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80.皇女と推理とハンカチと

 王宮の一室で僕らはテーブルを囲んだ。


 皇女にアビスの反応を伝える。


 海魔族の襲撃にも触れる。と、皇女は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「私が行かせたばかりに……ごめんなさい」


 メイが袖を巻くって力瘤を作る。触手ツインテールも同じようにポージングした。


 細腕よりも触手の方が膨らんでムッキムキだ。


「ご照覧あれ! メイのナイスバルクを! 刺客など我が豪腕で、ぶっとばしてやりましたとも!」


 ガンガーゼとの闘いでは、メイが機転を利かせてシャンデリアを落としたのが反転攻勢のきっかけだった。


 僕も「危険は承知でしたから」とエルに告げる。


 一通り情報共有を終えると皇女は深くため息をついた。


「神のスキルの持ち主……フフン。興味深いけど、アビスが探しても見つからないのよね?」

「見つかったらニュクス女王陛下が目覚めるかもしれませんが……」

「下手をすれば王家の権勢を担保する最強のカードを失いかねない……そういうことでしょ?」

「はい。アビスのいいようにされてしまう公算があります」


 皇女は困り顔だ。


「そんなに王様になりたいものなのかしら。民の安寧と平和を守護するのは大変よ。母上の心労は絶えなかったわ」

「アビスは支配することが目的みたいです。善政を敷くのを為政者の務めとは考えていないのだと思います。弱者は強者に従え。拒むなら死を与える……そういう人物と感じました」


 気に入った人間は厚遇する。だから侯爵に味方し、取り入ろうとする者も後をたたない。

 エル皇女も「おおむね、私も同じ印象ね」と頷いてから。


「けど、あの男にも弱者救済の意思はあるみたいなのよね」


 シャチ子が「あり得ぬ」と、一刀両断だ。

 エルも「私もしんじられないけど」と前置きを挟みつつ。


「アビス侯爵は各地の孤児院に超高額の寄付をしているみたいなの」

「本当ですかエル様?」

「辺境や地方の貧しい地域を中心にね。巧妙に隠して誰が寄付をしているのか箝口令まで敷いているみたい」

「どうやって秘密に気づいたんですか?」

「私のおともだちが教会トップの聖女ってご存じかしら? フフン」


 信頼のおける情報源だった。

 メイが瞳をぱちくりさせた。


「いい人なのですか!? 人は見かけによりにけりはべりいまそかり!」


 シャチ子が憤る。


「あの派手な赤毛の肉食獣が、かように慎ましやかなものか! メイ様、騙されてはなりません」


 僕もシャチ子の言葉に頷いた。


「善行を隠す理由がありません。侯爵が自身の評判をあげるなら寄付金額の公表くらい平気でやりそうですし」


 皇女は「なのよね」と眉尻を落とす。

 エルが挙手した。


「これはギャップ萌え狙いですね! わかります! 実はいい人と思わせるパターンにご注意ご注進! かくいうメイは実はですね、とってもセクシーお姉さんで、隠れ巨乳なのです」


