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81.受け継ぐ者の資格

 アビス邸襲撃事件の真相をたどるには、情報が足りない。


 今は警戒に留めるので精一杯だ。


 シャチ子が冷めたティーカップの中身を飲み干した。


「本題に入るまで、ずいぶんとかかってしまったな。頼むぞセツナ様」


 タイムリミットは神のスキルの使い手が、アビスに見つかるまで。


 存在しない公算もある。


 下手をすれば明日明後日にも発見されるかもしれない。


 侯爵が動き出す前に、女王ニュクスの憂鬱の種を取り除く必要があった。


 エルに訊く。


「アビス侯爵から聞き取りをしたのですが、ニュクス陛下が眠りについたのには『悩み』があるとのことでした。殿下に心当たりはありませんか?」

「母上の悩み……そうね……うん」


 鼻で笑うこともなく皇女はうつむいた。

 目を閉じてからゆっくり息を吐く。慎ましやかな胸元を上下させて、顔を上げた。


「やっぱり私が原因みたい。本当は違うって……思いたかったけど……フフン。弱いわね……私」

「皇女殿下がニュクス女王の悩みの種……ですか?」

「私は出来損ないだもの。本当は認めたくなかったけど、母上の現状をみれば……そう考えるのが妥当ってことよ」


 落ち込む皇女にメイがくわっと目を剥く。


「なんですかその言いようは! 人をモノのように!」

「ご、ごめんなさい。けど、急に怒りだしてびっくりしちゃったわ」

「怒りもしますとも! 先生も同じ気持ちでしょうが?」


 こっちに振ってきた。けど、おおむね同意だ。


「詳しく訊かせてください。皇女殿下」

「上に立つ者失格ね。……私の至らないところ。まとった闇の衣が剥ぎ取られれば、弱い自分しか残らないわ」


 気取った言い回しも口ぶりも、隠すための演技……なのかな?


「どういうことか、お訊かせください」

「そうね……フフン。神のスキルの話が持ち上がった以上、猶予はないわよね」


 エルは語り出す。僕らはじっと耳を傾けた。



 一年ほど前――


 エルは王位継承の儀を行った。

 結果は失敗に終わった。

 今のエルは、たとえニュクス女王が急逝しても王位につけないという。


「つまり女王は空位になることを恐れて不死の眠りについたんですねエル殿下?」

「ええ。母上が眠りにつく直前、アビスと密会していたみたいなの。私の儀式失敗を受けて、侯爵は婚姻を迫り新しい国作りを推し進めようとしたのかも……」


 皇女の瞳が不安げに揺れる。


「結局、私が儀式を成功させるしか無かった……って、ことね」


 シャチ子が立ち上がり、窓際に立った。中庭の日差しに目を細める。


「あえて言わせてもらうぞ。その儀式とやらをやれば良いでは無いか?」

「フフン……できることならとっくにしてるわよ」

「できない理由があるのだな?」

「そういうこと」


 エルは話を続けた。


 儀式は王城地下深くにある地下墳墓にて執り行われる。

 聖域であり、一般人が立ち入ることは許されない。


 それどころか、王族でさえも儀式の時にしか墳墓の入り口を開かないというのだ。


「地下の墓所で何があったんですか殿下?」

「墳墓に眠る祖霊たちに歌を聴かせるの。大人として認められるまでね。私は……歌えなかった」


 シャチ子の表情が険しくなった。


「ならばもう一度歌えば良いだろう?」

「墳墓は黒い闇の力で満ちているわ。死者が蘇り生者を引きずり込もうとする。恐怖に取り込まれた者は錯乱し、敵味方無く剣を振るってしまう。その時は、仲間すら手に掛けねばいけないわ。親友すらも……」


 闇の力と呼ばれるものの正体はわからないけど、似たような力に触れたことがある。

 人間の心の自由を奪い、正気を失わせるおぞましいものだ。


 皇女は静かに続けた。


「犠牲も覚悟で歴代の女王後継者は、心身共に屈強な護衛を引き連れて儀式に臨んだ……けど、私は無理だった。歌えなかった。ただ、優秀な騎士たちを失うだけだった」


 喉に手をあてて皇女は哀しげに瞳を伏せる。


「今も思い出すだけで喉が締め付けられるの。護衛の近衛騎士たちは……私を逃がすために一人……また一人と死に取り込まれていった。同士討ちよ。最後の一人には婚約者がいたの。彼を逃がそうとしたけど、私、思い切りひっぱたかれて……王族に手を上げる重罪を犯して、目を覚まさせようとしてくれたの。命と引き換えにね」


 エルの頬を涙が伝う。


「私に代わりはいないのだから……って。彼の恋人には彼しかいない。誰も誰の代わりになんてなれないのに……近衛騎士の務めを果たすって……今、ここで生きていられるのは勇敢な騎士団のおかげよ……」


 今まで助けてきた人たちは「独り、残されてしまった」し「現状、困っている」んだ。


 ――同じだった。この国の王族でさえも。


 責任と義務感で今にも皇女は押しつぶされてしまいそうに見えた。


「墳墓を満たす闇……はらうことはできないんですか?」

「昔は美しい霊廟だったと伝えられているわ。千年も国が続けば澱むものね。誰にもどうすることもできなかった」


 僕に……僕なら、手伝えるかもしれない。


 メイが立ち上がってエルの元に駆け寄り、手を包んで握る。


「エルちゃん様!」

「な、なによその呼び方!」

「メイは厳密には王様じゃないから、親しみと敬意ですし」

「え、えっと……急にどうしたの?」

「儀式やりましょうよ! メイとシャチ子と先生がお手伝いしますから! シャチ子はこの通り、一騎当千の強者つわものですし、メイも結構強いんです。ちまたでは、ぅゎょぅじょっょぃ! と、言わしめるほどに。あのモデル、一説によると実はメイなんです! えへん!」


