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77.安全神話の秒速崩壊

 外から男たちの悲鳴と怒号が舞い込む。


 球体は全身に長いトゲをまとっている。トゲは鋭利だ。一本一本が意思を持つみたいに揺らめいた。


 アルマジロかセンザンコウみたいに、丸めた身体を伸ばして立ち上がる。


 黄色みがかった肌。充血した赤い目。

 十中八九、ウニだ。


 そして――


 100%海魔神官エビルの差し向けた刺客だった。


「げっへっへ! ずいぶん待たされたが、やっと見つけたぞ海魔王の器よ! このガンガーゼ様が直々に殺してやるぜ!」


 ――!?


 違和感を覚えた。けど、思考してる場合じゃない。


 敵襲だ。よりにもよってのタイミングで。


 ワイン商人は円卓の下に滑り込むように隠れてガクガク震える。


 メイとシャチ子は臨戦態勢。だけどシャチ子には愛刀月光が無い。


 素手での戦いだ。


 ウニ男――ガンガーゼが叫ぶ。


「つーかよー! この場の全員皆殺しだぜ!」


 グッと身体をかがめたかと思うと、瞬間――


 槍のような針を全方位にまき散らした。


 シャチ子がメイを庇って抱きつき、背中に黒いトゲを受ける。串刺しにされて口から血を流した。


 メイが唖然とする。


「シャチ子……なんて……ことを」

「ご無事ですか……メイ様」


 刀があれば全部切り払うくらいやってのけるシャチ子だが、手元にない状態でメイを守る方法は身を挺す以外なかった。


 侯爵はといえば――


「無礼者が」


 椅子に座って腕組みしたまま、円卓を蹴り上げて楯にする。無数に突き刺さったトゲで円卓がまるで剣山みたいだ。


 アビスは無傷。

 暴走メイド長チェーンが言ってたけど、侯爵は素手でも強いという見立て通りだった。


 僕は集中して急所を外して黒い槍を避ける。


 目に集中すると、時間の進みがゆっくりになることがしばしばあった。


 きっと「時間」スキルの副産物か応用なんだろう。


 これまでは身体がついてこなかったけど、旅の間に鍛えられたのと、先日のチェーンに教わった効率的な身のこなしのおかげで、手足や脇腹を掠める程度にとどまる。


 ガンガーゼは下品に笑った。


「げーっへっへ! 俺のスパイクにゃ毒がある。死ぬぜぇ! すぐ死ぬぜぇ!」


 教えてくれてありがとう。


 僕は自分の傷を「戻し」ながら、メイに告げる。


「シャチ子のトゲを抜いてメイ!」

「あっ……あああっ……」


 メイの瞳がうつろだ。

 ショックを受けるとクラゲ少女の中の魔王が胎動する。


「大丈夫だよ。シャチ子さんは絶対に死なせない。僕が治すから」

「は、はい! そうでした! メイはうっかり自分を失うところでしたが?」


 クラゲ少女が触手ツインテールでシャチ子を貫いた黒棘を抜く。


 ガンガーゼは僕の身体が瞬時に治ったのをみて――


「回復役から潰すのがセオリーだぜ!」


 案の定、僕めがけて棘を飛ばしてきた。

 コントロール精度は低い。ばらまくような攻撃だ。狙ってこないだけに避けにくい。


 メイの触手ツインテールが、黒棘を天井目がけて放つ。


「請求は海魔族の神官エビルにおなしゃす!」


 シャンデリアの留め具をスパイクが貫いた。

 巨大なガラスと金細工の塊がガンガーゼの頭上に落ちる。


 グワラッシャン!