 皇女がぎょっとなる。


「そ、そうなの!?」

「はい騙された! こうして増え続ける犠牲者! するための演技です。悪党が雨の日に子犬をひろって帰っても、悪行までは水に流れないでしょう!」

「だ、騙されるところだったわ……フフン。えっと、き、気づいてたけどね」


 認めておいて負けてないアピール。皇女もちょっと心配になるタイプだ。


「さすが海魔族の王の器ね」

「そっちこそ人間の王様ですね。メイが人間になったら戸籍とかよろしくお願いします」

「任せて。そういうのたぶん、できると思うから」


 二人はがっちり握手を交わした。

 王族(?)同士、案外馬が合うのかもしれない。


 友情を確認しあうと、皇女は椅子の背もたれに体重を預けて自身の顎先をつまむ。


「解せないわ」

「侯爵が寄付をしていることが……ですか?」

「それもあるけど、侯爵のタウンハウスの警備についてよ。ザルすぎるわ……フフン。もちろん王城の防備とは比べものにならないでしょうけどね」


 シャチ子も腕組みして無言で頷く。

 メイが僕に向き直った。


「先生、どういうことなのでしょうか? 詳細希望ですが?」

「侯爵邸は貴族街にあるけど、そもそも貴族街に入るだけでも検問があるよね」

「そうでしたが!? メイとシャチ子はパッと見で海魔族ですね。スルーされてました」

「エル皇女からお借りした聖翼印のタリスマンのおかげだね」


 皇女は「フフン……当然よ」と鼻高々だ。気を悪くするかもしれないので、侯爵邸の門番に通じなかったことは、言わないでおこう。

 エルは続けた。


「だからよ。背中からトゲを生やした不審な海魔族が、白昼堂々侵入というのがわからないわ」


 シャチ子が小さく挙手した。


「人目に付かぬ侵入ルートがあったのだろう。地下下水道などな」

「そ、そうかもしれないけど……でも、アビス侯爵の館の警備よ? 手練れのスキル所持冒険者が常駐してるというし」


 襲撃の時の事を思い出す。

 ガンガーゼは庭に突然現れたみたいだった。門番よりも先に、屈強な男たちを葬っている。


 アビス子飼いの冒険者と、どっちが強いんだろう。

 僕はシャチ子に訊く。


「ガンガーゼの実力は?」

「月光があれば両断できる程度だな」

「三人の屈強な冒険者を相手に、無傷で立ち回って庭側から円卓の間まで飛び込んできた。これってあり得ますか?」

「門番は雑魚だが、三人の屈強どもはそれなりの使い手に見えたぞセツナ様」

「もしかしたら……」


 エル皇女も気づいたようで、ぽつりと呟いた。


「襲撃はアビス侯爵による自作自演の可能性があるわね……フフン」


 メイが目をぱちくりさせる。


「どうしてそんなことするんですか!? 仲間の人たちまで巻き込んで!」

「侯爵の身内に犠牲者が出れば、誰もあの男を疑わないでしょう?」

「はう! あれほど騙されないと心に決めてたのに、メイは踊らされてしまいました!」


 クラゲ少女は両腕でツインテールを海藻のようにゆらゆらさせた。

 決めつけるのは危険だけど――


「僕も侯爵が海魔族の過激派と内通していた可能性があると思います。アビス侯爵は海魔族ともつながりを持っているようなので」


 エルは物憂げだ。


「それを罪に問うわけにはいかないわね。貿易とはお互いに持たないものを交換しあうわけだし……」


 メイとシャチ子が王宮に招かれたのも、エルが開明的な人物だからに他ならない。

 皇女は続けた。


「自作自演の襲撃だとすると、侯爵はなにがしたかったのかしら?」


 クラゲ少女が触手を「?」の字にする。

 シャチ子も眉間に皺を寄せるが、考えがまとまらないっぽい。


 表向きは海魔族過激派による、メイ襲撃。

 だが、失敗に終わった。


 ガンガーゼにトドメを刺したのはアビス自身だ。

 

 たぶん……だけど。


「襲撃の成否は問わなかったんだと思います」


 女剣士が頷いた。


「ふむ。メイ様の命を奪えれば、場を提供したアビスは海魔族に貸しを作ることになる。失敗ならガンガーゼを口封じすればいい……ということだな」


 皇女が「フフン……それってちょっと変じゃない?」と言葉を挟んだ。

 シャチ子の眉がピクリと反応する。


「何かおかしいことでもあるのか?」

「あなたたちを使いに出すことを決めた当日に、周到な準備できるものなのかしら?」

「確かに偶然すぎる……か」


 何かが引っかかる。違和感があった。その正体を探りたい。

 僕の記憶を襲撃時まで「戻せ」たら。


 瞬間――


 頭の中でめまぐるしく映像が巻き戻り、襲撃時の光景に巻き戻った。


 アビス邸、円卓の間にガンガーゼが飛び込んで来た時に刺客が言ったのだ。


『げっへっへ! ずいぶん待たされたが、やっと見つけたぞ海魔王の器よ! このガンガーゼ様が直々に殺してやるぜ!』


 ずいぶん待たされた?


 そうだ。この言葉が引っかかったんだ。


 と、気づいたところで、熱いものがこみ上げて鼻の下まで垂れた。


 メイが悲鳴をあげる。


「あああああ! 先生! 鼻血ブーですが!? え、エッチなこと考えましたか?」

「え? あっ……ええと。ち、違うよ! ちょっと色々思いだそうとして」


 鼻血を止める。というか「戻す」つもりが、何も変化が起こらなかった。


 この感覚は久しぶりだ。


 まだスキルを使うことに不慣れだった時に、背伸びをして力を出しすぎた時に出る疲労状態。あれと同じだ。

 

 エルがハンカチを取り出した。


「洗って返さなくてもいいわ。フフン……」

「ありがとうございます。お借りします」

「だから返さなくていいと言ったでしょう?」


 口調はツンと澄ましているけど、心根の優しい人だ。

 支配者には向かないかもしれない。

 けど、アビスが牛耳ぎゅうじる国よりも、エルの統治する王国に住みたいと思った。


お読みいただき、ありがとうございます!


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