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84.呪具との再会

 謁見の間にアビスが立つ。三歩下がったところにワイン商人ヴィリエの姿もあった。


 もう一度、エルが儀式に挑むという情報がどこからか漏れ伝わって、侯爵の耳に届いたみたいだ。


 玉座のエルと、脇に控える僕ら。アビスが面会をごり押しした目的が読めない以上、成り行きを見守るしかない。


 侯爵は皇女に跪いた。


「皇女殿下におきましてはご機嫌麗しく」

「似合わないはね。堅苦しい挨拶はやめてちょうだい。単刀直入に用件を言いなさい」

「ったく、せっかちだなぁ姫様はよぉ。王族ならもっとドシッと構えておくもんだぜぇ」


 白い歯を見せて立ち上がる。

 エルは氷像のように眉一つ動かさない。


「フフン……言われるまでもないわよ」

「聞いたぜぇ? なんでも儀式にリベンジするってなぁ」

「激励なら不要よ」

「歌も上手くなったっていうじゃねぇか? なあセツナ?」


 アビスの視線が僕に向く。


「エル皇女殿下ご自身の努力のたまものです」

「自分の功績も誇れないのか?」

「僕は見ていただけですから。歌の先生はメイとシャチ子さんですし」

「謙虚が美徳ってのは悪しき文化だよなぁ。成果にゃ報酬がつきもんだ」

「多く望みすぎれば破滅を招くと思います」


 僕の「時間」スキルがまさにそうだ。謙虚すぎるくらいでも手に余る。

 おかげでここまでこられたのは間違いないけど、使うなら誰かのために。守るために。それでも帳尻はとれていないけど。


 不機嫌そうに侯爵はエルに向き直った。


「あとは護衛だな。近衛騎士団にゃ雑魚しか残ってねぇんだろぅ皇女殿下?」

「相変わらず、失礼がマントを羽織って二足歩行するような男ね」

「未来の旦那に辛辣すぎるじゃねぇか」

「雑談したい気分じゃないの」

「こっちは本気だぜ。なんなら今すぐ挙式もできる準備は整ってる」


 大男が懐から指輪の入った小箱を取り出した。

 赤い石がつけられたそれに皇女は見向きもしない。


「赤は嫌いよ」

「情熱の色だろう。まあいいさ。こいつの居場所は殿下の薬指と決まってるんだ」

「バカみたいね……フフン」

「さてと……前置きはこれくらいで……入れ」


 ヴィリエが謁見の間の扉を内側から開く。


 冒険者風の男たちがぞろぞろと入室した。

 全員、瞳に精気がなくうつろな表情だ。


「俺が新大陸の方まで手を広げてかき集めたAランクスキル持ちの連中だ。近衛のボンボン騎士団員より場数は踏ませてある。まあ、鍛えすぎてずいぶんと数は減っちまったがな。精鋭にゃ違いねぇ」


 手が……震えた。

 慟哭どうこくが腕を伝って肩から全身に広がる。

 今にも叫び出したくなった。


 冒険者たちの首に、忌まわしいものが巻かれていたからだ。


 隷属の首輪。


 持ち主に絶対服従を誓わせる魔導具だった。

 赤い石がはめ込まれたそれは、無理に外せば装着者の命を奪う呪いが施されている。


 エルが訊く。


「全員お揃いのチョーカーね。不気味だわ」

「地下墳墓に満ちた闇の力には、人間の意識を操り同士討ちをさせる効力があるんだろう? この首輪さえつけておけば命令にゃ絶対服従だ。影響を無効化できる」

「そう……なの?」

「ああ間違いねぇよ。呪いには呪いをぶつけるもんだ」


 メイがハッと口元を手で覆った。

 呪いにかからない方法は、先に別の呪いを受けてしまうこと。


 侯爵は本当にそれをやった……ってことだ。


 アビスは胸を張る。


「何人でも好きなだけ連れて行ってくれ。足りなくなったら補充してやるよ。もう歌えんだろ姫様? 失敗したってやりなおしゃいいんだ。なんだろうと勝つまでやりゃあ勝てるんだ」


 ギャンブルの沼に肩まではまった破綻者みたいな理論だ。

 あきらめがちだった僕に足りない粘り強さかもしれないけど、賛同はできない。


「侯爵閣下。よろしいですか?」

「なんだよセツナ? やっと俺の軍門に降る決心がついたか?」


 ゆっくり首を左右に振る。この男と僕はきっと、水と油で交わらない関係だ。

 向こうもきっと理解わかっている。

 揺さぶっているんだろう。


「彼らの同意はとれているんですか?」

「金ならたんまり。借金があるやつは肩代わりしたし、良い思いもさせてやったぜ。女だってあてがった。みんな俺に恩義がある。自由意志による参加で、首輪はあくまで闇の力対策のためだ」


 隷属の冒険者たちは同時に頷いた。


 違う――


 首を縦に振らされたんだ。


 僕はエルに訴える。


「皇女殿下。冒険者たちの首輪は相手に隷属を強制する魔導具です」

「アビスは自由意志と……けど、本当に強制……なの?」

「はい。闇の力を防げる保証もありません」


 アビスが口を挟んだ。


「んなもんやってみなきゃわかんねぇだろセツナ?」

「失敗すれば死ぬことになるんですよ」

「そん時ぁこいつらの実力不足。自業自得ってやつだ」

「護衛に加わりたいかどうか、首輪を外して一人一人の意思を確認してください」


 侯爵の眉尻がピクンと跳ねた。


「俺を疑うってのか?」

「問題が無ければできますよね?」


 エルも玉座から立ち上がった。


「私もセツナに同意ね。まず、彼らの首輪の解除を」


 赤いマントが大きく揺れた。


「おい待て姫様。こいつらは俺と契約しているんだ。首輪を外すまでという文面で契約書もあるし、金も払ってる。それともなにか? 俺が払った分を国庫から工面して上書きするかい? 安かねぇぜ? 民から集めた税の使い方としてもどうなんだ?」