 嘘自慢だ。というか、どこで説が流布されているんだろう。


 そもそもメイは幼女とするにはお姉さんな気がするけど、無邪気さでは幼女感があるかもしれない。


 皇女が自信満々なメイを見つめる。


「近衛騎士は守勢に長けた精鋭。三人の実力がどれほどかわからないけど、命を失わせるわけにはいかないわ。メイは人間になりたいんでしょ? だめよ……こんな危険なこと……」

「メイは人間になります。そのためにはエルちゃん様の協力が必要ですから」

「王家の書庫はもう良いんじゃ無いかしら? 神のスキルを持つ人を探せば……だから、私に無理に付き合うことなんてないわ」

「違います! メイは無理じゃありません。むしろ……先生の想いです。ね? 先生!」


 クラゲ少女の熱い眼差しを注がれて僕も席を立つ。

 

「僕らにも手伝わせてください」

「どうして? お金や地位なら……それすら約束はしてあげられないけど……お金ならアビスの方がよっぽど……」


 侯爵に実力を買われたけど、飼われたいわけじゃない。


「皇女殿下の人となりを知ったからです。それに聖女プリム様とお付きのメイドのチェーンは、僕らも共通の友人ですから」


 シャチ子も無言でそっと頷いた。

 エルは下を向く。


「ならなおさら巻き込めないわ」


 今、王宮には皇女の力になれる人間がいない。

 近衛騎士のような精鋭ですら失敗したミッションだ。


「困った時はお互い様です。殿下」

「なによそれ……まるで王族を対等に扱おうなんて……不敬ね」


 皇女は顔を上げた。


「ありがとう。けど、やっぱり無理。だって……三人がいくら強くても、私は歌……苦手だから。きっと歌えない。本当にダメな王族ね……フフン」


 自虐的に少女は笑う。透き通った声はとても魅力的なのに、歌が苦手……なのか。


 シャチ子が腕組みして皇女に迫る。


「歌くらい教える人間がいるだろう? 母親に教えてもらうようなことはなかったのか?」

「も、もちろんあるわ。幼いころはベッドで眠る前に、母上の美しい子守歌を聴かされてそだったもの」

「では貴様の歌で今度は目覚めさせてやればいい。それだけのことだ」

「だ、だから……えっと……歌は……ダメって……」


 ここまで拒む理由が僕にはさっぱりわからない。


 メイが触手ツインテールを手のひらに見立てて、パンと合わせるように叩いた。


「わかりました! さてはエルちゃん様、音痴ですか?」

「ひいっ! 言わないで! それ以上はやめて! 死んじゃうから」


 いきなり核心を突いたっぽい。

 まさか王国の存亡に関わる重大な秘密が、次期女王候補の音痴だなんて。


 後世の歴史家が知ったらさぞ、驚くだろうな。


 エルはテーブルにつっぷした。


「宮廷音楽家やスキル持ちの演奏家に歌い手たちも、全員さじを投げたわ。みんな『声だけ』は褒めてくれるけど……箱に残されたひとかけらの希望も、絶望が塗りつぶしてしまうのよ」


 歌は苦手で、どちらかといえば詩の方が皇女殿下には向いているっぽい。


 しかし困ったな。僕は歌のことなんてわからない。「時間」スキルも今回ばかりは、どう活用していいのやら。


 歌の上手い人物がそばにいれば……。


 と、メイと目が合った。


「どうしやがりまして? 先生? あ! さてはメイのキュートでプリティーな顔にゾッコンラブラブで見とれてしまったのですね?」

「あっ……うん」


 メイはその場で嬉しそうに万歳すると、くるくると回り出した。

 海魔族語でシャチ子に何かを告げる。


 美しい旋律を奏でながら。


『シャチ子よ! 先生のためにも、人間の王国のためにも、わたしは力を尽くしたい。共存共栄を望みます』


 シャチ子が力強い歌声で返す。


『王国が力をつけすぎれば海魔の国に危険が及ぶやもしれません』

『エル皇女は立派な人物です。王位に就けばきっと善政を敷くでしょう。シャチ子の目は節穴ですか?』

『メイ様……わかりました。仰せのままに』


 最後は二人がハーモニーを奏でた。

 ほんの短いやりとりの間、歌劇場の特等席に座った気分だ。

 エル皇女の頬に涙が一筋。


「なんて綺麗な歌声なのかしら」


 メイが「歌? これは海魔族語会話ですが?」と、きょとん顔だ。


 ちょうどいいところに歌の先生が二人もいた件。


「メイたちの言葉は歌みたいなんだ」

「お~! そうでした! ではエルちゃん様、一緒にお歌を歌いまショータイムだ!」


 メイがエルの手を取り立たせると、ワルツのステップで誘うように踊って歌う。

 困惑する皇女は「あっ……うっ……あっ……あっ」と、リズムに合わせてうめくばかり。


 すぐには歌ってはくれないか。


 王国中の音楽家が敵前逃亡するほど、皇女は歌下手ということだけど……。


 海魔族のメイとシャチ子なら違ったアプローチで教えられるかもしれなかった。


お読みいただき、ありがとうございます!


『面白い』『続きが読みたい』と思ったら、広告下の☆☆☆☆☆から評価をいただけるとこれは……ありがたいッ!!


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