意です」
「いいかエル皇女。私になにがあっても心を乱すな。そして……セツナ様を信じるのだ。修復士にして治癒士でもある。死なない限り、私を治してくれるからな」
「え? ええっ!? どういうことなのかしら?」
この土壇場で……いや、他に誰の耳にも入らない地下深くなら言える。
「エル殿下。僕は嘘をついていました」
「嘘? な、なによ急に」
「僕のスキルは修復でも治癒でもありません。時間を進めたり戻したりすることができるんです」
「はい?」
「傷つけば傷つく前に戻す。無かったことにできるんです」
「そんなスキル聞いたことがないわ!? 無茶苦茶よ」
メイが後方でどや顔だ。誇らしげに「でしょうとも」と腕組みする。
「ある程度、広範囲に……場所に対しても戻すことが可能です。まずはこの回廊で試してみましょう」
僕はしゃがみ込むと床に手をつけた。
まっすぐ続く通路を対象に時間を戻す。
王国千年の歴史だ。今の僕は一秒で十年戻せる。百秒あれば千年分。この墳墓を新品にだってできるはず。
戻れ……戻れ……戻れ!
身体が熱くなる。脳が焼かれるみたいだ。鼻のあたりから雫が垂れた。
血だった。
心拍数が上がる。呼吸が荒くなる。
この感触は「無理をしている」時のものだ。
一瞬だけ通路の壁が純白の大理石のようになった。黒ずみは消え去り鏡みたいな美しさを取り戻したけど……。
耐えられない。
僕は床につけた手を離す。
すると――
あっという間に奥側から壁が黒く染まっていった。
カビが浸食するみたいに。
この黒い力には覚えがある。
獣魔大森林の地下や、砂の海の東側で戦ったサンドワームの内部から湧き出たものだ。
狐巫女のフゥリィが言っていた「穢れ」と同質だ。
共通点は――
地下……?
だめだ。頭が回らない。
ともかく、霊廟の奥に闇の力を発生させる「何か」がある。
今までで一番、強力な「闇」を帯びている。
僕が戻したそばから浸食して、聖地を黒く染め直してしまった。
エルがしゃがんで心配そうに僕の顔をのぞき込む。
「だ、大丈夫? 苦しそうだけど……」
「すみません殿下。当初の計画だと、時間を戻しながら安全に進む予定だったんですけど、僕が戻すより早く上書きされるみたいで……」
「無理はしないで。ありがとう」
立ち上がろうとする僕をメイの触手ツインテールが介助した。
「先生独りでしんどいときは、メイにお任せですから」
「メイもありがとね」
「おお! とんでもないです!」
再び暗く染まった道を僕らは歩き出した。
点々と続く魔力灯のかすかな光を追いながら。
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