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83.誰かを好きになることが

 エル皇女の歌は音程もリズムもズレたままだ。

 けど、声がのびのびとして張りと艶が感じられるものになった。


 なにより歌う表情が笑顔だ。

 メイがずっと隣で「もっと感じて! みんなの息吹感じて! いいよいいよ! 声帯にカナリヤでも飼ってんのかーい!」と励まし続ける。


 時々、エルが笑い出して中断することもあったけど、歌うこと=辛いことという図式をメイはぶち壊したみたいだ。


 三日の猛特訓でエルは一曲、最後まで音程を外すことなく歌いきることに成功した。

 メイが一緒にハモり、シャチ子も伴奏しながら低音パートを加えて見事な声楽のアンサンブル。


 僕も誘われたけど、三人の歌唱についていけなかったので一緒に歌ったのは一度きり。


 けど、楽しかった。


 聖堂が小さなコンサートホールになった気がした。


 元々、良い声の持ち主だったエル皇女は、まるで水を得た魚……いや、上昇気流を掴まえて翼を広げた白鳥だ。


「ずっと歌うことが怖かった。辛いことだと思っていたけど、それは過去の私の思い込み。今の私は喉に羽根が生えたようなものね」


 光り差す聖堂で僕らは皇女から正式に依頼を受けた。


 儀式の護衛。墳墓の攻略のために随伴するというミッションだ。


 成功報酬は「メイを人間にする」ための全面協力。

 失敗すれば命の保証はない。


 だからといって断る理由はどこにもなかった。



 夜。寝付けず城の中庭に独り出る。


 月は大きい。メイの波動で海魔族の刺客に居場所を探知されるかもしれない……けど、王城に居る限りは大丈夫だろう。


 ベンチに腰掛ける。

 湿った草木の匂いが鼻孔を掠めた。


 空は暗く星が瞬き、吸い込まれるように錯覚する。


 地面に視線を落とす。


 恐怖――


 王族の成人の儀は城の地下深くにある霊廟れいびょうで行われる。


 闇の力に満ちた死の世界だ。さまよう死者が襲ってくる。


 女王候補を護る人間は必須だ。


 けど――


 地下墳墓で死に取り憑かれた護衛は、同士討ちを始めてしまうらしい。


 僕は自分を保っていられるだろうか。


「あ~! 先生も夜のお散歩ですか? 奇遇ですねわかります!」


 皇女が用意したパジャマ姿のメイがひょっこり現れた。


「メイも眠れないのかい?」

「ロマンチックな夜を満喫したくてきました。隣いいですか?」

「ど、どうぞ」


 少女は僕の膝の上に小さなお尻を載せる。


「そこは隣じゃないよメイ」

「おっと、これは失礼! 人間語は難しいですなぁ。だっはっはっは!」


 わざとかな? 僕の緊張をほぐそうとしてくれているのかもしれない。


 改めてベンチの隣に座ってメイは肩を寄せ密着してきた。

 花と蜂蜜を混ぜたような良い匂いがする。


「お風呂上がりに香油を使わせてもらったのです。良い匂いのメイはどうですか? 似合ってますか?」

「匂いをまとうのも似合ってるっていうのかな。難しいね。けど、甘くて不思議とリラックスする感じもあって、メイにぴったりだと思うよ」

「あは~! 嬉しいです! メイは女の子ですから、毎日褒めてくださいね?」

「今夜も大変、可愛いと存じます」

「でしょでしょでしょ~?」


 触手ツインテールも上機嫌だ。


「エル皇女の特訓、ありがとね」

「先生はメイにいっぱいしてくれました。今度はメイがみんなを助ける番です。まずは手始めに王国のピンチをサクッと解決なのですね」

「手始めにしては大業を成すんだね」

「ま~実力? からして、当然ですかねぇ」


 余裕の笑みに不思議と励まされた気分だ。


 地下墳墓へはエルの護衛として僕とシャチ子、メイだけが行く。

 少数精鋭だ。


 二人となら呼吸も合わせやすいし、仮に闇の力で錯乱しても僕が触れられさえすれば「戻す」ことができる。


 問題は僕自身だ。闇の力でおかしくなってしまったら、時間スキルを使えるかも怪しい。


「僕は自分を保てるかな……」

「何かあればメイが先生のほっぺたをつねって、元に戻してあげますとも」


 闇の力がそれでどうにかなるとは思えない。


 エルに対策は無いか訊いたけど「方法があればとっくに採用しているわよ……フフン」と、ぐうの音も出ない正論が返ってきた。


 メイが僕の手を両手で包むようにした。

 顔を近づける。

 互いの吐息がかかるくらいに。


「呪いに負けない方法は、先に呪われることなのです」

「そういうものなの?」

「他の呪いが入り込む余地なんてないくらい、メイが先生に呪いという名の祝福を与えます。受け取って……ください」


 少女は目を閉じた。

 頬ではなく、唇同士がふれあう。


 僕は自然と受け入れて、彼女の細い身体をぎゅっと強く抱き寄せた。

 このまま世界が終わってもいい。


 そんな多幸感に包まれる。


 少女の唇がそっと離れた。


「メイは今、とってもとっても幸せです。生まれてきて良かったのです」

「僕もだよ。メイのそばにいられることが幸せだし、これからもずっと一緒にいたい」

「先生でよかった。好きになったのが先生で……本当に……」


 メイの頬をぽろぽろと真珠のように雫が流れて落ちた。


「何があっても僕が守るよ」

「め、メイだって先生を守りたいですから!」


 もう一度、確認しあうように唇を重ねる。メイは僕に身体を……すべてを委ねた。


 誰かを好きになることが呪いだというのなら、案外悪いことばかりでもないと思えた。

お読みいただき、ありがとうございます!


『面白い』『続きが読みたい』と思ったら、広告下の☆☆☆☆☆から評価をいただけるとこれは……ありがたいッ!!


応援よろしくお願いいたします~!

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