 と、豪快な音とともにウニ海魔族は下敷きになった。

 黒棘の嵐が止んで、僕はシャチ子にタッチする。


 触れてしまえばこちらの……。


「って、なんで背中をみせてたハズなのに、こっち向いてるんですかシャチ子さん」

「普通に……治してもらってばかりでは……悪いではないか」


 僕が触りやすいように背をそらせて胸を押し出すようにした。死にかけなのになにやってるんだろう。


 で、面積や高さもろもろの関係もあって、僕は胸の傷口に触れることになった。

 もう弾力だのなんだのではない。


 早く治れ。と、一秒で五分前の状況に戻す。


 万全の状況になったシャチ子。調度品のツボやら彫像やらを触手ツインテールで手に持って、いくらでも投げつけられる構えをとったメイ。


 本来なら一撃必殺の毒つきトゲをものともせず、即座に回復させた僕。


 三人で囲んだところで、ガンガーゼがシャンデリアだったものの下からゆっくり身体を起こした。


 全身を覆うトゲは先ほどの猛攻でかなり本数を減らしていた上に、シャンデリア落下攻撃でほとんどが折れていた。


「な、なんでピンピンしてやがんだぜ!? ガキ二人と将軍の娘とはいえ、女一人、簡単にれる仕事だって話だろうがよ!」


 シャチ子が「覚悟はいいな?」と、拳を握り込んだ。

 ガンガーゼが悲鳴を上げる。


「ま、待ってくれ! 話し合おう! ほら! もう俺、武器のトゲが全部おしゃかになっちまったし。わ、悪いウニじゃねぇんだぜ!」


 攻防一体。唯一にして最大の武器とでも言わんばかりだ。今や丸裸のガンガーゼだが――


 アビス侯爵が鼻で嗤う。


「いいのかボウズ。敵に時間を与えて?」


 瞬間――

 ガンガーゼの身体がもりっと膨れ上がる。

 身体の内部から押し出すように黒いトゲが再生……しきる前に、僕は高速拳打をウニ男の顔面に叩き込む。


 戻す意識を拳に込めて。


 トゲは引っ込んでいった。


 もう二度と生えてくるな。と、思いながら二発、三発と拳を放つ。


「うがッ! なんだ!? 拳が見えねぇ!?」


 トゲ無しになったガンガーゼが丸くなる。防御体勢だ。構わず殴り続ける。


「なんで再生できねぇんだよ! 生えろ! 生えろなんだぜ!」


 殴る度に再生を「戻し」ている。


 それにしても硬いな。トゲ無しでも甲殻がやっかいだ。僕の拳の方が先にいかれそうだった。


 まあ、腕が折れても「戻す」だけだけど。


 丸まったままガンガーゼが悲鳴を上げる。


「やめろ! やめろだぜ! 助けてくれなんだぜ!」


 手を止めると再生されるから殴るのを止められない。


 ずっと傍観していたアビスが重い腰を上げた。


「おいボウズ……セツナだったか。お前じゃそいつの装甲は抜けんだろ」


 ウニ男の前に立つなり、侯爵は背中を踏みつけた。


 バキッと甲殻が砕けてガンガーゼの身体が床にめり込む。


 こうなると僕が殴り続けて再生を止める意味がない。

 かかとをぐりぐりと押しつけて、ウニ男の背骨を削るように体重をかけながらアビスは訊く。


「誰の差し金だ?」

「い、言ったら助けてくれんのかだぜ?」

「質問に質問で返すんじゃねぇよ。少しでも長生きしたけりゃ……わかんだろ?」

「ま、待ってくれ! 出す! 責任者を出すぜ!」


 ウニ男は口から真珠の粒を吐き出した。侯爵が唸る。


「ほぅ。通真珠か」

「に、人間にしてはよく知ってるんだぜ」

「余計な口を叩くとは余裕だなぁ?」


 ゴギッっと鈍い音がアビスの足下から響く。


「ひいっ! すまないんだぜ! す、すぐに呼び出すだぜ! おいエビル! 出てきてくれ! ちょっと話したいって奴が……お、お方がいるんだぜ!」


 侯爵が体重をかけるとガンガーゼは慌てて言い直した。

 呼びかけに通真珠は無反応だ。


「な、なんで出てこないんだぜ!」


『現在、海魔神官エビルは通話に出ることができません』


 人の声とは思えない不思議な声色(女性っぽい?)が繰り返されるだけだった。


 アビスは「神官のエビルか。誰にケンカ売ったかきっちりわからせてやらんとな」と満足げに笑った。


 ガンガーゼが声を震わせる。


「だ、だから俺は悪くないんだぜ! エビルがやれって言ったんだぜ!」


 アビスは笑いながら――


「名前もわかったところだし、もうお前にゃ用はねぇなぁ」


 一度、ガンガーゼの背中から足を外す。


「あ、ありがとよ! あんたのために働く! 俺を雇えってんだぜ!」


 安堵の表情を浮かべた海魔族。


 だが――


 アビスは上げたかかとを刺客のこめかみに叩きつけ……そのまま踏み抜いた。


 頭部を砕かれウニ男は動かなくなった。

 カーペットに転がった通真珠がパキリと二つに割れる。


 僕らを殺しにきた刺客だ。同情心なんて微塵も湧かない。


 けど、一度希望を持たせてからトドメを刺すのは見ていて気持ちの良いものじゃなかった。


 ワイン商人が円卓の影から一部始終を見て「ひいいいいっ!」と情けない声を上げっぱなしだ。


 アビスは血だまりから視線を上げた。部屋の扉に告げる。


「執事長……報告しろ」


 ノックとともに廊下側から扉が開き、白髪にモノクルの執事がアビスに一礼した。


「屋敷に詰めていたスキル持ちの冒険者が三名。門番が一名死亡いたしました」

「こいつと一緒に片付けておけ」

「かしこまりました。新しいお部屋の準備は整っております」

「客人を案内しろ。まだ話は終わっていないからな」


 僕らは執事に連れられて別室に通された。


 アビス侯爵。

 地位も権力も持つばかりじゃなく、本人が化け物じみた強さだ。


 もし敵に回るなら、僕はメイたちを護りきれるだろうか……。

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