78.神のスキル
円卓の間から別室に移る。
王都なら安全という前提が一瞬で覆ってしまった。
侯爵邸ですら襲撃に遭った以上、油断はできない。
けど、先々の不安よりまずは目の前の侯爵に集中しなきゃな。
執事がお茶とお菓子。ワインとチーズを用意して、会談は再開された。
女剣士がグラスに注がれる赤い液体を見て、ゴクリと喉を鳴らす。
「ワインはどうだ? 名のあるシャトーの二十年モノだ。神の雫の二歩手前というところだがな」
「け、結構」
ぐっと我慢するシャチ子。袖にされた侯爵が商人にグラスを向ける。
「ヴィリエは?」
「もちろんご相伴にあずかります」
僕らは紅茶。侯爵と紳士はワイン。
陣営が別れた感じがした。
アビスが肉食獣の眼差しを僕に向ける。
「思わぬところで邪魔が入ったな。で、なんだったか」
「ニュクス女王が眠り続けていることについて、心当たりをうかがいたく存じます」
「エル皇女からある程度は教えられてんだろ?」
「ぜひ侯爵閣下の考えをお聞かせください」
足を組み直して男は「良かろう」と腕組みした。
女王が生きていることは疑いようもない。ただ、すべての「干渉」を受け付けない状況にあるという。
もはや呪い……とのことだ。
この状況がいかにして発生しているのか、原因を見つけ出し解除しない限り手が出せない。
アビスは自身の人脈と情報網を駆使して呪いを解く術を探し続けて……今に至る。
「だがなセツナよ。調べるうちに女王のアレは呪いなどではなく、女王自身のスキルなんじゃねぇかと思うようになったんだ」
「女王陛下はご自身の意思で眠り続けているんですか?」
「さぁな。スキルが暴走してるのかもしれねぇが。ともかく、女王は聖祖ルシフの直系だ。王のスキルを継承し、聖翼人の加護を受けていやがる。こいつは人間じゃ逆立ちしてもどうにもならん代物かもしれん」
僕の「時間」スキルを攻撃的な干渉を受け取られて、拒否された……ってことなのか?
どうりでいくら「戻し」ても、女王に変化が起きないわけだ。
「では、目覚めない……と?」
「なんで眠り続けなきゃいけねぇのか。そっちをどうにかするのが先だろう。皆目見当もつかねぇがな」
不死身で無敵の眠りについたニュクス。本心はエル皇女にも伝えていないのだろうか。
手紙とかメッセージがどこかに隠されていれば、原因を特定できるかもしれない。
侯爵は自身の四角い顎を撫でる。
「もしくは王より上……神のスキルで上書きしちまうかだ」
「神の……スキル?」
「聖祖ルシフが聖人として奇跡を起こして回った時に使ったとされる、伝説のスキルだ。天の神に授けられた力らしい」
「どんなスキルなんですか?」
「それがわかってりゃあ苦労はねぇよ。ただ……人の願い、望みのすべてを叶える力って伝承だけが残ってやがる」
「願いを叶えるだなんて、ずいぶん大きなくくりですね」
「本当だとすりゃまさに、神そのもの。神の具現化だな」
「神の……具現化……ですか」
シャチ子もピンと来たみたいだ。
メイだけが、ぽか~んと「紅茶美味しいです。バナナムースケーキ美味しいです」している。
聖女の神託によれば、僕らは神には出会えない。
けど、神のスキルを持つ人間になら、出会えるのかもしれない。
メイの願望を……人間になる夢を叶えられるかもしれない。
ない、ない、ないが三つ続いてありになる。変な話だ。
アビスの視線が不意にシャチ子に狙いを定めた。
「心当たりがあるのか女よ?」
「女ではない。オルカ・マ・イールカだ」
「で? 何か知ってんのか?」
「いや、そういったスキルがあるならば……わ、私ならそうだな。ワインで満たした風呂に入れるよう願ってみたいと思ったのだ」
「ヴィリエに頼めば叶う程度のちっぽけな願いだなぁ?」
「ひ、人の夢を笑うな!」
「おっと、そいつは悪かった。けどよ、本心でもない夢を語って真意を隠すにゃもう少し上手い嘘が必要だろ?」
「もちろん本心だとも」
「ま、どうだっていい」
侯爵は興味を無くして僕に向き直る。
「セツナはなんでも願いが叶うなら何を願う?」
「見当も付きません」
「野心の欠片も無いってのか。男の風上にもおけんな」
「閣下にはあるのですか?」
「女王を目覚めさせエルを娶って正統な手続きをもってして、人間世界の王となる」
「その先は?」
「俺以外にゃ王は不要だろ。獣魔でも海魔でも、逆らう奴は全部ぶっ潰して支配するまでよ。安心しろ。恭順するなら悪いようにはせん」
アビスが笑う。
メイは首を傾げて不思議そうだ。
「なあ、小娘。お前みたいなのが海魔族の王の器なんだってな?」
シャチ子が腰の刀を抜こうと身構えた。が、柄を掴む手が空を切る。
「貴様ッ! いつそれを!? 初めから知っていたというのか?」
