79.守護者の運命(さだめ)
侯爵が用意した馬車に揺られて王城への帰路にあった。
メイは疲れたようで、僕の肩に身を寄せて寝息を立てる。
対面側に座ったシャチ子が、返却された月光の柄を撫でた。
「アビスの野心は本物のようだな。我が父とは正反対だ」
「あまりうかつなことは言わない方がいいんじゃないですか?」
「侯爵が用意した馬車だから盗聴されていると?」
頷く僕にシャチ子は目を細める。
「向こうも最初から我々が皇女の使いとわかっていたようだし、ここで聞かれて困ることもあるまい」
「まあ、存分に紅茶とお菓子はいただいちゃいましたけど」
「そういうことだ。まあ、何かあればセツナ様が治療してくれるとふんではいたがな」
薬が盛られていたなら無事に帰ることさえできなかったかもしれない。
胸を張って揺らすシャチ子。
馬車が小石をはねたのか、ガタンと大きく揺れた。
シャチ子が姿勢を崩して前のめりになり僕の顔に胸を押しつけ挟む。
「おっと……セツナ様は本当に胸が好きだな」
「うおぷ! ちょ! わざとですよね!」
「わざとだとも。アビスと対峙してがんばったご褒美だ」
「変な気の回し方しないでください」
女剣士は「そうか」と、身をひいて座り直した。
「セツナ様はエルになんと報告する?」
「野心を隠さないそのままの人物だったとしか……」
「確かにな。いっそ『貴様はなんらかの犯罪に加担しているのか?』と、正面から堂々と問い詰めてしまっても良かったかもしれぬ」
「認めるとは思えないんですけど」
「アビスにとってはどのような行為も自身の夢を叶えるためだろう。そういった輩は犯罪だろうと『必要だった』と正当化するものだ」
シャチ子の眼差しがメイに向く。憂いと哀しみと、力ない笑みだった。
「メイの命を狙う神官エビルも、自分の行いを正当化しているんでしょうね」
「あ、ああ。間違いあるまい」
一瞬、シャチ子は言葉に詰まった。
「どうかしたんですか? 何か気になることでも?」
「案ずるな」
言いながら月光の柄をゆっくり握る。
シャチ子の様子が少しおかしい。
「セツナ様のこと……この旅の間に知ることができたが、メイ様と出会う前のことはあまり聞かされていなかったな」
「そういえばそうですね」
「両親の思い出はないのか?」
「ありません」
親代わりのシスターはいても、本当の両親についてはさっぱりだ。
だから想像もつかないし、最初からいなかったと思えば会ってみたいという気持ちすら湧かなかった。
もし突然、目の前に現れても困惑するだけだ。
シャチ子が首を傾げる。
「出生した場所もわからぬと? 故郷を見つければ親でなくとも、親戚縁者が見つかるやもしれないが」
「物心がつく前に、教会の前に置き去りにされていたそうです。そのまま孤児院に引き取られましたから。見当も付きません」
「海を隔てた新大陸に故郷が……とも限らぬわけか」
自分自身の過去や出自について、孤児院より前のことはまったくわからない。
以来、成長してスキル鑑定が受けられるようになり、奴隷船に乗せられたという話はシャチ子も知るところだった。
一度、馬車がスピードを落とす。貴族街の出入りを監視する検問所だ。
停車して御者が衛兵に対応した。アビス所有の馬車だからか客室のチェックもなくスルーだ。
貴族街を抜け王城へと続く道に出た。
そういえば――
メイのことは教えてくれたけど、この屈強な女剣士にして場合によっては猫耳メイドにすらなるほどの忠誠心を持つ、海魔将軍の娘ことオルカ・マ・イールカについて僕はあまりに知らなさすぎた。
「シャチ子さんの家族のことを教えてください」
「藪から棒だな」
「家族の話を訊かれたんですから、同じ質問が返ってきてもおかしくはないですよね?」
「ふむ……確かに」
シャチ子は少し思案してから語り出した。
「当家は代々、海魔王に使える武門だ。王の護衛として侍り、剣となり楯となる」
「だからメイと一緒に?」
「ああ。だが……メイ様は違うのだ。幼きころよりずっと孤独に蝕まれ続けてきた。閉じ込めていたのは穏健派たる我が父の意向だ。私とて、メイ様に恨まれているやもしれぬ」
「そんなことありませんよ。港町でもシャチ子さんは僕らをずっと見守り続けてくれていたじゃないですか」
シャチ子はそっと首を左右に振った。
「メイ様は人間に憧れ、人間になろうとしておられる。手助けをする私は……祖国や父を裏切っているのかもしれない」
「じゃあ穏健派のお父さんも、シャチ子さんがメイを人間にしようとしていることは了承していないんですか?」
女剣士は下唇を噛む。
「きっとイールカ家を破門されているだろうな。月光を預かる身でありながら」
腰の刀はシャチ子の一族にとって大切なものなんだ。
一度、素材にまで「戻し」ちゃったけど。
「すごい刀だって鉱山都市の職人たちも褒めてましたけど、特別な一振り……なんですよね?」
「うむ。月光そのものは海魔族の最高の刀鍛冶が、人間が持ち得ぬ技術を使い鍛え上げた最高峰の武器だ。だが、同じ造りの剣は他にもある。この月光も十三代目だ」
これまでに十二本あった……ってこと?
「じゃあいったい、何が特別なのですか?」
「月光という銘と使命だ」
「使命……ですか? 王様を護る……みたいな?」
「王を護る……か。そうだな。王を護り国を護る。そのための刀だ。月明かりで優しく夜を照らし海魔の国に安寧をもたらすのが、イールカ家の者の務め」
現在、穏健派と過激派で対立を深めている状況は、シャチ子の一族の使命に反しているのかもしれない。
メイを幽閉したのは穏健派だ。保護という名目かもしれないけど、外の世界に憧れを抱いたメイにとっては牢獄だったんだ。
わかっているからシャチ子はメイを自由にしてあげたいと、思ったんだ。
月光の柄を逆手で握り、女剣士は大きなため息をつく。
「もし器が消えて玉座が空位のままとなったら……アビスのような男が祖国に侵略を企てれば……国を護れぬかもしれぬ」
普段は強気な彼女が手を震えさせた。
「時には王を止めるのも私の役目だが……」
僕は――
手を差し伸べる。身を乗り出して彼女が月光を握る手を、上から包むように両手で覆う。
「僕らで全部上手くやりましょう」
「ああ……そうだな。済まぬ。弱気になっていた」
間もなく王城を囲む堀が近づいてきた。跳ね橋が降ろされ僕らを乗せた馬車は城内へと通された。
アビス邸襲撃もあって警備は物々しい。厳戒態勢だ。
これならよほど擬態や侵入を得意とする海魔族でもなければ、城内までは追ってこられないだろう。
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