76.潜入アビス邸
邸内に入るとロビーの受付で、さっそく僕らは武器を取り上げられた。
こればかりはワイン商人も「郷に入れば郷に従えといいますので。お願いします」と困り顔だ。
僕は腰の業物を使用人に預ける。
隣でシャチ子が吠えた。
「私と月光はどうしていつも引き離されるのだ! いいか使用人よ。もし我が愛刀を粗末に扱おうものなら容赦せぬぞ」
メイが触手ツインテールを伸ばしてシャチ子のほっぺたを引っ張り上げる。
「スマイルですよシャチ子。怒ってばかりでは頭が沸騰してしまうのだから」
「は、はひ……メイ様」
神殿都市に入る時は持ち込むため、やむなく女剣士の刀を素材レベルにまで「戻し」たけど、今回は中に入れてもらうだけだし、話を訊くのに剣は必要無い。
それに武器がなくてもシャチ子もメイも強かった。
幸い、僕にもチェーン直伝の高速拳打がある。素手でも少しは戦えるはずだ。
宮殿みたいなアビス邸の応接室に通された。
高級調度品の美術館みたいな部屋だ。
天井には大きなシャンデリアが吊り下げられて、総額何億という世界だった。
館の主が円卓に座して待つ。
座っていてもデカい。グリフォンが擬人化したような男だ。
僕らに一瞥くれるなり侯爵は口を開く。
「なあ、ボウズ。円卓ってのはなんで丸いと思う?」
どう応えよう。今回はアビスから情報を聞き出すのがメインだ。
人間は自分の話を聞いてくれる相手に好感を持つというけれど。
アビスはこの国の王位を手にしようと画策している。
円卓の理念とは逆に思えた。
「昔、聖人とその弟子が並んで食事をする絵を見ました。長いテーブルの中程に聖人が描かれていたんです」
侯爵は「座ることを許可してやろう」と白い歯を見せる。
メイはポカンとした顔だ。
「先生、意味がわからないのですが?」
「円卓に着くと、誰が中心人物かはわからなくなる。平等とか対等ってことなんじゃないかな」
「ぜんぜんわからん! お話は先生にお任せなのです」
シャチ子も腕組みをしいて「頼むぞ」と丸投げの構えだ。
侯爵は高圧的な人物だ。そんな男にとって円卓は礼を尽くすくらいの意味を持つように思えた。
僕らに……ではなくヴィリエに対しての配慮だとすると、二人の関係性は想像以上に親密かもしれない。
部屋の奥側にアビス。手前側に僕ら。入り口から見て右手の大きな窓を背に、ワイン商人が座る。
猛禽の瞳でアビスが僕を射貫いた。
「で、今度は聖女の使いっぱしりじゃなくヴィリエと一緒か。どうなってやがる?」
「ヴィリエさんとは以前に港町で出会ったんです」
アビスの目線が商人に向く。紳士は小さく頷いた。
「不思議とご縁がありまして。神殿都市と……こちらでもばったりと。いやはや世界の広さに比べて、世間は狭いものです」
「じゃあ偶然ってことだな。ブツとは無関係か」
「閣下。それくらいで」
僕らには言えない隠し事だろうか。
あえて突っ込んでみてもいいかもしれない。ちょっと天然っぽくアプローチしてみよう。
「ブツってなんですか?」
応えたのはアビス……ではなくヴィリエの方だった。
「私は商人ですから文字通り物……つまり品物のお話です。ご依頼のものを納品する手はずが整った……と」
アビスが紳士を睨む。
「出来の方は?」
「必ずや閣下のご期待に添えるかと。満足なさることをここに保証いたしますよ」
ワインの話? なら、ぼかす言い方が引っかかる。ちょっと探ってみよう。
「侯爵はワインがお好きなんですか?」
「俺ぁ断然赤だな。白なんざ女やガキの飲み物だ」
ヴィリエが「閣下、白にも良い品は多くございまして……」とため息で返した。
白でも赤でもワインは子どもの飲み物じゃないと思う。まあ、地域によっては水代わりなんて聞くけど。
孤児院だと赤ワインだけだったな。聖人の血の代わりなんだっけ。
そういえば――
ワイン好きな侯爵を訪ねるのに、ヴィリエがボトルの一本も持参していないのが少し気になった。
品物はあとでまとめて……ってことなんだろうけど。
ぼんやりと考えていると、侯爵の鷹の目が僕を射貫くように見据えた。
「で、ボウズどもの用件はなんだ? 俺の誘いを断っておいて何を願うって?」
真正面から「貴方に悪い噂があると耳にしました。どんな悪事を働いているのか教えてください」とは訊けないな。
「先ほどは大変失礼いたしました。ただ……」
僕はワイン商人に視線を向ける。
女王が眠り続けていること。アビスがどの程度把握し、ニュクス女王にどういった感情を抱いているのか。
探ろうにもヴィリエがいたら話題に上げにくい。なにせ国家機密だ。
紳士は「席を外しましょうか?」と気を利かせた。
侯爵が笑う。
「ハッハッハ。ヴィリエは我が友にして半身みたいなもんだ。言えないってんなら出てくのはボウズどもの方だぜ」
メイとシャチ子が不安そうだ。
「女王陛下についてなのですが……」
「安心しろ。ヴィリエにも協力を仰いでる。せっかく俺と皇女が結婚しようってのに、親の祝福が得られないのは寂しいだろ」
軽く腰を浮かせて離席しようとしていたワイン商人が椅子にかけ直した。
「セツナ様も御存じでしたか」
「ヴィリエさんが協力しているというのは?」
「新大陸にも伝手を求めて、目覚めぬ者を起こす霊薬などがないか方々にあたっているところです。未だ成果は得られておりませんが……」
アビスはニュクス女王を目覚めさせようとしているみたいだ。
婚姻のため……か。
もし王族を害することがあれば、聖祖ルシフの怒りに触れて人間からスキルそのものが消失しかねない。
正統な手段で認めさせる。そんな思惑を感じた。
アビスが僕の顔を指さす。
「で、ボウズは俺に女王の何を訊きたいって?」
「治す方法は今のところ見つかっていないようですが、原因について心当たりはありませんか?」
「一つある。仮説だがな」
「お教えいただけないでしょうか?」
侯爵は顎を指で挟むようにつまんで「ふむ」と頷いた。
「知ってどうする?」
「微力ながら陛下の復活の一助になれないかと考えています」
「殊勝な心がけだな。いいだろう。もし女王を目覚めさせたら、金でも女でも美酒でも思うがままだ」
メイが「お、女ぁ!」と声を上げる。アビスの眉尻が上がった。
「どうした小娘?」
「お、女の子はここにいますから! ご褒美は別の……バナナで! バナナにしてください!」
「いいだろう。農園一つくれてやる」
クラゲ少女が瞳をキラキラさせて僕の顔をのぞき込む。
「やりました! バナナ食べ放題ですね!」
「農園一つ分はさすがに食べきれないね」
思えば僕がスキルを自覚して使えるようになったのって、食べかけのバナナを戻すところから始まったっけ。
メイの頭を撫でると侯爵に向き直った。
「女王が眠り続ける原因……教えてくだ……」
瞬間――
部屋の窓が割れて黒い球体(?)が飛び込んできた。