 エルが言葉に詰まった。国庫や税を持ち出されて焦ってるみたいだ。

 僕の隣でメイは「あっ……ああっ……」と、あたふたしっぱなし。シャチ子は右手を愛刀月光の柄に添えたままだ。

 僕がなんとかしないと。


「待ってください侯爵閣下。自由意志での参加であれば、首輪を外しても皆さん残ってくれるはずですよね?」

「ああ、もちろんだ。わかりきったことだから、改めて確認するまでもないだろ」

「全員表情が優れないようですが?」

「王族を前に緊張してんだよ」


 皇女は玉座にかけ直すとうつむいた。


「私は……これ以上、誰も犠牲にはしたくないわ」


 アビスが陽気に笑う。


「護衛無しってわけにゃいかんだろ?」


 僕は一歩前に進み出た。


「護衛は僕らがします。儀式の最中、エル皇女殿下には指一本触れさせません」

「ガキ二人に剣士一人で守り切れるわきゃねぇだろ。なあ姫よ。考え直せ。わかった! 犠牲者が出たら遺族に見舞金をはずんでやろう」


 金を積めば何をしても構わない。

 侯爵の考え方は至ってシンプルだ。

 エルは苦しげな表情を浮かべた。


「お金を積んで彼らの命を買った……ってことよね?」

「姫様よぉ犠牲を怖がってちゃ一歩も進めないんだ。こいつらだって王国のために働きたいと思ってる。俺は金って形でその想いに報いてるだけなんだよ。目を覚ましてくれ」


 僕にはそうは見えない。

 冒険者たちの顔は……目は……。


 奴隷船で僕を送り出した、あの少女の怯えたような諦めの瞳と同じだった。


 さらに歩みを進めてアビスを横切り、冒険者の一人の元に近づく。

 エルの迷いの霧を晴らすには、彼らの本心を訊くしかない。


 僕は忌まわしい首輪に触れると「戻す」イメージをする。

 たった一日、二十四時間で首輪が分解された。


 この隷属の首輪は作りたてだ。


 心臓の鼓動が大きくなった。


 どうしてそんなものを。新品なんかじゃない。作ったばかりの首輪をアビスが多数所有しているんだ?


 首輪は皮と金具に分離して、赤い宝石が液状化すると雫になって床に落ちた。


 塗料? 違う――


 血だ。血液だ。


 アビスが僕につかみかかる。


「おい何をした!?」

「さあ、何もしてませんけど」

「どうして首輪が外れるんだ? いや、分解されたんだ? 修復士のスキルじゃこうはならんだろう?」


 メイとシャチ子が戦闘態勢に入りかけた瞬間――


 皇女の声が謁見の間に響く。


「止めよアビス」


 ゆっくりと僕の胸ぐらが解放された。

 皇女が解放された冒険者に訊く。


「正直に答えなさい。自分の意思でこの場にいるのかしら?」

「ち、違……」


 アビスが睨むと冒険者は身震いして首を左右に振った。

 答え合わせは完了だ。


 エルが僕に命じる。


「セツナ。この冒険者は答えられないみたいだから、他の人間の意見を聞きたいわ。全員を解放してくれるかしら?」

「はい。皇女殿下」


 僕は順番に全員の首輪を「戻し」た。赤い石はすべて血の雫になる。一つの例外もない。隷属の首輪には何か特別な血を加工した魔石が使われているみたいだ。


 アビスの顔から感情が消える。

 全員を解放し終えたところで、冒険者の一人が前に進み出た。


「じ、自分は何も訊かされていませんでした! 酒に酔い潰れて……目覚めると首輪を……」


 あとは雪崩のように冒険者たちは口々に白状する。

 アビスが吠えた。


「静まれ! 皇女殿下の御前だぞッ!!」


 侯爵の一喝で謁見の間が沈黙する。


 エルは冒険者たちをぐるりと見回した。


「自由意志による参加ではなかったようね侯爵」

「おっと、俺は下の連中からちゃんとスカウトしたと訊いてたんだがなぁ。今回は契約内容に雇用側と齟齬そごがあったみてぇだ」

「彼らの意思を尊重するつもりはあるのかしら?」

「もちろんだとも姫様」


 皇女は微笑む。


「では、今から全員自由の身です」


 ずっと死んだような顔つきだった冒険者たちが見る間に生気を取り戻した。

 最初に口火を切った男が言う。


「ありがとうございます殿下! それにお付きの方も!」


 僕にまで頭を下げた。冒険者Aは続ける。


「是非、お手伝いさせてください! 自由意志を尊重してくださるのですよね!」


 逆に忠誠度が上がってしまってエルは困り顔だが――


「生きて戻れる保証はないの。家族の元に帰って元気な姿を見せてあげて。それでもまだ、私のために戦ってくれるというなら、改めて王都に来てちょうだい」


 集められた冒険者たちは感動し、手を合わせて皇女に祈りを捧げるのだった。

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