「王宮にゃ俺の協力者も少なくねぇんだ」
侯爵は懐から通真珠を取り出した。
「海魔族の技術ってのは素晴らしい。役に立ってくれるぜ」
「クッ……人間に協力して技術を横流す輩がいるとは耳にしていたが……同胞ながら情けない」
アビスは笑顔でメイに語りかけた。
「で、どうだ海魔族の王よ。俺の配下にならんか?」
「えーと、なりませんが?」
「じゃあここで……死ぬか?」
恭順か死か。選択を迫ってきた。いざとなれば僕が時間を稼いで、メイとシャチ子を逃がさないと。
クラゲ少女は侯爵の圧を意にも介さなかった。
「死にませんが?」
「ボウズに守ってもらうってのか?」
「いいえ、違います。メイはきっと魔王の器を捨てて人間になるでしょう。だからお前には従いませんし、ここで死んでも……他の誰かに器が移ります。交渉は改めてそっちでどーぞ。めんどうくさいですけどもね!」
「お前を殺して他の奴と交渉しろと?」
「メイの命はずっと前、浜辺に流れ着いた時になくなりました。今、生きているのは先生のおかげです。だから……人間になって先生のおそばにいられれば幸せです。神様に会って人間になるはずでしたけど、神様には会えません。けど、神のスキル? を持つ人にお願いできれば、人間になれるのです。魔王の器もきっとなくなります。メイを殺してもお前にメリットありますか?」
「口じゃなんだって言えるぜ小娘」
「信じるか信じないかはお前次第です」
アビスは「フンッ」と鼻を鳴らした。
「こっちが掴んだ情報とだいたい一致してやがる。海魔族陣営が穏健派と過激派で対立して均衡が取れた状態ってのは、王国からすりゃ悪くねぇんだ。俺が皇女のハートを射止めるまで、せいぜい身内同士で争っててくれや」
メイが死んで海魔王の器が他の誰かに継承された場合、継承者の所属する派閥が海魔族をまとめ上げることになる。
内紛は王国にとっては……いや、野心家のアビスには都合がいいってことだ。
侯爵は海魔族とも通じている。穏健派か強硬派かまではわからないけど……。
王宮のエル皇女が他に助けを求めることができないほどに、彼の力は大きい。
アビスが口元をニイッとさせた。
「俺につかねぇかセツナ? 皇女の犬をするより良い思いさせてやるぜ。なんなら小娘を人間にするのも手伝ってやる。王都にデカい屋敷も用意してやろう。仕事なんてせんでも暮らしていけるよう、死ぬまで面倒みてやってもいい」
ついでに「ワイン風呂も用意してやるぜ」と侯爵はシャチ子にも揺さぶりをかけてきた。
「僕らにはもう帰るべき家がありますので」
港町の小さな家で十分だ。シャチ子とメイと、三人で暮らしてもおつりがくる。
仕事だって町の人たちの暮らしを支える誇れるものだし。
アビスの凝視に僕は負けなかった。
港町のみんなや、これまで旅をして関わってきた人たちが背中を押してくれている気がする。
侯爵は深くため息をついた。
「まったくよぉ……こっちはニュクス女王の情報をくれてやっただけになっちまったじゃねぇか」
「感謝いたしますアビス侯爵。けれど肝心の『神のスキル』を持った人間は見つかっていないんですよね」
「ああ。そいつさえ見つかれば全部解決なんだがな。いっそ俺を神にしてくれと頼んでもいいかもしれん。なにせ人間のすべての願いを叶える力なんだしよぉ」
それが叶うならなんでもありだ。
「少なくとも、神のスキルの持ち主は野心家ではないみたいですね」
「実在してるんならな。そいつはまだ自分の力に気づいてねぇだけかもしれん。俺以上の野望の持ち主だったら……世界は終わりだな」
アビスは愉快そうに笑った。ずっとワイングラスと対話を続けていた商人に確認する。
「例の品を追加発注だ」
「では、閣下にもご協力を願いたく」
「わかっている。足りない分は補わねばなるまい」
ワインの納品……なんだろうか。
ともあれ――
女王ニュクスを目覚めさせる方法は二つ。
一つは神のスキルを持つ人間の手で、王のスキルを上書きする。
これは現在、侯爵が捜索中だ。
見つかってしまったら、エル皇女と侯爵の婚姻が進んでしまう可能性もある。
もちろん、目覚めた女王が拒否すればそれきりなんだけど……。
神のスキルによる上書きで、この国や人間が持つスキルのルールそのものを、アビスが自由に書き換えてしまうかもしれない。
僕らにとっても神のスキルは希望なんだけど、見つかっても困ったことになりそうだ。
なのでもう一つのアプローチの仕方をするしかない。
ニュクスがなぜ眠らなければならなかったのか。
その原因の特定と問題の解決だ。
確実に目覚めるとは限らないけど、前者に委ねるよりはずいぶんとマシに思えた。
書き溜めにはいりま~す!




